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#13 理学療法士の中国リハビリ記録【博士課程の学生が見せた涙】No.1

迷いの中の博士課程生

彼がリハビリ室のドアを開けて入ってきたとき、その姿から、身体の回復を目指す脳梗塞後遺症の患者さんだと思った。

スラリとした体格に、落ち着いた雰囲気。そして左半身の麻痺……。

身体の問題はともかく、どこか遠くを見つめる彼の瞳が、彼の内面の葛藤を物語っているようだった。

「息子は、大学の博士課程で物理学をやってるです。量子物理学なんですよ」

母親が誇らしげに話す一方で、彼はじっと足元を見つめていた。その横顔には、どことなく影が差していた。

彼の名前は張偉( ザンウェイ)。リハビリが始まり、軽く体を動かしながら話をするうちに、彼が少しずつ口を開き始めた。

その小さな声の中には、何か答えに迷うような色が感じられた。張偉の横顔は冷静そのものだったが、その奥に隠れた葛藤を僕は感じた。

リハビリが始まり、張偉の体を軽く動かしながら話を振っていくと、彼は少しずつ口数を増やしていった。最初は簡単な会話から始まり、次第に深い話題へと移っていった。

哲学と物理の間で

張偉の話は、学問の孤独さについてだった。大学院での研究生活が想像以上に厳しいこと、そして量子物理学という分野に没頭しながらも、その意味を見失いそうになる自分について語った。

「量子物理学って、目に見えないものを相手にしているんです」

彼はそう前置きすると、静かな声で続けた。

「複雑な数式や理論に囲まれて、一つの結論を導くために膨大な時間を費やす。でも、やる意味が果たしてあるのか、わからなくなってきたんです」

「意味……ですか……」と僕。

彼は少し間を置き、遠くを見つめるように続けた。

「教授の指導は的確ですし、研究の方向性にも道標はあります。でも、その道が正しいかどうかなんて、誰にも保証できません。それを信じるしかないんです」

張偉は、言葉を選びながら語っていた。それはまるで、普段誰にも話さない思いを外に出しているようにも思えた。

「学問を続けることに義務感を感じています。自分が選んだ道だから、やり抜かないといけないと思っています。でも、それが本当に意味のあることなのか。自分がその道の先に何を得られるのか……分からなくなってきて」

その声には疲れと迷い、そして孤独が色濃く滲み、視線はどこか遠くを見つめていた。

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JUNYA MORI
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