「坂道」の女優業を振り返る:乃木坂46、櫻坂46、日向坂46の過去と未来
アイドルのキャリアは短い。特に女性アイドルが結婚・出産を経てもなお現役を続けるケースはかなりレアだ。一生続けられる職業ではないとなると、当然、卒業後のキャリアも考えながらアイドル活動をしなければならない。先日「アイドルの元マネージャー」を名乗る人が匿名でアイドル業界の裏側を暴露し、話題になった。ざっくり言うとアイドル業界は「アイドル以外何も出来ない女の子」を量産しているという告発文である。書かれている内容を読む限り、いわゆる「地下アイドル」界隈での経験談のように思われる。
内容の是非に関してはそれぞれで判断していただきたいが、たしかにアイドルのセカンドキャリアが難しいことは事実だ。アイドルは歌も踊りもバラエティも演技もこなすが、何でもやれる分、何かひとつに特化したプロと比べると見劣りしてしまうケースが多い。あくまでアイドルは彼/彼女が取り組む姿が大事なのであり、その評価は総体的なものだからだ。だからはやめに見切りをつけて芸能界を引退する人もいる。特にグループアイドルとなるとその傾向は顕著で「秋元康プロデュース」や「渡辺淳之介のアイドル」という肩書があってこそ表に出られる面は否定できない。ちょうど僕のようなサラリーマンと同じだ。なにか特別に秀でているものはないが、会社の看板を背負って、ときにジェネラリストとしてお仕事をする。僕が取引先に相手にしてもらえるのは会社の名刺があるからで、肩書もなしに乗り込んでも門前払いを食らうだろう。逆に、他人より優れた能力や実績を誇り、あるいは個人で行っても仕事もらえるぐらい強固なコネを持っているのであれば、フリーランスになって自分の名前で勝負したり起業したりする方が理想的なキャリアを築けるかもしれない。たいていのサラリーマンは無理してフリーランスにならずとも真面目に仕事をこなせば組織人として生きていけるが、浮き沈みの激しい芸能界、特にリミットの決められたアイドルはそうもいかない。最初から役者や歌手になるための足掛かりとしてアイドルの門を叩いた人はともかく、アイドルになることそのものをゴールに設定していた人にとって卒業後のセカンドキャリアはシビアな問題だ。
僕自身はアイドル業とは無関係のサラリーマンなので、いくら彼女たちのセカンドキャリアについて悩んだところで答えは出ない。なぜこんなことを考え始めたかというと、僕が応援している日向坂46のメンバー、渡邉美穂が「現役アイドルとして、アイドルの仕事をどう考えるか」をラジオで熱く語っていたからだ。彼女は以前から女優になるのが夢であること、日向坂二期生オーディション(正確にはその前の乃木坂三期生オーディション)に応募する前は女優を目指していたことをインタビュー等で明かしている。このラジオでも、いまの自分の立ち位置、求められていること、これから夢に向けて何をするべきなのか、もがきながらも前に進む様を赤裸々に語っていた。
そんな渡邉美穂の熱い語りを聴いて、ふと思いついたことがある。「彼女が目指すキャリアを、先輩たちはどのように歩んできたのだろうか」という問いだ。日向坂46の先輩グループに当たる乃木坂46は、その草創期から本業の音楽活動だけでなく、白石麻衣が切り開いた「ファッションモデル」、秋元真夏や山崎怜奈の活躍目覚ましい「バラエティ」、西野七瀬に代表される「映画・ドラマ」、それから、鈴木絢音が独自のポジションを築く「舞台・演劇」、新内眞衣が冠番組のパーソナリティを務める「ラジオ」など、幅広いジャンルに根を張り、それぞれのメンバーに活躍の舞台を用意してきた。櫻坂46や日向坂も、規模の差こそあれ、基本的には同じ戦略をとっている。AKB系列のように自前の舞台を持たず、ステージ公演以外での稼働の機会を増やすための策と思われるが、結果的に坂道系列のブランドを世に広めるだけでなく(ときに「ゴリ押し」と揶揄されるが)、グループ卒業後のキャリア形成を助けている面もある。
今回はそんな「アイドルのキャリア」という視点を取り込みつつ、乃木坂46、櫻坂46(欅坂46)、日向坂46のメンバーや卒業生たちがどのように映画やドラマで活躍してきたのか、また、今後どうやって群雄割拠の役者の世界に食い込んでいくのかを考えていきたい。なお、彼女たちのライバルになるであろう現在の若手女優たちの現在地については、「ネクストブレイク若手女優の戦国時代を考える」の記事に私見をまとめたので併せて読んでいただきたい。
1.テーマを考える上での前提
前置きが多くて申し訳ないが、本題に入る前に、いくつか前提を示しておきたい。この分析は僕の主観なので、予めどれぐらい情報や角度が偏っているか?ということをわかってもらいたいのだ。まず、僕がどのようなフィルターを通してこのテーマを考えているのかを理解していただき、その上でみなさんが各々持っている知識や感覚と照らし合わせて、内容の妥当性を評価してもらえたら嬉しい(半分言い訳だと思ってください)。
