＃10 理学療法士の中国リハビリ記録【あぁ……なんてこと！大人の想いが子供の心を苦しめる】No.2
リハビリ室の窓から差し込む柔らかな光が、彼女の顔を淡く照らしていた。僕は、彼女の手をそっと支えながら、もう一度指を動かす練習を始めた。15歳の彼女は、事故で身体と心に深い傷を負い、リハビリを通じて前へ進もうとしていた。
だが、彼女の瞳はどこか虚ろで、僕の声は届いているのか不安になることもあった。
「痛くないかな？」と尋ねると、彼女はかすかに首を横に振った。それでも、その仕草にはどこかためらいが見えた。僕は一瞬胸の奥に違和感を覚えたが、すぐに彼女を励ます言葉を続けた。「大丈夫、今日も少しずつ進んでるよ。焦らずやっていこう。」
僕は彼女の回復を心から願っていた。
だが、どこかでその願いが、彼女にとって負担になっているかもしれないとは考えもしなかった。
心の負担になっていた原因
それが明らかになったのは、彼女の母親がリハビリ室に来た日のことだった。母親は穏やかな表情をしていたが、その口から出てきた言葉は僕を驚かせた。
「先生、少し話してもいいですか？」
僕は母親の言葉に耳を傾けた。彼女は静かに言った。「先生、いつも娘を励ましてくれてありがとうございます。でも、実は最近、娘が少し不安を感じているようなんです」
僕は思わず息を飲んだ。「不安、ですか？」
母親は少し言葉を選ぶようにして続けた。「娘が言っていました。先生の期待が大きい……その期待に応えられないかも……そう思うと不安だって」
その一言が僕の胸に重く響いた。
彼女は僕の言葉をプレッシャーとして受け止めていたのだ。僕はただ彼女を励ましたつもりだった。前向きに、少しでも良い方向に向かってほしいと願う気持ちからだった。だが、僕のその思いは、彼女にとっては負担でしかなかったのだ。
母親はさらに言葉を続けた。「娘は先生の熱心さをとてもありがたく思っているんです。でも、その分、期待に応えられない自分を責めてしまうみたいです」
僕は何も言えなかった。これまで患者を励まし、前向きな気持ちを引き出すことが自分の役目だと思っていた。だが、その方法が間違っていると気づかされた瞬間だった。
飽きないようにとメニューはバリエーションを持たせた。
でも、それが逆にプレッシャーだったのかもしれない。
寄り添うことの意味
その夜、僕は自分自身を振り返った。なぜ彼女を追い詰めるような言葉をかけてしまったのか。リハビリは確かに身体の回復を目指すものだが、それだけではない。患者の心に寄り添い、安心して進める環境を作ることが何よりも大切ではないのか。
翌日から、僕は彼女への接し方を変えることを決意した。まずは彼女にこう伝えた。
「君はもう十分頑張ってるから」
その言葉を聞いた彼女の表情は、少し驚いているようだったが、同時に少し和らいだようにも見えた。彼女の反応を見て、僕は心の中で安堵した。それからのリハビリは、以前とは少し違う空気が流れていた。僕は結果だけに囚われず、彼女の気持ちに寄り添うことを意識した。
僕はこれまでのプログラムに少し変化を加えようと決めていた。
「美美、今日は少し特別なことをしてみよう。好きな映画は何？」僕が問いかけると、彼女は少し驚いた表情を見せた。
「映画？」彼女はしばらく考えた後、「『你的名字』（君の名は）…」と答えた。
「あぁ、いい映画だね。それじゃ、今日はその映画のワンシーンを動作で再現してみようか」
美美は戸惑いながらも、少しずつ動作訓練に集中し始めた。指がスムーズに動かない彼女にとって、これまでの訓練は辛いだけだった。しかし、好きな映画の話題を交えることで、彼女の目には新たな光が宿り始めた。
「美美、今の動き、上手にできたじゃない」僕が声をかけると、彼女は小さく笑った。
「先生、今日はこれができたよ。」そう言って見せる彼女の小さな進歩に、僕は心からの喜びを感じた。それは彼女が自分自身を信じて進んでいる証でもあった。
僕は口癖だった『加油（頑張って）』をいつしか口にしなくなった。気がつけば、『慢慢来（ゆっくりいいよ）』と言っていた。
この経験は、僕にとって大きな学びとなった。中国での活動を続ける中で、この出来事は僕の心に焼き付いた。効果を求める周囲や親、大人の理由に流されて、患者本人の心に寄り添い、そのペースを尊重することを見失っていた。
今でもあの日、母親が言ってくれた言葉、そして彼女との関わりで学んだ日々を忘れることはない。
20年経った今もなお、不出来な自分を諌めつつ、僕は医療人として、そして人間として成長する途上なのだと噛み締めた。
僕個人のための覚書
リハビリテーションの主役は患者。療法士でもなく、お前でもない。それが分かっているなら、もう100点
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