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〈3〉全員が幸せになれる可能性

※ この記事は「3年目のデビュー」のネタバレを含みます。

日向坂46にどっぷり浸かって約半年。しかしハマってすぐの頃は自粛期間真っ只中で、思うようなオタク活動ができずにいた。公開が目前に迫っていたドキュメンタリー映画は延期、全国ツアーのスケジュールもすべて一旦白紙という有り様。握手会など夢のまた夢。僕にとって日向坂46との接点といえばもっぱら冠番組と公式ブログ、それから有料メッセージぐらいだった。通常のアイドル活動をしている彼女たちをほぼ知らない状態からスタートしたから、過去のものを遡れば遡るほど、なんだか変な感じがした。

だが、ここ1ヶ月で一気に景色が変わった。7月31日の無観客配信ライブ「HINATAZAKA46 Live Online,YES!with YOU!」を皮切りに、8月7日に初のドキュメンタリー映画「3年目のデビュー」が公開、8月9日の「日向坂で会いましょう」でファーストアルバムのリード曲「アザトカワイイ」のフォーメーション発表があり、日向坂46初のセンター交代が告知された。8月11日には「レコメン!」で「アザトカワイイ」のフル音源初解禁、8月18日に自粛前以来の個人SHOWROOM配信…と僕にとっては初物尽くしだ。さらに「3年目のデビュー」の番宣で毎日のように外番組にメンバーが出演している。もう楽しくてたまらない。「これがアイドルオタクの生活か…」と日々実感している。

今回は新たに3人のメンバーを迎えた三期生について触れつつ、そんな激動の8月を「HINATAZAKA46 Live Online,YES!with YOU!」「3年目のデビュー」「アザトカワイイのフォーメーション発表」の3点から振り返ってみたいと思う。

1.HINATAZAKA46 Live Online,YES!with YOU!

まさか人生初のライブが日向坂46の、しかも無観客配信ライブになるとは思わなかった。しかし、コールなんて知らない、チケット争奪戦に勝てるかもわからない…という状態でいきなり現地のライブ参戦はハードルが高かったので、パソコン一台あればお家で楽しめてしまう配信形式でライブを経験したのは良い肩慣らしになったと思う。なにより常にメンバーの顔を見られるのが素晴らしい。あとで友だちから聞いて知ったのだが、坂道系のライブは全席一律料金で場所はランダムという仕様らしい。だったらずっと現地参加と配信参加は選択できるようにしてほしいと思った。ツイッターや公式チャットで友だちと盛り上がる感覚で実況できるし、時間や場所の制約もないからいいことづくしである。もちろん生の興奮にまさるものはないのだろうけど、きっとこれからのライブ興行のひとつのスタンダードにはなっていくのだろう。

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「日向坂で会いましょう」が入り口だった僕にとってメンバーがしっかりアイドルしているのを見るのはこれが初めてだったが、想像以上に感動してしまった。いつもはひな壇で楽しそうにはしゃぐ良い意味で年相応の女の子たちが、ステージの上ではプロの目になる。ほぼ2時間半ぶっ通しで歌い踊り、複雑なフォーメーションチェンジや衣装替えもなんのその、ハードさを一切感じさせない元気いっぱいのパフォーマンス。冒頭の「ハッピーオーラ」で楽しそうにカスカスダンスをするセンター・加藤史帆にいきなりハートを射抜かれてしまった。もうこの時点でチケット代の元は取れたと確信した。

そのあとの「期待していない自分」と「青春の馬」は切なくもパワフルで素晴らしかったし、「第五章 いいかげんな時計」の締めに披露された「川は流れる」は出色の完成度だったと思う。いちばん好きな曲というフィルターは掛かっているけれど、いつもAppleMusicで聴いている歌声にメンバーの身体的な表現が加わることで、より深い感動を味わうことができた。最後の詩の朗読もメンバーごとに表情が異なり、グループアイドルならではのハーモニーを体感できる。