ひとつは、僕のアイドルに関するリアルタイムの知識はここ二年の話であり、それ以前の情報は後追いで勉強したり、今回記事を書くために改めて調べたりしていること。しったかぶりをするつもりはないが、2019年より前とそのあとでは極端に知識に差がある。また、僕が追いかけているのは日向坂46なので、乃木坂46や櫻坂46(欅坂46)についての知識はそれなりに粗い。メンバーごとのヒストリーや、時代ごとのグループの空気感に関する記述が、どうしても具体性に欠けてしまうのは事実だ。しかし、逆に言うと、二年以上前の情報は「アイドルに全く興味がない層」の視点としてそれなりの確信を持って書いている(無論、ここにも僕の主観が入ってしまうことは否定しない)。
もうひとつは、あくまでこのnoteはいち映画・ドラマファンの視点として書いているものであること、そして舞台・演劇に関してまったくの門外漢であることだ。「女優業」と銘打ち、演技を語るからには本来舞台や演劇、ミュージカルなどを議論の対象に含めるべきだが、基本的には僕がふだん触れている映画・ドラマの作品で思ったことを整理していきたい。また、グループ名義の主演ドラマ(AKB48の「マジすか学園」シリーズや乃木坂46の「初森ベマーズ」、欅坂46の「誰が徳山大五郎を殺したか?」など)は日向坂46の作品を除いてまったく観ていない。アイドル好きとしてのフィルターを一旦外し、映画・ドラマに網を張ったとき、どの程度坂道メンバー(または卒業生)の出演作が引っかかるのか、またそうした作品に僕はなにを感じたのか、あるいは一般的にどのように評価されてきたかを考える場だと思ってもらいたい。
2.AKB卒業生の「女優業」を振り返る
坂道メンバーの「女優業」を考える下ごしらえとして、まず彼女たちの先駆者とも言えるAKB48の軌跡を振り返りたい。まず、グループの全盛期を支えた絶対的エース・前田敦子。彼女は現役時代からわりと演技仕事が多かった。当時のグループの勢いと知名度からして当然といえば当然である。「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら(2011年)」映画化の際は主人公役に抜擢され、大きな話題を呼んだ。こうした観客をたくさん呼び集めることが前提のプログラムピクチャーだけでなく、山下敦弘監督「もらとりあむタマ子(2013年)」や、黒沢清監督「旅のおわり世界のはじまり(2020年)」など、作家性の強い映画監督の作品でも主役を任されているのは注目すべき点だ。個人的に「旅のおわり世界のはじまり」の葉子役は彼女のベストアクトだと思う。猫のようにふらっとどこかへ消えてしまいそうなおぼつかなさ、そして、線は細いがどこか刺々しさの残る声に、替えの効かない魅力を感じた。アイドル出身と侮るべきではない。前田敦子には前田敦子にしか演じられないキャラクターがあるのだ。「町田くんの世界(2019年)」や「くれなずめ(2021年)」では絶妙なバイプレイヤーっぷりも発揮している。おそらく本人のこだわりもあるのではと思うが、映画への出演が多い。テレビよりもスクリーンでじっくり見たい女優であることはたしかだ。秋元康が彼女を買っていた理由が何となくわかる気がする。
また、前田敦子とおなじく全盛期のAKB48を支えた大島優子も女優として着実にキャリアを築いている。彼女の出演作はほとんど観たことがなく、女優としてどういう存在なのか論ずるだけの材料がないのだが、一応キャリアをおさらいしておこう。彼女はアイドル時代から「メリダとおそろしの森(2012年)」で主人公・メリダ役を演じるなど演技方面での仕事をこなしてきた。2013年卒業後も映画・ドラマの助演を中心にコンスタントに活動してきたが、一般的には「東京タラレバ娘(2017年)」で女優として認知された印象だ。しばらくアメリカに留学していた期間を挟み、2019年の朝ドラ「スカーレット」を経て、ここ一年ほどでふたたび作品数が増えている。ことしは「明日の食卓」「妖怪大戦争 ガーディアンズ」「ボクたちはみんな大人になれなかった」と三本の映画に出演(公開待機作を含む)。フィルモグラフィーを眺めればわかるが、留学期間を除いてほとんどずっと何かしらの作品に出ている。これだけオファーが途切れないのであれば、女優としてかなり息の長い活躍が期待できるのではないだろうか。
現役時代とのギャップが大きく、また、想像以上の躍進を遂げたのが川栄李奈だ。グループ全盛期を支えた人気メンバーのひとりではあったが、当時はまだスターメンバーたちが現役で活躍していたこともあり、頭一つ抜けた存在とは言えなかった。グループ所属時は「ごめんね青春!(2014年)」への出演があったものの、バラエティ番組では「おバカキャラ」として売り出され、どちらかというとバラエティアイドルの印象が強かった。しかし、2015年の卒業後は器用なバイプレイヤーとして高い評価を受けている。僕が彼女を女優として注目し始めたのは2018年公開の「センセイ君主」。浜辺美波の親友役で出演し、ちょうどいい塩梅のコメディ演技で作品を盛り上げた。「地獄の花園(2021年)」や「#リモラブ 〜普通の恋は邪道〜(2021年)」でも助演として主張しすぎない程度に爪痕を残している。一方、湯浅政明監督のアニメーション映画「きみと、波にのれたら(2019年)」では、恋人を火事で亡くした少女を繊細に演じ、もはや彼女の表現に死角はないことを証明した。連ドラの出演も途切れないし、次の朝ドラ「カムカムエヴリバディ(2021年)」ではトリプル主演ではあるがヒロインの座を勝ち取っている。AKB48卒業生の中でもっとも成功したメンバーの一人と言っても過言ではないだろう。
