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#32中国リハビリ記録【無言の声|異国の地で紡ぐ物語】No.3

絆の道のり

碧蓮(ビーリェン)と家族は毎週2回、800kmの道のりを休むことなく通い続けた。その数ヶ月間、どんなに天候が悪くても、どんなに疲れが溜まっていても、彼らは決してリハビリを欠かすことはなかった。

16歳の少女を支えながら、父親が車を運転し、母親が寄り添い、祖父がその背後から見守る。その姿には、家族の覚悟と揺るぎない信念が溢れていた。

リハビリは、彼らの努力に応えるかのように進展を見せていたが、その進み具合は決して速いものではなかった。筋緊張の改善は、ほんの少しずつしか訪れない。それでも僕らは彼女の体に触れ、少しずつできる動作を増やしていく日々を重ねた。

家族はそのすべてを静かに見守り、何も言わなかった。進展が遅いことについて不安を抱えているのではないかと心配になるほど、彼らはただ僕たちを信じ、信頼を預けてくれていた。

先生を信じている

ある日、リハビリを終えた後、僕は思い切って父親に話しかけた。
「効果がすぐに出なくて、本当に申し訳ありません。ご期待のペースに比べて、時間がかかっています。その不安があると思うのですが…」

父親は僕の言葉を遮るように、静かに微笑んだ。
「先生、自分を追い込まないでください。焦らず、ゆっくり進めてください。リハビリというのは、そういうものじゃないでしょうか」

その言葉は予想外だった。僕が気にしていたことを見透かされていたのかもしれない。そしてその言葉の裏にある彼らの信頼に、僕はほっとした気持ちと、情けない気持ちを同時に抱いた。

「先生を信じています。」と父親。

彼のその一言が、僕の胸に深く刺さった。その信頼の重さを受け止める一方で、自分がそれに見合う仕事をできているのだろうかという不安も湧いてきた。彼らにとって、僕が最後の希望なのかもしれない。

だからこそ、その希望に応えるためには、もっと自分を高めなければならない。そんな思いが込み上げた。

碧蓮のプログラムの一部。

焦らず、ゆっくりと

家族に励まされる形となったその日から、僕の気持ちは少しずつ変わっていった。それまでは成果を急ぎ、すぐに目に見える進展を求めてしまっていた自分に気付かされたのだ。リハビリは時間がかかるものだ。

小さな日々を積み重ねることで、やがて変化が訪れる。その基本的な考えを、彼ら家族は僕以上に理解していた。

毎回のセッションで、僕はできるだけ丁寧に彼女と向き合った。わずかな筋緊張の変化や動作の改善を見つけるたびに、それを家族に伝え、共に状況を分かち合った。彼らはいつも穏やかに頷き、少女の顔を見つめていた。

彼女自身も変わり始めていた。表情に微かな変化が見られるようになり、体の硬さもほんの少しずつだが和らいでいる。僕にとって、それは何よりの励みだった。

旅路の果てに

彼らが何百キロも離れた地から通い続けている事実を思うと、そのたびに胸が締め付けられるようだった。普通ならば到底続けられないその努力を、家族全員が支えている。そして、その努力を無駄にしないようにする責任を感じる。

だが、同時に気付かされることもあった。彼ら家族は、僕にとっても一つの道しるべとなっていた。効果と速さを重視する社会環境の中で、焦ることなく一歩ずつ進む大切さを教えてくれたのは、まさしく彼らだった。

「次回もよろしくお願いします。」
リハビリを終えた帰り際、父親が言ったその言葉は、これからも彼らが来続けるという決意の現れだった。その背中を見送りながら、僕は会うたびに彼らという家族に惹かれていた。

そして、新たな一歩

しかし、これで全てが終わったわけではない。リハビリの道のりはまだまだ続く。そして、この家族との関わりが、僕自身にどんな変化をもたらすのか。それはまだ誰にも分からない。
ただ一つ確かなのは、僕の中国での活動は、この少女との出会いによって動きを変えたということだ。

【つづく】

階段昇降に取り組んだ時の写真。
汗を拭いながら、一歩ずつ。階段の下から父母が見守る。

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JUNYA MORI
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