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「第七章 偽物現る!」はこれまでの丁寧な楽曲の積み重ねによるミュージカル演出と打って変わってヤケクソ気味の導入(そこで「キュン」かよ!とみんな突っ込んだはずである)に少々拍子抜けはしたのだが、そのあとの追い上げがすごかった。僕の中でダサい曲の枠に入っていた「キツネ」は、白黒衣装の反転によるダンスバトルによって、本来のコンセプトである女の子の小悪魔的な可愛さとカッコよさを兼ね備えた曲としてリボーンし、「第二章 迷いの森」で1番まで披露された「青春の馬」が今度は「あきらめるな」のメッセージとともにフルコーラスでパフォーマンスされることになる。22人の音楽隊による長い長い旅の終わりに聴く「青春の馬」は心地よい疲労と達成感を誘い、まるで幾多の苦難を乗り越えて夢を掴む一歩を踏み出した「DASADA」最終回の余韻を再現しているかのようだった。

そして「JOYFUL LOVE」によって物語は大団円を迎えることになる。こんなにエンディングとスタッフクレジットの似合う曲ってあるだろうか。「青春の馬」のあとにこれを聴くと、僕自身はパソコンの前で缶ビール片手にはしゃいでいただけなのに「思えば遠くへ来たもんだ」と感慨深い気持ちになった。2時間半の旅路の果てに見たのは、全国のファンが作る美しい虹だった。

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さらにアンコールでは影山優佳と新三期生を交えたフルメンバーが「約束の卵」を歌唱。東京ドーム公演への夢をうたったこの曲は、不遇のひらがなけやき時代から雑草魂でもがいてきた日向坂46のアンセムとも言える。特に一期生の思い入れは相当のものだろう。2時間半のハードな戦いを終えたメンバーたちの熱気や高揚感、汗や体温まで画面越しに伝わってきそうなエネルギー溢れるパフォーマンスになっていた。これはもう絶対「ひなくり」に行くぞ!と思わせるステージだった。ふだんへにょへにょしていたり、MCに話を振られても黙り込んでしまう女の子たちが、アイドル戦闘モードに入ったらこんなにもカッコいいなんて。その高低差に目がくらくらする。こんな姿見せられたら惚れるに決まっている。25歳にして新しい世界が開けた気がした。

2.3年目のデビュー

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ライブの興奮冷めやらぬうちに「日向坂ストーリー」を買い、その日のうちに読破した僕は、万全の状態でドキュメンタリー映画「3年目のデビュー」に挑んだ。公開二日目の土曜昼、メインシアターの一つであるヒューマントラストシネマ渋谷。ハコは7階のスクリーン1。3つあるうちの最大スクリーンを割り当てられているあたり、映画館側の期待も感じさせる。もしかしたらと思ってはやめに着いてパンフレットを購入したら、案の定その後すぐに完売のアナウンスが流れた。グッズもすべて売り切れ。エントランスには常にファンがごった返している。僕はミニシアター系の作品を見に月に2、3回はこの劇場に来ているけど、こんなにお客さんがたくさんいるのは初めてだった。おひさまパワー、恐るべしである。

肝心の中身はと言うと、随所にテレビ番組的なニオイを感じてドキュメンタリー映画としては今ひとつだったものの、非常に「日向坂46らしい」作品になっていたと思う。これまでも散々語り尽くした話ではあるが、日向坂46はひとりがみんなのために、そしてみんながひとりのために努力できるグループなのだと改めて気づいた。しかし、一人ひとりは良くも悪くも普通の女の子である。カメラは彼女たちの等身大の姿をしっかりと写していた。それまで普通の高校生活やキャンパスライフを送ってきたのに、いきなりシビアな芸能界に放り込まれるのだから心身の負担は相当のものであろう。競争についていけなければふるい落とされる。歌もダンスもプロである以上つねに最善のパフォーマンスを要求されるが、上には上がいるこの世界で完璧を目指すのがいかに苦しいことか。「HINATAZAKA46 Live Online,YES!with YOU!」で彼女たちのパフォーマンスを見て大いに感動した分、顔をぐちゃぐちゃにして汗だくで泣きじゃくる練習中の姿はやはり衝撃的だった。

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ここまでnoteでさんざん知ったふうな口でメンバーへの想いを語ってきたけど、結局そんなものは表に出されたごく一部を見た上での妄想に過ぎない。当然のことながらファンには分からない絶対不可侵の領域がある。いくら不遇の時代と言えど「腐っても坂道」、秋元康の看板を背負っている時点で成功は約束されているじゃないかと思っていたフシもあるのだが、当人の失望や苦しみが凄まじいものであったことは想像に難くない。特に一期生は「長濱ねるのおまけ」扱いからスタートし、誹謗中傷もそれなりにあったことだろう。両親の愛をたっぷり受けて大事に育てられたであろう彼女たちの気持ちを思うと胸が苦しくなる。潮紗理菜の「人生で一番泣いた」の言葉が重かった。