そのほかのメンバーでは、現在放送中の「プロミス・シンデレラ」に出演している松井玲奈や、「ニセコイ(2018年)」「翔んで埼玉(2019年)」のコメディエンヌっぷりが案外板についていた島崎遥香、映画やドラマだけでなくミュージカルにも活動の幅を広げる秋元才加の名前が挙げられる。渡辺麻友は朝ドラ「なつぞら(2019年)」の演技がすばらしかったのだが、健康上の理由で芸能界を引退している。これから女優として活躍できる可能性もあっただけに大変残念だった。
こうやって振り返ってみると、やはりAKB48時代に「神7」に数えられたり、そのあとの時代をエース級の活躍で支えてきたメンバーの名前が目立つ。身もふたもない話だが、アイドル時代は鳴かず飛ばずだったが女優として開眼…というパターンはさすがに難しいようだ。当時アイドルにまったく興味がなかったどころか若干の嫌悪すら感じていた僕でも、ここに挙げたメンバーは全員知っている。僕が知っていたかどうかですべてをジャッジするのは気が引けるが、少なくとも全盛期のAKB48には「国民的アイドル」と言っていいほどの勢いがあったし、その前線を走っていた彼女たちはそれだけタレントとしての力があり、卒業後も映画・ドラマに起用されるだけの引き合いがあるということだ。ここで得られた示唆を前提に、乃木坂46、櫻坂46、日向坂46の女優業について考えていこう。
3.乃木坂46卒業生の躍進:西野七瀬、深川麻衣、伊藤万理華
乃木坂46の顔といえば、デビュー初期をセンターとして引っ張ってきた生駒里奈、あるいはグループがはじめてレコード大賞を受賞した「インフルエンサー」のセンター、白石麻衣と西野七瀬であることに疑いはないだろう。生駒里奈と白石麻衣は卒業後モデル・タレントとして活動しているが、西野七瀬は女優業に進出し、存在感を示している。現役時代には「あさひなぐ(2017年)」に主演しているが、間違いなく女優としての転機は大ヒットドラマ「あなたの番です(2019年)」の黒島沙和役だろう。企画者である秋元康の戦略がうまくハマった感はあるものの、この作品で役者として一気に表に出てきたのはたしかだと思う(ちなみに最近秋元康がアイドルのプロデュースを放り出してドラマの企画にご執心なのは、良くも悪くもこの作品の成功に気を良くしたからではと踏んでいる)。「アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋(2021年)」や「ハコヅメ〜たたかう!交番女子〜(2021年)」など地上波連ドラで大きめの役を任されるだけでなく、「孤狼の血 LEVEL2(2021年)」や「鳩の撃退法」といった話題作の公開も控えている。正直、いまのところ役者として光るものは特に感じない。「西野七瀬」として呼ばれているような配役が多く、華やかなアイドル女優の域は出ない印象だが、まだまだ女優としての方向性を模索しているのだろう。
乃木坂46卒業後、女優としてブレイクを果たしたのが深川麻衣だ。彼女は乃木坂46を去ったあとのセカンドキャリアとして女優が十分選択肢になりうることを最初に示したメンバーと言えるかもしれない。今泉力哉監督「パンとバスと2度目のハツコイ(2018年)」で映画初出演にして主演を務め、高い評価を得た。翌年の同監督作品「愛がなんだ(2019年)」では、一途に想いを寄せてくる青年・仲原を突き放す「独り者」の葉子を演じ、初恋の男に恋心を抱く「パンとバスと2度目のハツコイ」の役柄とはガラリと変わった佇まいで観客を驚かせた。映画やドラマのゲスト出演も多く、独特のその落ち着いた雰囲気から、図書館の司書さん(「水曜日が消えた(2020年)」)やデマの被害者(「アノニマス〜警視庁“指殺人”対策室〜(2021年)」)のように物静かで他人に強く出られなさそうな人の役回りが多い。声の透明感やことばのテンポから、なんとなくそのキャラクターの背景まで伝えられてしまう。彼女の演技には「深川麻衣らしさ」があるので大好きだ。
深川麻衣と同じく女優業に転身し、ことしに入ってから出演作が増えているのが伊藤万理華だ。僕が彼女をはじめて認識したのは2019年公開「映画 賭ケグルイ」の犬八十夢役だった。ファンのあいだで「個人PVの女王」と呼ばれていると知ったのはだいぶあとになってからだ。乃木坂46やその後継グループではシングルCDの特典映像として、各メンバーの世界観を表現した10分程度の「個人PV」が収録されることがあるのだが、伊藤万理華の作品はどれも秀作揃いで、つねに多くのファンを魅了してきた。過去に評判の良かった個人PVのスタッフが再結集して制作された個展用のショートムービー「はじまりか、」は彼女のことを深く知らずとも楽しめる内容になっている。僕は期待せずに観たらずしんと食らってしまった。
ほかの作品も予告編であれば公式YouTubeで鑑賞できるのでぜひ確認してもらいたいが、なるほどたしかに歳を重ねるごとに表情の豊かさや動きの繊細さに磨きがかかり、被写体としての魅力に溢れている。ここにきて出演作が急増しているのも納得だ。現在放送中の主演ドラマ「お耳に合いましたら。」は、井桁弘恵や鈴木仁との掛け合いが可愛らしい。ある程度アニメ的な演出に振り切ってもほかの演者に馴染んでしまう存在感がある。話題沸騰の主演映画「サマーフィルムにのって」は残念ながらまだ観に行けていないのだが、大変評判がいいので楽しみだ。個人的には脇役でちまちま出るよりも主演としてどっしり構えた方が映えるタイプの役者なのではと思う。
