記事「ギャンブルをするなら投資をするべき~数字でみるギャンブルのアホらしさ~」についての考察
あえて、ファイナンスより、心理学的な切り口で考えてみました。読み流して下さい。
一度、ギャンブルをやり、楽しい!が当たり前になってしまう(味を占める)と、楽しく無い事が異常状態(楽しい!の欠乏状態)となり、それを楽しい!で埋めようとする。
そのために道具の様に使われるのが、これらの「ギャンブル」となるのでしょうか(ドーパミンを手軽に出せる道具として)。
この様に、ギャンブラーは依存症的なスパイラルに陥っているので、確率とか数字とか流暢な事を言ってる場合ではないように見えます。(アルコール依存と考え方は同じ)※人間なら誰でもなり得ます
これを発展させると
犯罪のスリル(カリギュラ効果)もドーパミンを出す道具になり得るとしたら、ギャンブルはそれを代替するものとして、実は一部犯罪抑止に一躍買っているのではふと思いました。
風が吹けば桶屋が儲かる?
話題がズレにズレました、ちなみに私はギャンブルは一切しません、人生がギャンブル派です。