「私たちは誰も諦めない、誰も見捨てない」

ところでティザーポスターの「私たちは誰も諦めない、誰も見捨てない」のフレーズは非常にうまいと思う。映画本編の中で何度もこのことばを思い出す場面があったからである。

たとえば井口眞緒がスキャンダル発覚後、活動自粛をメンバーの前で伝えるシーン。いつも見る和やかさからは想像できない張り詰めた空気。メンバー一人ひとりの目つきも怖い。佐々木久美の瞳には明らかに怒りが宿っていた。当然といえば当然だろう。みんな一緒に頂点目指して頑張ってきたのに、仲間の気の緩みですべてが台無しになってしまう可能性だってあるからである。しかし、彼女は(少なくともグループとカメラの前では)井口眞緒を叱るような言葉は発さなかった。「ちゃんとダンスの練習するんだよ」と声をかけたのである。高本彩花も「ダイエットしてね」とキツめのジョークを飛ばす。その言葉に含まれるチクリとした痛みに、単なるイジりでは片付けられないふたりの最小限の怒りの表明を読み取りたくなるが、ここで注目すべきは誰も「井口眞緒を見捨てていない」ことである。本当はみんな腸が煮えくり返っていたかもしれない。それでも井口眞緒が帰ってこれるように、きちんと彼女のための場所をみんなで用意してあげていたのである。その証拠に卒業を決めた井口眞緒を出迎えるメンバーたちの笑顔を見てほしい。ひとりでも彼女のことを諦めていたら、もういいやと見捨てていたら、ああやって明るく接するなんてできなかったはずだ。いくら日向坂46が素直な子の集団と言えど、もっとどんよりした雰囲気になるだろうと思っていたから驚いた。当然現実を受け入れるには相当な時間と体力を要しただろうが、その末に「元気に井口眞緒を送り出す」という答えを導き出すことがいかに大変か。そして卒業後も彼女の存在をタブーにせず、むしろ楽しい思い出として度々名前を出すメンバーに深い絆と愛を感じずにはいられない。

センター不在の「青春の馬」

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映画のクライマックスでは「ヒノマルソウル」の撮影でセンターの小坂菜緒が不在の中、グループ全体が一段上のステージへと成長していく姿が描かれる。これには伏線がある。その前の夏に小坂菜緒が体調を崩し戦線を離脱、急遽代理センターを務めた丹生明里や河田陽菜が本番で思うように力を発揮できず、悔し涙を流す…という場面があったのだ。小坂菜緒はまだ高校生。単身東京にやってきて、改名デビューの顔を任されて以降、つねにセンターのプレッシャーと戦ってきた。その苦しみや孤独、彼女の偉大さを、残されたメンバーは身を持って体感することになったのだ。

しかし、それから約半年間、彼女たちは大きく成長した。濱岸ひよりの離脱という大きな痛手を追いつつも「ひなくり2019」の成功と翌年の東京ドーム公演決定、「レコード大賞」や「紅白歌合戦」への初出場など、大きな舞台を経験する中で、日向坂46はアイドルとしての自信と自覚を身に着けていくことになる。

その集大成が、小坂菜緒不在の中、活動復帰後初ステージの濱岸ひよりを迎えた「日向坂46×DASADA LIVE&FASHION SHOW」のパフォーマンスである。映画は中でも振り入れの際に多くのメンバーが涙を流した「青春の馬」にフォーカスし、彼女たちの成長の核心に迫っていく。ファンの中ではシングル表題曲よりも人気が高く、日向坂46名義でリリースされた楽曲ではトップクラスの評価(体感)を誇る「青春の馬」。「キュン」から続くピュアな恋愛ソングの路線を日向坂46の〈顔〉だとしたらこの曲はグループの〈ハート〉であろう。可愛くて健気な王道アイドルの道を突き進みつつも、その内側には熱い信念と不屈の精神を宿している。しかしそれでいて乃木坂46や欅坂46のスタイリッシュさ、上品さは崩さない。丹生明里が涙を流しながら「やっと私たちの進むべき道が見えた」と語ったように〈誰かの背中を押す存在〉としての日向坂46の立ち位置を確立した記念すべき曲なのである。