乃木坂46の卒業生は、AKB系列に比べても、女優業に進む人が多いように感じられる。その先鞭をつけた深川麻衣は、卒業後に「乃木坂46合同会社」を離れて別事務所へ移籍することで、役者一本で勝負をかけた。個人的な解釈ではあるが、あえてリスクを取って役者中心の事務所「テンカラット」に移り、結果的に女優として軌道に乗った深川麻衣の選択は、後輩たちの道標になったのではないか。彼女のフォロワーとも言える西野七瀬や伊藤万理華は「乃木坂46合同会社」に籍を置いたまま、映画・ドラマへの出演を増やしている。もちろん本人の実績や努力に依るところも大きいだろうが、こうしたOGの敷いたレールが、その後のメンバーの選択肢を増やすことになったのはたしかだろう。
たとえば、ことし3月に卒業した堀未央奈は、さっそく夏ドラマ「サレタガワのブルー」で主演の座を掴んでいる。現役時代には「ホットギミック ガールミーツボーイ(2019年)」で成田初を演じ、山戸結希監督の世界観との親和性を示した。彼女は乃木坂46という女性アイドルのトップグループに在籍していながら、女性アイドルやSNSのあり方に関して積極的に私見を述べてきており、愚直に現代社会の「女の子」を研究してきた山戸結希の描くものと通ずるものがある。いい意味で親しみやすさとは距離のある、どこか人を寄せ付けない彼女の美しさは、役者として唯一無二だろう。また山戸結希とタッグを組んでくれたら、今度はもっと面白い作品が生まれそうだ。
また、どちらかというとモデルやバラエティのイメージが強かった松村沙友理が、役者としてのセカンドキャリアを選んだらしいのは少々意外だった。「賭ケグルイ(2019年~2021年)」シリーズの夢見弖ユメミ役は、本人のアイドルの姿とオーバーラップするキャラクターでハマっていた。今後どういった路線で勝負をかけるのか正直未知数なのでたのしみだ。そのほか女優業に転身した卒業生として「今日から俺は!!(2018年)」でキッカケをつかみ、昨年の事務所移籍以降、「私の家政夫ナギサさん(2020年)」などテレビドラマを中心に活躍する若月佑美や、乃木坂46・初代キャプテンで現在はミュージカルを中心に舞台に立つ桜井玲香の名前が挙げられる。
4.将来の活躍が期待される乃木坂46現役メンバー:生田絵梨花、久保史緒里、山下美月
次は、そんな先輩たちの背中を追いかける現役メンバーに話を移そう。
おそらく現役メンバーのなかで最も女優としてポテンシャルが高く、すでにアイドルの枠を超えて活躍しているのが生田絵梨花だろう。音楽大学に通いながらアイドル活動を継続し、大学卒業後は「ロミオ&ジュリエット(2017年、2019年)」「モーツァルト!(2018年)」「レ・ミゼラブル(2017年、2019年、2021年)」などミュージカルに出演。2018年に菊田一夫演劇賞という演劇の賞を受賞し、ことしは「レ・ミゼラブル」のヒロイン・エポニーヌを演じる。しかも「レ・ミゼラブル」に至ってはグループの全国ツアーと並行して各地を巡業しているし、この秋には新しいシングルも発売される。三人ぐらいクローンが居ないと回らない気がするが、これをこなせてしまうのが生田絵梨花なのだろう。僕はまだ彼女が舞台に立つ姿を見たことがないのだが、「FNS歌謡祭」で披露したディズニーメドレーは本当に素晴らしかった。あの伸びのある艷やかな声は、まちがいなくディズニープリンセス向きだと思う。映像作品の出演はそれほど多くないが、「賭ケグルイ 双(2021年)」の三春滝咲良役はよかった。物語の終盤、信じていた人に裏切られ、愛だと思っていた感情すら否定されたときの彼女の表情は、きわめて抑制的だが複雑さに満ちており、誇張された英勉的演出が目立つ本シリーズに於いて、ひときわ輝いて見えた。正直、現役時代からソロ活動でこれだけ才能を発揮するのは、ほとんど前例がないのではないかと思う。
久保史緒里もまたグループの中で歌唱力を評価されているメンバーだ。初の舞台単独出演となった「夜は短し歩けよ乙女(2021年)」では、黒髪の乙女を演じ、大変に好評だった。僕も東京公演を観劇したが、可愛らしくもハリのある歌声と舞台上での堂々たる佇まいは、竹中直人のようなベテラン俳優を前にしても決して見劣りしていない。むしろ軽やかに京都の街を冒険する彼女をもっとたくさん観てみたい、またこの舞台で会ってみたいと思わせてくれた。まだ演技関連の仕事は少ないものの、あれを見れば絶対に次があるはずだと思うだろう。これから先の活躍に大いに期待だ。
映画やドラマなど映像作品で今後が期待されるのは山下美月だ。白石麻衣や松村沙友理、高山一実などいまの乃木坂46を作ってきた黄金期のメンバーがグループを去る中、次世代を担うエースとして26thシングルのセンターに抜擢された彼女は、どちらかというとグループの「営業」として各映像作品に出演している。「映像研には手を出すな!(2020年)」で水崎ツバメ役を演じたほか、TBSの恋愛ドラマ「着飾る恋には理由があって(2021年)」にレギュラー出演。ネット配信限定スピンオフ「着飾らない恋には理由があって(2021年)」では主演を務めた。彼女はCanCamの専属モデルやヒルナンデスのシーズンレギュラーにも抜擢されており、これらの演技仕事もグループの顔として宣伝のために任されている面は否めない。卒業後を見据えての起用なのかは正直わからない(そもそも運営は次期エースの役割を期待して、しばらくグループにいてもらうつもりなのだろう)のだが、映画や連ドラへの出演が続く可能性は大いにあると思う。
