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#17 理学療法士の中国リハビリ記録【蒸し暑い夏の思い出、親子の絆】

蒸し暑い南京の梅雨

梅雨時期の南京は、湿気が体にまとわりつき、まるで蒸し風呂の中にいるようだった。そんなある日、7歳の少年・小亮(シャオ・リャン)が両親に連れられて飛行機で5時間の旅をしてやってきた。

小亮は失調型の脳性麻痺で、足元が不安定でまともに立つことができない。歩こうとしてもふらついてしまうため、常に周囲の助けが必要だった。

父親は仕事が忙しく、家にいる時間も少なく、小亮と遊ぶ時間を作ることができなかった。一方で、母親は毎日の介護に疲れ果て、心身ともに限界に近い状態だった。そのため、家族の雰囲気はどことなく暗く沈んでいた。

小亮自身も、リハビリに対して全く興味を示さなかった。集中力を保つことが難しく、最初からやる気を失ってしまう。しかし、彼には一つだけ好きなことがあった。それは「遊ぶこと」、そして「父親と一緒に過ごす時間」だった。

小亮にとって父親は大好きな存在であり、彼と一緒にいる時だけは、心からの笑顔を見せていた。

朝鮮族である父は規律を重んじる人で、子育てにも厳しく伝統的な考えを持っていた。リハビリ中に叱ることもあったが、休憩時間に親子で話している時の父の姿は愛に溢れて見えた。

父と子の絆

初めてのリハビリの日、小亮は部屋の隅で不機嫌そうに座り込んでいた。トレーニング器具や遊び道具をいくつか試してみたものの、彼の反応は鈍かった。目を伏せて集中力を欠いた様子で、僕の話にも耳を傾けない。

しかし、ふと父親が彼に声をかけると、小亮の顔がパッと明るくなった。彼は立ち上がり、不安定な足取りながらも父親のそばに歩み寄った。その様子を見て、僕は思った。父を巻き込んだリハビリを試してみようかと。

そこで、僕は父親にもリハビリに参加してもらうことを提案した。「小亮くんはお父さんが大好きみたいですね。お父さんが一緒なら、きっともっと積極的になると思いますよ。」父親は少し戸惑った表情を見せたが、「分かりました。一緒にやってみます」と快く答えてくれた。

遊びを通じたリハビリ

まずは簡単な遊びを取り入れたリハビリを試みた。ボールを使ったトレーニングや、おもちゃを運ぶゲームを通じて、小亮が楽しみながら体を動かせるようにした。そして、その中に父親も参加してもらうと、彼の集中力が目に見えて向上していった。

父親が小亮にボールを投げ、それを小亮が一生懸命キャッチしようとする。その瞬間、小亮の顔には明るい笑顔が広がっていた。「もっと!」「もう一回!」と声を上げ、父親との遊びに夢中になる小亮。その姿を見て、母親もほっとした表情を浮かべた。

リハビリの合間には、家でもできるトレーニングを両親に指導した。特に父親と一緒に取り組むメニューを重視した。「お父さんがいると、小亮くんも安心するし、やる気が出ます。無理のない範囲で毎日続けてみてください」と伝えた。

彼らに渡した資料の一部。
親子で取り組む姿をビデオに撮って送ってくれることもあった。

3ヶ月後の手紙

小亮がリハビリを終えて南京を離れてから3ヶ月後、僕は彼のことを思い出すことがあった。あの家族、元気にしているだろうか?と……。

そんな折、一通の手紙が届いた。差出人は、小亮の父親だった。

手紙にはこう書かれていた。

「毎日息子とトレーニングをする習慣ができました。少しずつ体がしっかりしてきて、1年遅れましたが、ついに小学校に通えるようになりました。これからが頑張りどきです」

親子の姿を想像すると、素直に嬉しかった。そして保護者の不安や喜びを同時に想像したりもした。 

自分の記憶と重ねて

僕は彼ら親子に自分を重ねて、小学生の頃の記憶を思い起こしていた。母子家庭だった僕にとって、父親とキャッチボールをするのは夢だった。近所の父子が楽しそうにボールを投げ合う姿を、いつも憧れの眼差しで見ていた。

だからこそ、小亮と父親がトレーニングを通じて絆を深めていく姿には、特別な感情を抱いたのだろう。小亮の笑顔、父親の厳しくも優しいまなざし、その全てが僕の心に刻まれている。

蒸し暑い南京の梅雨から始まった物語。あの親子、今頃どうしているだろうか。彼らの故郷である東北は、すでに雪が降っているらしい。

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JUNYA MORI
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