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#33中国リハビリ記録【無言の声|異国の地で紡ぐ物語】No.4
夏休みの挑戦
夏の陽射しが強く降り注ぐ季節、碧蓮(ビーリェン)は父親とともに夏休みのリハビリ合宿に参加する。彼らは近隣のマンションを短期で借り、2人だけの生活を始めた。少女は16歳、低酸素脳症による全身の筋緊張に苦しみながらも、リハビリに生活の多くを懸けている。
毎朝、父親が彼女を車椅子に乗せ、リハビリ施設まで散歩をしながら通う姿を見かける夏。日差しが照りつける中、彼らその穏やかな姿は、リハビリ施設に通う誰もが目にする日常の一部となった。車椅子を押しながら父親が話しかける声や、少女の無表情の奥に秘めた視線は、彼らの絆の深さを物語っていた。
変わらない身体、変わる何か
合宿が始まってからしばらくの間、彼女の身体に目に見える回復の兆しはなかった。筋緊張は依然として高く、動作の改善もほんのわずかだった。しかし、彼女は頑張っていた。その証拠に、リハビリの最中も、わずかな指の動きや目の動きで僕たちに応えようとしていた。
彼女の身体が応えてくれるまでには時間がかかる。僕はそのことを理解していたが、家族が焦っていないか心配だった。だが、父親の様子を見る限り、その心配は杞憂に過ぎないようだった。彼は毎回穏やかな表情でリハビリの様子を見守り、何も多くを語らなかった。
「ゆっくりでいいよ、焦らずにね。」
いつも父親が呟く。その言葉がリハビリのプログラムに息む少女の表情を緩める。リハビリは結果を急ぐものではない。その本質を、父親は僕よりも理解しているようだった。
父親との交流
父親はタバコが好きだった。リハビリの休憩時間になると、彼は施設の外に出て一服するのが日課になっていた。僕がたまたま外に出ると、彼は軽く手を挙げて「先生、ちょっと一緒にどうですか?」と声をかけてくることがあった。
僕は彼との会話が心地よくて、自然と喫煙所に足を運ぶようになった。父親は寡黙な人かと思っていたが、実際にはとても温かく、話し好きな一面を持っていた。
「先生、ここの空気、悪くないですね。静かで、娘にとっていい環境ですよ」
「そうですね。あなたが頑張っていらっしゃる姿を見ると、僕も励まされます」
彼は苦笑いを浮かべて首を横に振った。「頑張ってるのは娘ですよ。僕なんか、ただついてるだけです。」
その言葉に、僕は彼の優しさと、娘への深い愛情を感じ取った。自分を責めるような表現をしながらも、彼は決して娘の可能性を諦めていない。その姿勢が僕には眩しく見えた。
少女の夏休み
少女にとって、この夏休みは特別なものだった。通常の学校生活とは違い、リハビリを中心とした生活。それでも彼女は怠けることなく、毎日施設に通い続けた。その姿には不思議な力強さがあった。
父親は散歩の途中で見かける花や木々の名前を、娘に語りかけているようだった。彼女は言葉を発することはできないが、きっと心の中でその声に耳を傾けているに違いない。彼女の瞳には、時折小さな変化が見られることがあった。その瞬間を見逃すまいと、僕は彼女を観察し続けた。
「今日はどうでしたか?」
リハビリを終えると、父親は毎回そう尋ねてきた。
僕は前向きに答えるよう努めたが、誠実に事実を伝えるべきもどかしさもあった。
「効果は少しずつですが、確実に進んでいます」と僕。
その言葉を聞くたびに、父親は満足そうに頷き、「それで十分です」と微笑んだ。
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伝う汗を父がぬぐい、彼女はその瞬間だけ必ず微笑んだ。
小さな変化、そして希望
数週間が過ぎた頃、少女の身体にわずかな変化が現れ始めた。硬直していた左腕が、わずかにではあるがリラックスする瞬間が増えたのだ。
その変化を見たとき、僕は心の中で小さくガッツポーズをした。父親にそのことを伝えると、彼も娘の変化に気づいていたようだ。その目には安堵の色が浮かんでいた。
彼女のリハビリは、この夏休みだけで大きな進展が見込めるわけではない。しかし、彼女と家族の努力が、少しずつ実を結び始めているのを感じた。その事実は、僕にとっても大きな励みとなっていた。
終わらない夏
夏の終わりが近づいてきた頃、父親が僕にぽつりと言った。
「先生、この夏は娘にとっても、僕にとっても意味のある時間でしたよ」
僕はその言葉に感謝の気持ちを込めて頷いた。だが、これが終わりではない。彼らの挑戦は続いていくし、僕も当面は一端を担い続けるだろう。
【つづく】
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