「映像研には手を出すな!」には山下美月と共に齋藤飛鳥と梅澤美波が出演。先行して放送されたアニメ版「映像研には手を出すな!(2020年)」で伊藤沙莉が演じた主人公・浅草みどりがすばらしかった分、同役の実写版を演じた齋藤飛鳥の演技は賛否両論だった。おそらく制作時期はバラバラなのでアニメ版を受けての演技ではないと思うが、あえて異なるアプローチで「齋藤飛鳥の浅草みどり」を構築する試みは良かったと思う。特に物語終盤の大演説はあの小さな身体からこれだけのエネルギーを発することができるのかと驚嘆した。彼女も山下美月のようにグループの顔として映画や連ドラに出演していくのかもしれない。また、山下美月や久保史緒里と同じ三期生の与田祐希が乃木坂46の映像作品でおなじみの英勉監督「ぐらんぶる(2020年)」で映画初出演。四期生では「サムのこと(2020年)」や「ボーダレス(2021年)」などグループ名義の主演ドラマに抜擢されてきた遠藤さくらや早川聖来、ことし舞台「目頭を押さえた」に主演した筒井あやめは、役者としての活躍が期待される。
5.乃木坂46というブランド
こうして乃木坂46の「女優業」を概観してみると、西野七瀬を筆頭に伊藤万理華や松村沙友理など人気トップクラスのメンバー(いずれも「あさひなぐ」出演メンバーである)が現役時代から「女優班」として映画やドラマ、舞台などに出演し、アイドル卒業後も女優に転身して順調にキャリアを築いている。この方針は現在も踏襲されており、齋藤飛鳥、山下美月、梅澤美波が出演した「映像研には手を出すな!」は、次世代の西野七瀬や伊藤万理華を育成するための「あさひなぐ」のリバイバルプロジェクトと位置づけることができるかもしれない。また、映像作品だけでなく、舞台・演劇では生田絵梨花を筆頭に、鈴木絢音や久保史緒里らが実績を残しているし、さきほど挙げた四期生メンバーの本格的な稼働はこれからだろう。
正直、乃木坂46のメンバーの一般的な知名度は、AKB48全盛期に比べるとそれほど高くはない。前田敦子や大島優子と肩を並べられるのは白石麻衣ぐらいだろうと思う。そしてこのグループには「ヘビーローテーション」や「恋するフォーチュンクッキー」のような代表曲もない。しかし、乃木坂46の存在とそのブランドイメージは(AKB系列と区別がついていない人は多いものの)幅広い世代に認知されている。言い方は悪いが、AKB48以上に「興味がなくても視界に入ってしまう」ぐらいさまざまなエリアに根を張っているのだ。だから、群雄割拠の若手女優の世界に於いても、乃木坂46のメンバーや卒業生は存在感がある。西野七瀬や堀未央奈、山下美月は、映画の主演からドラマの助演まで幅広くこなし、深川麻衣や伊藤万理華のようにファンのあいだの人気と一般的な知名度に乖離があったとしても、卒業後、独自のポジションを築くことに成功しているのだ。この傾向はきっとこれからも続くだろう。来年には五期生も加入する。初期の人気メンバーがほとんど卒業し、新陳代謝と変化の過程にあるこのグループの未来がどうなるのかは誰にもわからないが、若手女優の世界で乃木坂46のブランドが一定のプレゼンスを維持し続けるのはたしかだろうと思う。
6.欅坂46の絶対的エース平手友梨奈と櫻坂46のこれから
一方、「女優業」という観点で評価が難しいのが櫻坂46だ。去年まで欅坂46として活動していたが、絶対的センター・平手友梨奈の脱退や、卒業生の度重なるスキャンダルによってグループのブランドイメージそのものが揺らいでしまい、結果的に櫻坂46への改名によってすべてを刷新することになった。欅坂46は、デビュー曲「サイレントマジョリティー」を聴けばわかるように、これまでのメジャーアイドルとは異なり、非常にコンセプチュアルでメッセージ性の強い楽曲を売りにしていた。そこには乃木坂46とは異なる、オルタナティブな魅力があったのだ。しかし、そのパブリックイメージのほとんどは平手友梨奈ひとりに背負わされていた。良くも悪くも欅坂46=平手友梨奈だったのだ。映画やドラマにおけるグループのプレゼンスも同様だ。スター性ある逸材が揃っていたにも関わらず、対外的な露出が平手友梨奈に集中してしまったのは、非常に不幸なことだったと思う。