「私たちは誰も諦めない、誰も見捨てない」ということばと呼応するように「青春の馬」ではセンターの小坂菜緒が4thシングルより復帰した濱岸ひよりの手を引き、ステージの中央でペアダンスを踊る…という振りがある。休業を経て帰ってきた彼女に華を持たせる素晴らしい演出だと思うが、「日向坂46×DASADA LIVE&FASHION SHOW」でひさびさにステージに立つ本人にとっては重荷でもあったのだろう。濱岸ひよりは本番前に舞台袖でひとり涙を流してしまう。心身のバランスを崩して休業に追い込まれてしまった過去を考えれば、緊張と不安のあまり追い込まれてしまうことは容易に想像できる。

そんな濱岸を励ましたのは、同じ二期生で、今回の代役センターを務める金村美玖だった。彼女は彼女で慣れないセンターを任されているのだ。いくら練習をしたって緊張しないはずがない。しかし、金村は濱岸の目をまっすぐ見て「大丈夫だよ」と声をかけるのである。僕はこの一瞬の場面に日向坂46の美しさを見た。困っている人がいたら必ず誰かが手を差し伸べてくれる安心感、そしてメンバー同士の深い絆。月並みな表現だけどそうとしか言いようがない。

センターという誰の背中も見えない、グループの先頭に立って観客と相対するポジションが真の意味で輝くには、後ろで支えてくれるメンバーへの絶対的信頼が必要となるだろう。みんながいるから大丈夫だ。そう思えるだけで人は大胆になれる。僕自身はほとんどダンス経験がなく、文化祭のステージ発表でヲタ芸をやらされて事故にあった苦い思い出しかないけれど、それでも「友だちと一緒に恥をかく」というマインドで挑むだけでだいぶ心の軽さが違った。下らない余興程度でも共に踊ってくれる人の存在がこれだけ支えになるのだ。いわんやアイドルをやである。どんなときでも仲間に手を差し伸べられるということは、自分が困ったときにも必ず誰かが助けてくれるはずだという信頼の証左だ。「青春の馬」の金村美玖のセンターは「3年目のデビュー」のハイライトとも言えるぐらい、血気迫るパフォーマンスであった。絶対にこのステージを成功に導くのだという強い意志が全面に出ている。長い手足を激しくも美しくしならせる彼女の表現には、上手いや下手を超えて、みなぎるような生命力を感じた。

……なんてくどくど書き散らしてみたけど、ひと言で言ってしまえば僕はあれを見て完全に「落ちてしまった」のだ。もともと金村美玖の幸薄でフラジャイルな美しさに惹かれていた僕だけど、「小坂菜緒の代役で収まってたまるか」と言わんばかりに闘志むき出しの表情で必死に踊る彼女の姿に惚れてしまった。ひと回り以上も下の子なのに、なにもかも負けている気がしたし、逆に僕ももっと一生懸命生きなきゃいけないと思った。冗談だと思われそうだけど、わりと結構本気である。あのパフォーマンスは小坂菜緒の代役センターなどではなく、紛れもない〈金村美玖センターの「青春の馬」〉だった。

3.「アザトカワイイ」のフォーメーションと三期生

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映画では大きくフォーカスされながらもここまで触れてこなかった小坂菜緒と上村ひなのについては「アザトカワイイ」のフォーメーションと絡めつつ考えていきたいと思う。

9月23日発売の日向坂46ファーストアルバム「ひなたざか」のリード曲である「アザトカワイイ」。突然ローソンのCMで流れ出してファンを困惑させたこの曲は、日向坂46の第二章の幕開けとも言うべきものになりそうだ。メロディや歌詞のテイストは「キュン」「ドレミソラシド」「ソンナコトナイヨ」などシングル表題曲の王道アイドル路線を踏襲しており、カタカナ表記の統一性も含めて、新しさを感じさせるものではない。キャッチーではあるが置きに行ったなというのが正直な感想である。

