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#41理学療法士の中国リハビリ記録【子供、親、装具の善悪】
俊宇(シュンユー)は一歳半になった頃、小脳の発達が遅れていることが分かった。その後、少しずつ成長を見せたものの、バランス感覚が悪く、自力で立つことすら難しかった。小さい頃から支柱付きの装具をつけて成長を支えられてきたが、その装具が彼の足元に深い影を落とすことになろうとは、誰も気づかなかった。
装具の存在
俊宇がリハビリ室に現れたのは、彼が5歳の頃だった。歩く時期を過ぎても一向に歩く気配がないことを心配した両親が連れてきたのだ。
評価の時間、俊宇の両親は希望を込めて息子を見ていた。僕は装具を外し、彼がどれだけ自分の足で立てるかを見ようとした。だが、それは予想を超える反応を引き起こした。
俊宇は泣き叫び、抵抗し、ついには拳を振り上げて殴りかかってきた。装具が俊宇の「鎧」であり、「盾」だったのだ。彼にとってそれを外すという行為は、恐怖そのものだったのだろう。
両親は静かにその様子を見守っていたが、彼らの目には焦りと苛立ちが滲んでいた。「装具があれば立てる。でも外したら何もできない」と、彼らの言葉はその事実を端的に物語っていた。彼は家でもずっと装具を履き続け、室内でも装具をつけたまま過ごしているという。
足の裏の大切さ
装具が悪いわけではない。しかし、僕が提案したかったのは「使用頻度のバランス」だった。リハビリの時間だけでも裸足の時間をつくり、足裏からの刺激を感じることが俊宇の成長にとって重要だと説明した。砂浜や芝生の上を歩くことで、足の裏は環境を知り、脳に新たな刺激を送る。それが彼のバランス感覚を高める助けになる。
だが、両親の耳には僕の言葉は届かない。「装具があれば立てるじゃないか」と母親が言い放つ。その繰り返し。話は山あり谷ありだが、結局は堂々巡り。
でも両親の言葉には、彼らが俊宇のためにどれだけ努力してきたかという思いが詰まっていた。
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足部への感覚刺激をプログラムに取り入れる方針だった。
白か黒か
僕の説明は「グレー」に聞こえるのだろう。両親にとっては装具を「履かせるか、履かせないか」という二択しか存在しなかった。僕が伝えたいのは、装具を使う時間と裸足の時間の「比率」だった……。日を改めて、少しずつ慣れてもらおうという提案も、もはや聞き入れてもらえない。
「装具を外すなんて無責任だ」と父親が言う。「一歩も歩けなくなるかもしれないのに」と母親が加える。その言葉は僕の胸に鋭く刺さる。それでも、僕は言葉を尽くした。しかし、両親の心を動かすには至らなかった。両親にしてみれば、僕はまるでペテン師のように映ってしまったようだ。
イギリス人の理学療法士
話の終わりに、母親が静かに語り出した。「以前イギリス人の理学療法士に見てもらったことがある。その人も、裸足にして芝生や砂浜で遊ばせろと言った。でも、そんなことをしてこの子が倒れたらどうするの?それじゃ意味がない。先生が言っているのも同じ話でしょ?」
僕は一瞬息をのんだが、正直に答えた。「その人は正しいことを言っています。ここでも同じ方針です」
その瞬間、両親の目が冷たくなった。話はそこで終わった。
それでも僕は
診察室を出ていく俊宇と両親の背中を見送りながら、僕は深い疲労感に包まれた。僕が伝えたいのは、彼らの努力を否定することではない。ただ、新しい可能性を一緒に考えたいだけだった。でも、それがどれほど難しいことかを思い知らされた。それを伝えることが、もっと難しいことを噛み締めた。
俊宇が大きくなったとき、自分の足で歩く喜びを知る日が来るだろうか。その日はきっと遠い。僕は再び本を文献を漁り、言葉が正しいと判断するも心は晴れない。
医療は科学科もしれないが、臨床は科学だけではないのかも。理論と感情が混沌としていて掴みづらい。そんなことを考えながら、僕は着替えて家路に就いた。
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