欅坂46を体現する存在だった平手友梨奈の女優業は、2018年公開の「響-HIBIKI-」から本格化する。映画初出演にして主人公の鮎喰響を熱演し、第42回日本アカデミー賞新人俳優賞や第28回日本映画批評家大賞新人女優賞を受賞するなど高い評価を受けた。高校生にして芥川賞と直木賞を同時に狙える傑作を上梓した孤高の天才・鮎喰響のキャラクターは、まさしく欅坂46の絶対的センター・平手友梨奈その人である。むろんその高い表現力は称賛に値するのだけれど、彼女のアイドル活動を知った上で見る「平手友梨奈が鮎喰響を演じる」体験そのものへの興奮やメタ的な面白さが評価に影響している面は拭いきれない。要するに企画の勝利である。卒業後初の映画出演となった「さんかく窓の外側は夜(2021年)」のヒロイン役も「平手友梨奈が演じる平手友梨奈」の域を出なかった。このままでは役に広がりが出ないなと思っていた矢先に放送されたのが「ドラゴン桜」だ。スパルタ教育の両親の期待を一身に背負い、オリンピック出場を夢見てバレーボールに打ち込む少女・岩崎楓を好演した。このキャラクターは致命的なケガをしてバレーボールを続けられなくなり、最終的に両親の反対をねじ伏せて東大合格を目指すことになる。どことなく「欅坂46の平手友梨奈」にオーバーラップする部分はあるものの、両親のプレッシャーに悩み、同級生たちと友情を育む、とても素直な女の子である。余計なお世話かもしれないが、僕はこれを観てやっと彼女は「欅坂46の平手友梨奈」から開放されたんだと思った。しかも「ドラゴン桜」は作品自体の評判もよく、最終回の視聴率は民放連ドラで上半期一位だった。平手友梨奈のパブリックイメージを上書きするには十分だ。役の幅が広がった平手友梨奈の快進撃が続くことは間違いないだろう。
一方、グループ卒業後にブレイクを果たしたのが今泉佑唯だ。2019年頃から「左ききのエレン(2019年)」など連ドラのレギュラーをつかみ取り、「転がるビー玉(2020年)」で映画初主演を果たした。「酔うと化け物になる父がつらい(2020年)」でも主演・松本穂香の妹役を好演。持ち前のスター性で作品を引っ張る平手友梨奈とは対照的で、作品ごとのカラーにあわせて自分の演技をチューニングし、ほかの演者とのアンサンブルを完成させる器用さがある。これらの作品は一通り観ているが、川栄李奈のような渋いユーティリティプレイヤーになれるのではという予感があった。ことしの年初には某ユーチューバーとの婚約・妊娠を発表。私生活も順風満帆かと思われたが、婚約者のスキャンダルにより結婚は破談、今泉佑唯自身も所属事務所を退所してしまった。正直、女優としてのポテンシャルはかなり高い人だと思っていたので、このような結果になったのは大変残念だし、複雑である。これから女優業に復帰するかどうかもわからないが、本人がいちばん幸せな道を選んでくれることを祈るしかない。
最後に櫻坂46現役メンバーの女優業を考えてみよう。最初にふれたようにこのグループは、欅坂46時代に対外的なリソースを平手友梨奈に集中させてしまっていたので、映画・ドラマの領域における実績が乏しい。しかし、結成当初から人気・パフォーマンスの両面でグループを支える小林由依は、唯一の例外と言えるだろう。2020年に「女子高生の無駄づかい」で連ドラ初出演・初レギュラーを果たし(僕は放送当時アイドルに詳しくなかったので普通にモデルの人だと思って観ていた)、「さくら(2020年)」ではオーディションを勝ち抜いて主人公の友人役の座を射止めた。「with」のレギュラーモデルを務めるだけあってスタイルが良く、スクリーン映えするタイプである。彼女はダンスパフォーマンスがすばらしく、特に「サイレントマジョリティー」代理センターの苦しみを前に進むエネルギーに変えようともがくような表現は最高だったので、ぜひ映画やドラマの演技仕事でもその「迫力」を観てみたいと思う。
一方、グループとしては二期生を前面に押し出して櫻坂46のブランドを構築していこうとしているようだ。1stシングルと2ndシングルのセンターは森田ひかる、藤吉夏鈴、山崎天と二期生からの抜擢となった。これから先、乃木坂46における山下美月のように人気メンバーが映画やドラマに出演し、グループの名前を営業するようなケースが出てくるのではないかと思う。たとえば、グループでは改名デビュー後初となる写真集の発売が決定し、3rdシングルでは表題曲のセンターに抜擢された田村保乃。まだ演技経験はないものの、いずれ切り込み隊長として映画やドラマに出演するかもしれない。あるいは、櫻坂46として再始動後二連続でセンターを務めた森田ひかる。小林由依と共に配信ドラマ「ボーダレス(2021年)」に出演している。しかし、かならずしも乃木坂46のように女優業への転身を前提としたメディア戦略をとらない可能性もある。これから先のグループの動きに注目だ。
7.日向坂46の次世代女優候補:小坂菜緒、佐々木美玲、渡邉美穂
最後は日向坂46を考えよう。このグループは2019年にけやき坂46から改名し、単独デビューを果たした。不幸にもブレイクのタイミングがコロナ禍にかぶってしまったものの、テレビ局が若年層の視聴者を増やそうとアイドルや人気芸人の積極的な起用に舵を切る流れに、「バラエティに強い」とされる(僕はこの売り方に違和感しかないが)日向坂46はうまくハマっている。しかし、バラエティ番組での活躍が目立つ一方、乃木坂46ほど演技方面では存在感を示せていない。いちばんの理由はグループの人気・知名度の差だと思うが、総勢40人以上のメンバーを抱え、選抜/アンダーのチーム編成でリソースを比較的自由に各分野へと割り当てられる乃木坂46に対し、全員選抜で22人しかいない「少数精鋭」の日向坂46は、比較的時間を要する舞台・演劇にメンバーを回せるだけの余裕がないだろう。ここは第六章で考察した櫻坂46と事情は同じだろう。もしかしたら乃木坂46の運営(乃木坂合同会社)と、櫻坂46・日向坂46の運営(Seed&Flower)は別会社なので、グループの運営方針や営業に割ける裏方の人的リソースの問題なのかもしれない。どこまで言っても憶測に過ぎないのだが、ライブ記念グッズの発送に半年かかるような会社なので、運営会社にいろいろ余裕がないという認識は当たらずとも遠からずだと思う。
