迷おう。それが始まりだから。:日向坂46新メンバー募集が示す「選択」
創業者の正垣泰彦いわく、サイゼリヤは「たくさんのメニューから好きな組み合わせで料理を選べること」かつ「なにを組み合わせてもお手軽な価格に抑えられること」ことを売りにしているらしい。正直、サイゼリヤはお腹いっぱい食べようと思うとそれほど安くはならない。吉野家やマクドナルドの方がコスパはいい。でも、サラダとパスタとデザートとドリンクバーを頼んでも1,000円を超えない。上限が決まっているから、お財布を気にせず心置きなく好きなご飯を選べる。それがサイゼリヤの強みというわけだ。たくさんのメニューから食べたいものを好きなだけ選べる。なんて幸せなことだろう。ビームスやユナイテッドアローズに行って店中いっぱいに並んだ洋服を見るのはとても楽しい。ガイドブックを眺めながら旅行の計画を建てる時間はいつだってワクワクする。選択肢が多いということは、それだけ豊かな可能性が存在するということだ。
日向坂46の新メンバー募集が昨日発表された。キャッチコピーは「迷おう。それが始まりだから。」だ。CMでは日向坂のポスターやグッズに囲まれた部屋でステージに立つ自分を夢見る女の子や、テレビの前で日向坂に夢中になる娘の背中を優しく押してあげる親たちの姿が描かれる。いま、この日本のどこかで繰り広げられているかもしれない光景。そして、これはステージの上で輝くメンバーたちもいつか通った逡巡だ。未知の世界に飛び込むんだから、迷うに決まってる。でも、その迷いこそがすべてのはじまりなのである。
ここで描かれる世界がなによりも眩しいのは、そこに無限の可能性を感じるからだ。そう、テレビの前でこのCMを見ていまこの瞬間に悩んでいる子どもたちは、その両手にたくさんの選択肢を抱えている。このまま平凡に学生生活を終え、大人になっていくのか。いま叶えたい夢を目指してそのまま進むのか。それとも、一か八か、憧れのアイドルの世界に飛び込んでいくのか。いずれにしてもこの告知に悩むことができる子どもたちはまだまだ色とりどりの未来を選ぶことができる。アラサー手前に年寄りくさい事を言えば、その選択肢の多さが僕にはすこし羨ましい。たいていの場合、手元のカードが選べるうちは、自分の置かれている環境の豊かさに気づけない。選べなくなってから、案外自分には選択肢があったのだと後悔する。どうか一人でも多くの「日向坂が大好きな人」たちが、満足の行く選択をしてほしいと願ってしまう。
ところで、日向坂46の四期生オーディションが少なからずファンを動揺させるのは、それが「日向坂46 第二章」という大きな変化の訪れを予感させるからだ。「約束の卵」というひらがなけやき時代からの目標は、コロナ禍による紆余曲折を経てこの春まで延期された結果、当初想定したよりも重い意味合いを帯びてしまった。もともとは最盛期を迎えるための通過点であったはずが、さまざまな制約と戦い続けた二年間の集大成として捉えられるようになった。一期生の主力メンバーも二十代中盤を迎え、アイドルとしてのキャリアは円熟期に入りつつある。もちろん、キャプテンやかとしにはそんな壁なんて取っ払ってこれまでにないアイドル像を日向坂の中でつくってほしいと願うけれど、東京ドーム公演というひとつのゴールを迎えたとき、日向坂46としてその次に何を目指していくのかは、「物語」を示し続けてきた坂道グループとして向き合っていかなければならないテーマなのだ。
しかし、22人の「全員選抜」が魅力である日向坂46にとって、増員は大きな変化である。パターンはふたつ考えられる。ひとつは4〜5名程度の少人数採用。もうひとつは10人以上の大規模採用だ。いずれのパターンを選んでもグループ構成やパフォーマンスの組み立てに変化があることは確実だ。正直、パフォーマンス的にはいまの人数がステージの見栄えを考えると限界だと思う。ダンスや歌で見せるなら6人〜9人がベストだろう。まして20人以上となるとテレビ番組のパフォーマンスはひとり一回カメラに抜かれれば良い方で、これ以上増えたら一切映らないメンバーも出てきかねない。
だから、四期生を4~5名程度の採用にとどめる場合、それは、一期生や二期生の卒業ラッシュを念頭に置いた「欠員補充」の可能性が高くなる。24人前後のフォーメーションでぎりぎり「全員選抜」を維持する選択肢だ。「全員選抜」は守られるかもしれないが、メンバーの卒業は覚悟しなければいけない。一方、10人以上の大規模採用となった場合、確実にいまの「全員選抜」の形は崩れる。櫻坂46が改名デビューの際に導入した「櫻エイト」は、1列目〜2列目のみを固定し、センターの異なる表題曲を3曲作る「半選抜制」とも言うべきシステムだが、「櫻エイト」への負荷が大きい割に流動性がないので、まだまだ改善点は多い。HKT48はJR九州とコラボしたシングル「君とどこかへ行きたい」で、年長組の「つばめ選抜」と後輩組の「みずほ選抜」のダブル選抜制を敷いた。しかし、この体制を取っても表題曲に参加していないメンバーはいる。もしかしたらここに挙げた以外の方法でグループを運用していく可能性はあるけれど、どんな形であれいまの「22人全員選抜」の形が変わっていくことは確実なのだ。
つまり、日向坂46もまた未来を選択する岐路に立たされているのだ。メンバーのブログやメッセージを読む限り、これは前向きな一歩であることは共有されているらしい。当然、このタイミングでネガティブな内面など吐露されるはずがない。当人たちがどう思っているかは全くの謎だ。しかし、どれだけ時間をかけたかはわからないにせよ、22人が同じ方向を見て新しい仲間たちを迎えるための準備をする期間があったことは想像に難くない。彼女たちの文章からは未来の後輩たちの背中を押すやさしさと同時に、生半可な気持ちで来てもらったら困るよ、という気迫すら感じられる。僕の心配なんてまるでちっぽけに思えた。
日向坂46が「第二章」への大きな一歩を踏み出すと考えたとき、「迷おう。それが始まりだから。」というキャッチコピーはちがった響きを帯びてくる。たしかに変化は怖いかもしれない。でも、それ以上に、四期生を迎える日向坂46にはたくさんの選択肢がある。「いつだって、未来は味方だ。」という言葉を、僕は信じる。