佐々木美玲のセンター復帰

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しかし「アザトカワイイ」で注目すべきはそのフォーメーションである。ファーストシングルから4連続でセンターを務めた小坂菜緒が1列目上手にまわり、代わってけやき坂46名義「走り出す瞬間」以来となる佐々木美玲がセンターを任されることになったのだ。先月のnoteで佐々木美玲が次のセンターになるだろうと書いていたので、一応予想的中である。フォーメーション発表を見たときは「やっぱりか」と「まさか本当に」の気持ちが半々だった。小坂菜緒の負担を考えるとそろそろ交代もあるだろうと言われていたし、佐々木美玲のセンター適性はすでに証明されている。非常に心強い人選だと思う。

本人も公式ブログで「時には辛いことがあったしても、大好きなメンバーが絶対に支えてくれます。」とメンバーへの信頼を力強く語り、センターを担うことに対する自身のなさや不安のことばは一切漏らしていない。「日向坂で会いましょう」のフォーメーション発表後のコメントをみたときも思ったが、センターとしてグループを引っ張ることができるという自負があるのだと思う。さらに彼女は公式ブログでこのようなことも書いている。

ソンナコトナイヨで3列目の左端を経験させて頂いて、みんなの背中を見て、みんなかっこいいな。って思うことがたくさんありました。

頑張ってる姿を見てきたからこそ、みんなをもっと知って欲しいなって。努力が報われて欲しいなって。

自分だけでなく他のメンバーにも注目してほしいと語る視野の広さ。ふだんポンコツキャラが全面に出ている分、こういうときの頼もしい姿勢が際立ってカッコよく見える。可愛いだけでなく、小坂菜緒とは違ったクールさも兼ね備えた彼女のひさびさのセンターパフォーマンスは要注目だ。

小坂菜緒の第二章

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一方の小坂菜緒は日向坂46としてデビューして以来はじめてのポジション交代となる。しかし多くのファンはこの変更を降格とは捉えておらず、非常にポジティブな気持ちで歓迎していると思う。それは佐々木美玲のセンター復帰の喜びもあるけれど、なによりこれまで全力で日向坂46の顔として走り続け、グループを引っ張ってきた小坂菜緒の頑張りを知っているからである。「3年目のデビュー」でも描かれているように、一人でセンターを担い続けるのは相当の負担である。この役割は本当に自分でいいのかという葛藤、少しでもグループから離れたら置いていかれてしまうのではという焦り、そしてみんなの期待を背負って先頭に立つ孤独感。それらすべてを飲み込んで彼女はステージに立っていたのだ。映画ではたくさん仲間に支えてもらう中で「自分は一人ではない」ことに気づき、センターとして一皮も二皮も剥けていくさまが描かれているが、さすがに小坂菜緒だけに任せ続けるのが酷だということは火を見るより明らかだった。

だから彼女がフロント一列目の上手にポジションチェンジしたのは一種の解放と言えるかもしれない。「日向坂で会いましょう」のフォーメーション発表で見せた表情は、プレッシャーから解き放たれた安堵とも、慣れ親しんだポジションを外された悔しさや喪失感とも取れる複雑なものだった。おそらくそのすべてが正解であり、同時に不正解であるのだろう。

「アザトカワイイ」フォーメーション発表後に公開されたブログには、ひとりの少女の葛藤が生々しくも赤裸々に綴られている。ふだんクールであまり感情を表に出さない彼女が、辛かったこと、嬉しかったこと、恥ずかしかったこと、すべてをさらけ出している。中でもこの一節は少々意外であると同時に、自らの成し遂げたことに対する達成感や矜持がにじみ出ていて、思わずぐっときてしまった。

でも、ファンの皆さんから頂いたメッセージや、皆からかけられた言葉は、そんな思いを吹き飛ばすくらいのもので、すごく気持ちが軽くなりました。

私の知らないどこかで、私の知らない何かが求めていたんでしょうかね。

「お疲れ様」
「よく頑張った」

自分では外せなかった、大きな鎖が一気に外れたような気がしました。

自分自身にこんな事は今後もしたくないけど
今回だけは、「よくやった」って言っていいですか?