日向坂46を「女優業」という括りで見たとき、圧倒的な存在感を示しているのがデビューから表題曲で4作連続センターを務めたエース・小坂菜緒である。「恐怖人形(2019年)」で映画初出演・初主演を果たし、グループ名義の主演ドラマ「DASADA(2020年)」では、主人公・佐田ゆりあを熱演した。ふだんは大人しい文学少女的雰囲気の彼女が、このドラマではちょっと抜けた明るい女の子を演じている。ファンからするとそのギャップが面白いのだが、小坂菜緒は演じるキャラクターをまるごと頭からすっぽり被る「憑依型」の役者なのだと思う。そして、長野五輪を舞台にした「ヒノマルソウル(2021年)」では、紅一点のテストジャンパーを演じ、田中圭や山田裕貴といった人気俳優のなかでも堂々とした演技を披露。特に主演の田中圭がこっていりした演技をするので、小坂菜緒の抑制した演技は作品のトーンを整えるバランサーとして機能していた。演出家の腕もあるかもしれないが、これと言って特筆すべき点のなかった「恐怖人形」よりもその表現力は進化している。なによりほかの演者との掛け合いや受けの演技でナチュラルに存在感を示せるのは驚きだった。いま彼女は健康上の理由で復帰時期未定の長期休養に入っており、しばらくその活動は見られなさそうだが、その将来は大いに期待できるだろう。群雄割拠の若手女優界において、映画やドラマの主演の椅子に座れる人は限られているが、小坂菜緒は今後の実績次第でじゅうぶん戦える位置につけているのではないだろうか。
小坂菜緒に並んで女優への道を歩むのが佐々木美玲である。彼女はグループ主演の「DASADA」や「声春っ!(2021年)」のほか、「女子グルメバーガー部(2021年)」の主人公・森林映美と「賭ケグルイ 双(2021年)」の佐渡みくら役で連ドラに出演している。いずれも同年代の女優やアイドルとの共演が中心なので、ほかの演者との掛け合いがどのようになるのか未知数な部分が多いけれど、「DASADA」や「声春っ!」を観る限り、感情が高ぶったときの表現には引き込まれるものがあると思う。彼女も小坂菜緒とおなじく憑依型の役者に分類されるだろう。日向坂46の演技仕事は小坂菜緒がセンターとしての対外的な営業、佐々木美玲がファン向けのコンテンツのエース…といった振り分けになっているようだ。また、彼女と同じ一期生の影山優佳も「かぐや様は告らせたい 〜天才たちの恋愛頭脳戦〜 ファイナル」にて映画初出演。これから公開の作品なので演技の中身は評価できないが、小坂菜緒、佐々木美玲にならぶ日向坂46の女優業のエースになるかもしれない。
まだ外向きの仕事は少ないものの、個人的に女優業をがんばってほしいのが冒頭でふれた渡邉美穂である。彼女は「DASADA」で小坂菜緒の友人役を演じ、ファンにはその表現力の高さを知られている。けやき坂46時代のグループ主演舞台「あゆみ(2018年)」では、クライマックスに熱のこもった大立ち回りを見せたほか、配信ライブ「日向坂46×DASADA Fall&Winter Collection(2020年)」のスピンオフ朗読劇では、最初から最後まで佐々木美玲と共にステージを支配していた。無観客かつ生配信という特殊でプレッシャーのかかる状況であれだけのパフォーマンスをできるのはさすがだと思う。ことしに入ってから「星になりたかった君と」「声春っ!」「女子グルメバーガー部2021夏SP」と三本のドラマに出演。「女子グルメバーガー部2021夏SP」は病気療養中の佐々木美玲に代わって主人公・森林映美を演じ、新年の単発ドラマ「星になりたかった君と」では、眞栄田郷敦と共に主演を務めた。ただ、才能溢れる若手女優がすくないパイを奪い合う昨今の環境において、渡邉美穂の強みは一体何なのだろうか、という問いかけはあってもいいだろう。制服を着て女子高生の役を演じる年代でもない(2000年生まれ)し、日向坂46や乃木坂46にもおなじポジションを狙うライバルたちがひしめいている。なにかひとつでも「渡邉美穂といえば」と言われるようなアピールポイントがあると強いだろう。僕は彼女のギアをぐっと踏み込んだときの演技の爆発力、観客をおのれのフィールドに引き込む勢いはピカイチだと思っている。だから実は映画・ドラマよりも先に舞台・演劇の領域にチャレンジする方が良いのかもしれない。グループ自体が勢いにのる中、彼女自身も良いキッカケがつかめたらと願っている。
こうやって振り返ってみると「DASADA」でメインキャラを演じた小坂菜緒、佐々木美玲、渡邉美穂が、そのままグループの女優業の中心メンバーにスライドしているようだ。規模感は違うものの乃木坂46における「あさひなぐ」や「映像研には手を出すな!」のような位置づけになるのかもしれない。本来であればこういったメンバーは舞台・演劇の領域にも名前を売り込み、場数を踏むことでスキルアップしていくのがベストなのだろうけど、コロナ禍でなかなか新規の舞台興行を開拓していくのは難しそうだ。しかし、ここに挙げたメンバーはいずれも女優業への進出に意欲を示しているし、ポテンシャルもじゅうぶんにあると思うので、数少ないチャンスをモノにして羽ばたいてほしいと思う。
