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世界の原子力発電はどう変わった?〜2020〜2025年の主要国トレンド総まとめ〜
はじめに
気候変動対策やエネルギー安全保障が叫ばれるなか、世界では原子力発電をめぐる動きが大きく変化しています。ある国は脱原発を完遂し、ある国は再評価を進めて新設ラッシュへ。さらに小型モジュール炉(SMR)や第四世代炉など先進的な技術も注目されています。
本記事では、2020年から2025年にかけての各国の原子力発電動向をまとめました。脱炭素化やエネルギー自給の切り札として期待される一方、依然として事故リスクや廃棄物問題も抱える原子力。最新の政策や技術、そして今後の展望を知ることで、その複雑な状況を俯瞰してみましょう。
目次
1. 日本:再稼働から新増設への転換
規模・発電量
2011年の福島第一原発事故後、国内の原発は一時全停止しましたが、2023年までに約10〜12基が新規制基準をクリアして再稼働を果たしました。原子力の発電量は2022年時点で総発電量の約6%でしたが、2023年には81TWh(前年比+50%)に増加。政府は2030年に原子力比率を**20~22%**へ引き上げる目標を掲げています。
政策・戦略
かつては抑制的だった原子力政策が、近年は最大活用に大きく転換しました。2022年末には「既存炉の再稼働加速」「次世代炉の開発」の方針を打ち出し、2023年には運転期限の60年制限を実質的に延長する制度改正を実施。2030年代には次世代革新炉の新設にも本腰を入れ始めています。
技術的特徴
福島事故の教訓から、非常用電源の高台移設などハード面の安全強化を徹底。さらに世界で最も厳しいとされる新規制基準を適用しています。将来的には高温ガス炉やSMRなど次世代技術の研究開発を進行中。東芝や三菱重工など日本企業が海外企業と協力し、革新的炉の開発に挑んでいます。
環境・安全対策
原子力規制委員会(NRA)の厳格な審査のもと、老朽炉の廃炉やテロ対策施設の設置を進めています。六ヶ所再処理工場での使用済み燃料再処理や、高レベル放射性廃棄物の最終処分地選定も進行中です。
2. フランス:原子力ルネサンスと大規模投資
規模・発電量
フランスは世界有数の原子力大国で、約56基の商業炉(合計61GW)が稼働。国内発電の6割超を原子力が占めます。近年は腐食問題やメンテナンス遅延で一部発電量が低下しましたが、2023年には回復し320TWhほどに達しています。
政策・戦略
以前は「原子力比率50%削減」が打ち出されていましたが、近年のエネルギー需給逼迫や脱炭素目標を受けて方向転換。**2050年までに新規炉6基(追加8基も検討)**の建設を表明し、既存炉の寿命延長やSMR開発を推進する「原子力ルネサンス」に舵を切っています。
技術的特徴
国内の原子炉は主に加圧水型(PWR)。近年は先進炉EPRを開発し、フラマンビル3号機を建設中ですが工期・費用超過が課題。一方、改良型EPR2導入で2035~37年に最初の運転開始を目指す計画も進行中。MOX燃料を活用しラ・アーグ再処理工場でクローズド燃料サイクルを実践しています。
環境・安全対策
核燃料の再処理によるプルトニウム利用や、地層処分場CIGÉO計画が進行。長期運転(60年超)に向けたグランドカレナージュで老朽設備を全面改修し、安全強化を図っています。
3. アメリカ合衆国:先進炉支援と新設復活
規模・発電量
世界最大の原子力国で、約93~94基・95GWが稼働し、電力全体の18~20%を原子力が担っています。ジョージア州のボーグル発電所でAP1000型新設が進み、2023〜2024年に運転開始予定。これにより運転炉数は95基に増加見込みです。
政策・戦略
近年はクリーンエネルギーの一角として原子力を再評価。2022年成立のインフレ抑制法(IRA)により、先進炉や既存炉への経済支援策が拡充されました。DOE(エネルギー省)はSMRや高温炉などの実証プロジェクトを補助し、2050年までに原子力200GWが必要との報告を出しています。
技術的特徴