このブログを読んでる時だけでいいです
少し、甘えさせてください。

それだけで、私としては楽になるような気がするんです。

自分で自分に「よくやった」と胸を張って言えること、果たして僕にはあるだろうか。「少し、甘えさせてください。」と書くあたりに小坂菜緒の控えめなところが出ていて愛おしいが、これは本気で身を削るぐらい頑張った人じゃないと書けない文章だと思った。だからこそ彼女には心から「ありがとう、お疲れ様。よく頑張りましたね」と(なぜか保護者のような気持ちで)声をかけたくなるのである。また、彼女はブログの最後にこんなことばも添えている。

ここが小坂の第1章の終幕だとするならば
新たなる物語、第2章の幕開けだ

そう、まさしく日向坂46の第一章は小坂菜緒が作り上げたものだった。ファーストアルバム「ひなたざか」は、けやき坂46(ひらがなけやき)から脈々と受け継がれてきたイズムの集大成であると同時に小坂菜緒、そして日向坂46の第二章の幕開けとなるのである。

上村ひなのと3人の新たな〈お友だち〉

最後に日向坂46第二章の鍵となる三期生4人ついて考えてみよう。

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上村ひなのは他の3人に先駆けて2018年末に日向坂46に加入した、いわばエリートである。「いつでもどこでも変化球」のキャッチフレーズの通り、独特のセンスを持っていて、いつどこで何をしても事件を起こせるアイドルである。「HINABINGO!」や「日向坂で会いましょう」ではMCを唸らせるほどのギャグセンスを披露していた。大喜利企画では「フリップの出し方を変えていたらもっと笑いが取れていた」と泣くぐらいにはストイックである。いつもみんなと違うことを考えていそうな表情や、妙にくねくねした動きも面白い。「キュン」Bメロ入り直前に中央まで移動するときの小走り(通称:ひなのダッシュ)もぴょこぴょこしていて可愛らしい。あまりに変化球過ぎてしっかりボールを受け取れるツッコミ役がいないとまったく活かせないのが玉に瑕だが、裏センターでの実戦を経て「アザトカワイイ」では待望の二列目昇格を果たした。今後の躍進にますます期待である。

順風満帆に見える上村ひなのだが、「3年目のデビュー」ではたった一人の三期生として葛藤する姿がフォーカスされている。それもそのはず、いくら優しい先輩に末っ子として溺愛されたって、同じ悩みを共有できる同期がいないのは心細いに違いない。先輩たちは当然のように振りを覚えて練習に挑んでいるのに、ひとりだけスタート地点が違う。柿崎芽実のポジションの穴埋めを任されてもミスを連発して全体練習の足を引っ張ってしまう。表では飄々としている彼女が裏ではたくさん泣いていた。肝の座った子だと思っていたけど、やはりそこはまだ中学3年生(当時)なのだと思った。

そんな苦労の末にたくましくなった上村ひなのと新三期生の関係はちょっぴり不思議である。加入タイミングがズレているのでアイドルとしては一年先輩になるが、ともに坂道合同オーディションを勝ち抜いた同学年の同期である。そして上村ひなのは髙橋未来虹、森本茉莉、山口陽世の3人を「同期」ではなく「お友だち」と呼んだ。たった一人の戦いではじまったアイドル人生に、やっと現れた大切な仲間。そんな想いを込めて彼女は「お友だち」と表現したのかもしれない。

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5月から本格的に活動を開始した新三期生は、上村ひなのに負けず劣らず濃いメンバーが揃っている。

僕的にいちばんの注目株は髙橋未来虹だ。写真を見れば分かるようにチーム屈指の高身長である。少ない出番ながら「HINATAZAKA46 Live Online,YES!with YOU!」のアンコール曲「約束の卵」のパフォーマンスでもすらっと長い手足が映えていた。「アザトカワイイ」でも三列目上手奥を任されており、そのスタイルを活かしたダンスにも期待が募る。先日の『日向坂46の「ひ」』では初登場ながら落ち着いた自然体の喋りで加藤史帆とのトークを盛り上げた。収録にお下がりの服を着て挑むあたり抜け目ない〈後輩力〉が見え隠れする。大口開けて笑う姿も飾り気がなく、親しみやすい。尊敬する先輩・富田鈴花のようにどんどん前に出てきてくれたら、日向坂46はもっと楽しくなりそうだ。

佐々木久美をリスペクトする森本茉莉もまたバラエティ班としての活躍に期待がかかる。実はとんでもないお嬢様であるとの噂がファンの間では流れており、単におふざけが好きな楽しい子というわけではなさそうだ。前面に立って活躍する機会は少ないものの、まだまだ隠し玉を持っていそうな気配がする。これからどんどん彼女の魅力が発掘されるのかと思うとワクワクする。「アザトカワイイ」では3列目、濱岸ひよりと宮田愛萌に挟まれたポジションとなる。どうやらこの曲はシンメトリーではなく隣同士でペアを成立させているようなので、宮田愛萌とのコンビ芸が見られるのではないかと推察するが、その全容はMVの解禁を持って明かされることになりそうだ。