8.乃木坂46、櫻坂46、日向坂46の過去と未来
これまで乃木坂46、櫻坂46、日向坂46の女優業について、できる限り、僕のチェックできている範囲で振り返ってみた。気づけば1万5000字を超える大作になってしまった。このあとがきまでたどり着いてくれた人は一体何人いるのだろうか。「初森ベマーズ」や「誰が徳山大五郎を殺したか?」などグループ名義の主演ドラマは日向坂46の作品を除いて鑑賞しておらず、また、グループの歴史も後追いで理解した部分が大半なので、おそらく網羅性はまったくないと思う。しかし、僕がアイドルファンでなかった時代の作品も含めて、「坂道女優」が出演した作品を大まかにたどるだけでもこれだけのボリュームの文章になってしまうのだ。それだけ多くのメンバーが多岐にわたる活躍をし、後輩にバトンを繋いできたということだろう。
東日本大震災の年に誕生し。「AKB48の公式ライバル」として売り出された乃木坂46は、その後、清廉で文学的なブランドイメージを確立し、いまに至るまで日本の女性アイドルシーンの頂点を走り続けてきた。2016年に「サイレントマジョリティー」を引っさげて彗星のごとく現れた欅坂46は、相次ぐ人気メンバーの卒業や紅白歌合戦での酸欠騒動など、数々のスキャンダルに見舞われ、一時は空中分解の危機にも陥ったが、2020年に櫻坂46として再スタートを切っている。櫻坂46とともに一本のケヤキから生まれた日向坂46は、その持ち前の明るさと泥臭さで、坂道グループの末っ子としてコロナ禍の日本を明るく照らす。
しかし、盤石に思われた坂道グループの地盤がゆるぎ始めているのも事実だ。ヒットチャートの指標がサブスクやYouTubeの再生回数を重視し、握手会商法によるCDセールスランキングのハッキングは宣伝効果がなくなった。コロナ禍で握手会そのものの実施が難しくなり、CDの打ち上げ枚数にも如実に影響が出ている。ハイクオリティな楽曲とパフォーマンスを売りにしたK-POPアイドルの台頭も脅威だ。彼女たちが体現する「ガールズクラッシュ」は、昨今の社会のムーブメントと符合する価値観であり、秋元康のアイドルたちが提示してきた「清楚で可愛らしい」アイドル観の強烈なカウンターになっている。どちらの世界観にも価値があるし、優劣の問題ではないのだけれど、坂道グループの戦い方がこのままでは通用しなくなることは目に見えている。乃木坂46は草創期の人気メンバーが軒並み去って三期生・四期生中心のグループへの世代交代の最中だし、櫻坂46はリブランディングの緒に就いたばかりだ。日向坂46もこの勢いをどこまで持続させ、定着できるかの正念場に来ている。かならずしも前途洋々とは言えないのだ。
こうした流れを踏まえると、このnoteで振り返ってきた「坂道女優」のメソッドも、これまで通りでは機能しない可能性がある。舞台やミュージカルのゃスティングに積極的に売り込みをかけ、演技経験を積ませる。外向けの営業活動の一環として人気メンバーが映画や連ドラに出演し、新規ファン獲得の種を蒔く。演技に定評のあるメンバーは卒業後、女優に転身して華々しいセカンドキャリアを築いていく…。身もふたもない話だが、これらのパターンもグループの影響力があってこそだ。AKB系列のように全盛期を過ぎた「古豪」のポジションに落ち着いてしまうと、なかなか身動きも取りにくい(もっともHKT48やSTU48は全国区のアイドルから地域に根づいたご当地アイドル的方針にかじを切っているが)。だからグループは新陳代謝を繰り返し、つねに新しい空気を取り込んで成長するしかないのである。鶏が先か卵が先かの話になりそうだけど、いま乃木坂46の新しい顔としてプッシュされている齋藤飛鳥、山下美月、遠藤さくらのような各期のエースメンバーや、櫻坂46の田村保乃、日向坂46の小坂菜緒や佐々木美玲はとてつもなく重大なミッションを任されていると言ってもいい。特に乃木坂46はここ一年の活動と五期生の採用状況がグループの不沈のカギとなるだろう。
若手女優の世界はとても競争が激しく、特にここ数年は毎年のように逸材が現れていて、正直、飽和している印象も受ける。映画やドラマの出演枠は限られているし、上の世代には実績あるスターがひしめき合っているので、どんどん下に詰まってしまっているのだ。坂道の現役メンバーたちも女優業への転身を目指すのであればこのレッドオーシャンに飛び込まなければならない。結局グループを卒業した「坂道女優」のうち、主演級の活躍をできているのが西野七瀬や深川麻衣のようなトップクラスのメンバーに限られていることが、この世界の厳しさを物語っている。いわんや現役メンバーをや、だ。しかし、ここに名前を挙げたメンバーはアイドルとして一線で活躍し、しかも表現力にも長けた、才能ある人たちばかりである。まだまだこれからいろんな作品に出演するだろう。浮き沈みの激しい世界ではあるけれど、なにかひとつきっかけになるような当たり役に出会ったり、アピールポイントを見つけるだけで、大きく羽ばたく可能性もある。これからも「坂道女優」の活躍に期待しよう。