AP1000に続く**SMR(ニュースケール、Xe-100、Natrium)**など多種多様な先進炉開発が活発。NRCによるニュースケールSMR設計の世界初承認や、**事故耐性燃料(ATF)**の開発が進展しています。
環境・安全対策
スリーマイル島事故後から深層防護を徹底。福島事故後もベント改良や可搬式非常電源の配備を進めました。高レベル廃棄物処分場はユッカマウンテン計画が停滞し、中間貯蔵や敷地内ドライキャスク保管が続く課題も残ります。
4. 中国:世界最多ペースで急拡大
規模・発電量
現在55基(約53.2GW)が運転中で、23基(約23.7GW)が建設中。2022年の発電量は408TWhで国内の5%ですが、絶対量としては大きく、今後さらに増設が見込まれます。2035年に200GW規模へ成長するとの予測もあり、世界新設炉の約半数を占める勢いです。
政策・戦略
大気汚染対策とエネルギー安全保障を軸に原子力を積極推進。14次五カ年計画で2025年までに70GW、2035年には200GW超を目指すと示唆。「一帯一路」に沿った原発輸出にも乗り出し、華龍一号をブランド化しています。
技術的特徴
華龍一号(中国独自の第3世代PWR)やAP1000、CAP1400など様々な炉型を同時展開。第四世代の高温ガス炉や高速炉にも注力し、建設期間の短さで大量導入を実現しています。
環境・安全対策
沿岸立地に対する防潮・防水強化や受動安全設計が標準化。使用済み燃料再処理工場をフランスと共同開発し、将来のプルトニウムリサイクルを見据えています。
5. ロシア:輸出大国としての地位と技術力
規模・発電量
36基・26.8GWが稼働し、国内電力の約20%を供給。VVER型が主力で、近年は世代III+のVVER-1200の新設が進行中。高速中性子炉や浮体式原発など先端分野も手掛けています。
政策・戦略
原子力を輸出産業と位置づけ、ロスアトム(Rosatom)が海外で多数プロジェクトを受注。2050年に国内原子力比率45〜50%を掲げ、高速炉による閉じた燃料サイクル(“Breakthrough”計画)も推進。ウクライナ侵攻後も新興国との協力で輸出路線を維持しています。
技術的特徴
VVER-1200炉はコアキャッチャーなど先進安全装置を備え、建設期間が5~7年と比較的短いのが特徴。高速炉BNシリーズや浮体式原発「アカデミク・ロモノソフ号」など、独自技術に強みを持ちます。
環境・安全対策
チェルノブイリ事故を経て安全文化を強化。老朽RBMK炉の廃炉を進めつつ、再処理や高速炉での燃料サイクル完結を目指しています。ただしウクライナ情勢による原発の軍事リスクが国際的懸念となっています。
6. ドイツ:脱原子力を完遂した国
規模・発電量
ドイツは**脱原子力(Atomausstieg)**を掲げ、2011年の福島事故後に段階的に原発を停止。最後の3基が2023年4月15日に運転終了し、商業炉はゼロとなりました。かつて25%近くを占めた原子力のシェアは、2023年以降0%に。
政策・戦略
1970年代から続く反原発の社会的合意を受け、再生可能エネルギーへ大きくシフト。さらに2038年までに石炭火力も全廃する予定で、野心的なエネルギー転換を進めています。一時的な電力不足や電気料金高騰が課題ですが、脱原発路線を貫きました。
技術的特徴
かつてはガス冷却炉や高速炉を開発しましたが、商業炉の技術は今後国内では使われません。シーメンスなどは海外向け機器や核融合分野の技術提供などで存在感を維持しています。
環境・安全対策
運転停止まで大きな事故はなく、安全記録は比較的良好。現在は全炉廃炉に移行し、放射性廃棄物の最終処分場を2031年までに選定する計画を進めています。
7. 韓国:政権交代で再び推進へ
規模・発電量
25基・24.7GWが稼働し、原子力比率は28%ほど。APR-1400炉を中心に新設が進み、新古里5・6号機が2025~2026年稼働予定です。
政策・戦略
2017年の文在寅政権では脱原発方針が掲げられましたが、2022年に尹錫悦政権に代わると再推進へ転換。2030年代に原子力比率30%以上を目指し、新設6基と既存炉の運転延長を盛り込んだ計画を発表しました。海外受注でもUAEバラカ原発を成功させ、追加10基以上の受注を狙っています。
