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#36理学療法士の中国リハビリ記録【言葉を失った彼】
言葉を失った彼
ある日、中国のリハビリ施設に、交通事故で失語症を患った男性と、その奥さん、妹の三人が訪れた。病院ではリハビリの限界を告げられ、他に方法を模索するために訪問したという。これが、彼らにとってセカンドオピニオンの機会だった。
男性は自分の名前も、奥さんの名前も答えることができなかった。名前を尋ねると、少し俯き、困ったような表情を浮かべる。言葉だけでなく、記憶そのものが曖昧になっているようだった。彼にとって周囲の情報がどれほど理解できているのかを評価するのは難しかった。
課題の浮き彫り
僕は評価の一環として、いくつかの物品をテーブルに並べ、名前や用途を答えるよう促した。しかし、彼は靴を見て「食べ物」と認識した。どのように使うものか尋ねると、靴を口元へ運んだ。その動作を見た奥さんは、少し疲れた表情を浮かべて息をついた。
奥さんの名前について尋ねても、男性からの返答は得られなかった。その場の空気が静かになり、奥さんの目に涙が浮かぶ。彼女の反応から、これまでの生活での苦労がうかがえた。
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リハビリの現状と長期戦
失語症患者にとって、リハビリは非常に長い道のりであり、家族の協力が不可欠だ。患者本人の機能回復を目指す一方で、家族にとっても精神的、時間的な負担が伴う。彼らの話を聞く中で、こうした課題が浮かび上がった。
奥さんは「この状態が良くなるのか」と問いかけた。僕は具体的な見通しを伝える代わりに、回復には時間がかかること、そしてリハビリの継続が必要であることを説明した。また言語聴覚士がいないため、施設の限界と可能ならばリハビリ専門病院でのリハビリ継続を勧めた。
彼らが納得し、続けられる方法を見つけることが重要だった。
選択した道
2時間以上の話し合いの末、彼らは交通事故に関する裁判が落ち着いたらリハビリを再開することを希望した。それまでは自宅でリハビリを続けたいとのことで、僕は専門家からの指導を受けながら進めるようアドバイスを行った。彼らはその場で了承し、施設を後にした。
再会のなかった結末
その後、彼らが再び施設を訪れることはなかった。裁判の進行や生活の中で、リハビリの継続が難しくなったのかもしれない。リハビリを専門とする者として、こうした状況に直面することは少なくない。患者本人の回復への意志と家族の支えが必要だが、それを維持することは決して容易ではない。
彼らの生活がその後どうなったのかを知ることはできない。それでも、当時の彼らの状況と選択が、少しでも良い方向へ進んでいることを願わずにはいられない。リハビリの現場では、こうした事例が家族との関係や患者支援の在り方を再考するきっかけとなることが多い。この経験もまた、僕にとって考え続けるべき課題の一つである。
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