認め合う多様性の時代にNOと言いたくなることもある。
なんだかいま、なにをしても"自由と多様性"の名のもとに許される雰囲気が漂ってる気がします。
とても危険な状態だと思っていて、その最たる例がコロナ渦における著名人たちの事件なんじゃないかと思うんです。
とここまではいつも思っていることで。
先日ふと思ったんです。
"なんでも許される自由"はほんとうに自由なのか?
例えば「女性は◯◯であるべきだ!」という論が古いことは大概の人が頷くはず。でもそれは「"女性は◯◯であるべきだ!"とは考えるべきではない!」=「"同上"と考えないべきだ!」と主張しているとも言える。
ナニカであることはナニカでないこと。
というとても単純な論理なんだけど、結構忘れがちだよねって話です。
だからたまには世の中の正解に迎合せず、NOと言ってもいいんじゃないかな。それも彼らが謳う「自由」のひとつであるはずだから。
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