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僕がみた9.11

歴史は音を立てずにやってくるというけれど、世界的にも僕の個人史的にも転換点となった9.11の映像は、確かにもの静かだった。
キャスターの声だけを背景に、飛行機がビルへ突っ込んでいく。当時6歳だった僕には、画面のなかの出来事と現実世界の区別がつかず、なんとなく映画のワンシーンを眺めている心持ちだった。

ビルの下敷きになったって言うけどさ、ビルが地面に埋まる瞬間に、地面に飛び移ればいいじゃん。

と言った時の親の引き攣った顔をいまでもよく覚えてる。「あ、変なこと言ってるんだな」と、幼心なりに感じました。

その頃でしょうか。なんとなく、たしかな実感はないけど、世界は不完全なんだと考えるようになったのは。

自分も家族も誰もかも、それぞれ"一機"ずつしか持ってなくて、死んだら終わり。リトライもリセットもない。神が設計したにしては、あまりにもお粗末な"縛りプレイ"だなって。

最後は自分で責任を取る。どうにかする。そんな、覚悟のような諦めのような感覚が、20年経っても心と頭にへばりついてるのは、なんだか不思議だね。

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