3人のメンバーが一緒に立つと身長差で綺麗に大・中・小の並びが完成するが、いちばん小さいのが山口陽世である。髙橋未来虹と並ぶとそのギャップが可愛い。野球に力を入れる日向坂46にとって貴重な野球経験者というのも注目ポイントである。「日向坂で会いましょう」の新三期生紹介企画では剛速球を披露し、始球式をめざすメンバーの心を見事にへし折っていた。彼女も河田陽菜や東村芽依と同様、特別狙っているわけではないのにズレたことを言って笑いを誘うタイプらしい。真顔でわりと謎なことを口走るし、ベビーフェイスとは裏腹に毒舌の気配もあるので、まだまだ猫をかぶっているのではないかと疑っている。

新三期生は上村ひなのと異なり改名後のグループ加入となったため、けやき坂46時代を知らない。加入のタイミングもコロナ禍と重なり、初のステージデビューは無観客の配信ライブとなった。握手会の開催もしばらくなさそうなので、アイドル活動をしながらも直接ファンの前に出る機会がないという特殊な状況に置かれている。このスタートが吉と出るか凶と出るか、その結果は数年後にならないとわからないが、日向坂46が第二章を迎える上で、彼女たちのフレッシュさと可能性が鍵となるのは間違いない。最初からグループが右肩上がりの状況で仲間に加わった彼女たちは、一期生・二期生とは見えている世界が違うのかもしれないとも思う。まだまだ未知数ではあるが、これからの日向坂46が楽しみである。

全員が幸せになれる可能性

「3年目のデビュー」竹中優介監督がB.L.T.9月号のインタビューで日向坂46をこう評している。

「僕は、彼女達を見ていて、日向坂46は全員が幸せになれる可能性があるグループなんじゃないか、全員で幸せになろうしているグループなんじゃないかって(中略)初めて思ったんですよね。」

「全員で幸せになれる可能性があるグループ」とは非常に重い言葉であると思う。アイドル界、いや、芸能界は競争社会である。特に秋元康プロデュースのアイドルはメンバー間の競争を煽ることでドラマを生み出し、世間の注目を集め、拡大してきた。フォーメーションの配置は如実にメンバー間の序列を表しており、どれだけファンが温かい気持ちで迎えようともその現実を隠すことはできない。日向坂46も同じ枠の中にいるのは事実だし、僕一人がどれだけこのビジネスモデルに嫌悪感を示そうともひっくり返ることはないだろう。いつかは日向坂46も選抜性を採用するかもしれない。そうなったら僕の興味は持続するだろうか。現時点ではなんとも言えないというのが正直なところだ。

ただ、僕は日向坂46に「もしかしたら」と希望を抱かずにはいられないのである。もしかしたら、彼女たちは選抜性が導入されてもいまのままでいてくれるかもしれない。もしかしたら、キャプテン佐々木久美が卒業しても愉快で楽しい集団であり続けるのかもしれない。もしかしたら、健全な競争を維持しつつ「全員が幸せになれる可能性」を示してくれるのかもしれない、と。競争があるところには必ず勝ち負けがある。アイドルの世界の評価基準はわりとはっきりしている。恋愛と違って「振られても別にいい人がいるよ」とはならない。破れた者はアイドルの世界を去るしかないのである。だからグループアイドルのメンバー全員が幸せになるなんて難しいと僕たちは思う。

それでも、僕は日向坂46にたくさんの元気をもらっている。ことしはいろいろ躓いてしまったけど、毎日を楽しく送れているのは彼女たちのおかげだ。だから僕がいっぱい幸せをもらっている分だけ、彼女たちにも幸せであってほしいと願ってしまうのである。我ながら身勝手な願望ではあるが、僕は日向坂46の「全員が幸せになれる可能性」を信じたい。「もしかしたら」が現実になってくれたら。誰も諦めない、誰も見捨てない、敗者のいない世界がそこにあるとしたら…。甘いかもしれないが、僕はそういう夢を見たい。竹中監督の「全員で幸せになろうしているグループ」のことばは決して嘘ではないはずだと信じている。

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