技術的特徴
米国技術を基に独自開発したOPR-1000、APR-1400が主力。**小型モジュール炉(SMART)**や事故耐性燃料(ATF)など先端研究も続け、今後は輸出拡大を図る方針です。
環境・安全対策
部品不正問題を受け、原子力安全委員会(NSSC)を設置し規制体制を強化。福島事故後の追加対策を実施し、老朽炉の運転延長も安全裕度を確認しながら進めています。高レベル放射性廃棄物処分場は2028年までに候補地決定を目標としています。
8. イギリス:大型炉とSMRで再生を目指す
規模・発電量
現在運転中の商業炉は9基(約5.9GW)で、国内電力の15%を賄っています。しかし石墨減速ガス冷却炉(AGR)が大半を占め、2030年までに全停止予定。**ヒンクリーポイントC(EPR型2基)**を建設中で、2027年に1号機運転開始を目指すなど大規模新設を推進しています。
政策・戦略
2050年ネットゼロを法目標とし、原子力を25%に拡大する計画。2023年設立のGreat British Nuclear (GBN)が新設を主導し、RAB(規制資産ベース)モデルで建設資金を集めています。SMR開発も重視し、ロールス・ロイス社に助成金を拠出するなど産業育成を図っています。
技術的特徴
AGR炉の老朽化に伴い、軽水炉(EPR)へ転換。日立や米国Westinghouseとの大型炉計画が資金難で中断した例もありますが、今後はSMRを含め多角的に検討。再処理事業はセラフィールド工場が閉鎖し、貯蔵中のプルトニウム在庫処理が課題です。
環境・安全対策
石墨減速材の亀裂問題でAGR炉の長期運転は難しく、順次廃炉へ。廃棄物処理はNDAが統括し、深地層処分場候補地の調査を進めています。気候変動対策の一環として原子力は「グリーン電源」扱いされ、国策での支援が強まっています。
9. その他注目国:フィンランド、UAE、インドなど
フィンランド
2022年、オルキルオト3号機(EPR)の商業運転開始で国内原子力比率は約40%。
世界初の高レベル廃棄物最終処分場「オンカロ」を建設中。2024~25年操業予定。
アラブ首長国連邦(UAE)
中東初の商業原発バラカ(APR-1400型×4基)が2020~2024年にかけて稼働し、電力の25%を原子力で供給。
追加4基程度の新設構想が取り沙汰され、石油依存を脱却したエネルギーミックスを目指す。
インド
22基・6.8GW(2023年)で原子力比率は3%弱。フランスや米国、ロシアの協力を得て大型炉を導入中。
自国開発の700MWe重水炉を量産し、2030年代にさらなる増設を目論む。
東アジア・東南アジア
台湾は脱原発方針を表明する一方、政権交代で再検討の可能性も。
ベトナムやフィリピン、マレーシアなどがSMR導入への関心を示し、2030年代に原発新規参入の可能性が取りざたされる。
10. まとめと比較表
世界を見渡すと、脱炭素化やエネルギー安全保障の要請から多くの国が原子力を再評価し、新設や寿命延長に踏み切っています。一方、ドイツのように完全脱原発へと向かった国もあり、その選択は大きく分かれます。近年は小型モジュール炉(SMR)や第四世代炉といった先端技術が注目され、安全性・経済性・廃棄物管理の課題にどう応えるかがカギとなるでしょう。
また、ロシア・ウクライナ情勢をめぐる地政学的リスクや、燃料供給の多極化も原子力分野を取り巻く重要な要素です。国際協調のもとで安全性と核拡散防止を両立し、さらに技術革新が進むかどうか。今後の世界のエネルギーミックスを左右するポイントとなりそうです。
各国主要動向比較表
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こちらが2020〜2025年頃の原子力発電をめぐる主要国のトレンドです。脱原発を貫く国、新設を急ぐ国、先進炉開発に活路を見いだす国など、その選択は多様です。技術の進歩や安全基準の厳格化、そして地政学的変動を踏まえながら、今後の世界の原子力地図がどのように描き変わっていくのか、引き続き注目が集まります。