マリッジブルーならぬトラベルブルー
10月4日金曜日、世界一周出発の日である。
それまであと丁度1週間。
「あっという間」その言葉に尽きる。
そんな今の心情を言葉にしておきたい。
8月、9月
いろいろな場所に行った。
北は青森県最北端、大間から南は鹿児島県、屋久島まで、富士山登頂。
車で、電車で、飛行機で、歩きで。
いろいろな人に出会った。
6歳児、新卒一年目の大学同期、猟師、積極的無職、珈琲屋、翻訳家、本屋、花屋、ヒッピー経験者、ゴーカート屋、ダンサー。
いろいろな本を読んだ。
村上春樹、サリンジャー、太宰、三島、グレートギャッツビー、哲学書、ちくまプリマー、砂糖の歴史、世界屠畜紀行。
いろいろな体験をした。
ダイビング、サルサ、青春18きっぷ、登山、屠殺体験、家族旅行、幼児たちと原っぱで戯れる。
いろいろな旅の準備をした。
保険の申請、荷物の購入、フィルムカメラの購入、ワクチン接種。
振り返ってみても、ジャンルがバラバラでとっ散らかってるなという印象を受ける。しかしどれも面白かったし、かけがいのない思い出である。
その中で共通している部分は
「自分の好奇心がくすぐられたこと」
どうやら自分のそのセンサーに引っかかりさえすれば、自分はエンジン全開で動けるようだ。
先日ある友人から
「あなたの好奇心から伴う行動力は凄いよね」
と言われた。
本を読み興味を持ったからといって、わざわざ食肉加工をしたいと思い、その場に出向く人間はなかなかいないらしい。
何が普通かは置いておいて、やりたいと思った時にすぐ動ける時間があったのは本当にありがたかったと今となっては思う。
しかし、いざ前々から決めていた大冒険が近づいてくると意外と違う感情が出てきた。
トラベルブルー
結婚する前はワクワクしていたのに
いざ直前になると嫌になるという現象を
マリッジブルーと呼ぶ。
最近はやりの蛙化減少も似た具合の言葉だろう。
それが最近になって自分にも出てきた。
というのも旅が嫌になったというわけではなく、
もっとやりたいことが出てきたのだ。
海外に行くため、色々下調べをしたり、日本についてもっと知ろうと動いてきた。
新たな人に出会い、本を読んだ。
その中で、もっと本を読みたい、日本を体感したいと思うようになってしまったのだ。特に名作と呼ばれる本や映画を見たい。
ノルウェイの森にて
「現代文学を信用しないというわけじゃないよ。ただ俺は時の洗礼を受けてないものを読んで貴重な時間を無駄に費したくないんだ。人生は短かい。」
というシーンがある。
それしか読まない必要はないとは思うが、
言っていることも理解できる。
なぜなら時代背景に左右されず万人に評価されているということだし、
数千年前から人間の悩みなんて同じようなものだと教えてくれるからだ。
日本についても
侘び寂び、武士道、茶道、禅などもっと知りたいし
林業や狩猟、農業といった第一次産業にもっと触れてみたい。
そういう感情になったのは久々だ。
しかしだからと言って、そっちに飛びつくわけでもなく、自分は旅に出る。
これだけはやるという自分との約束
時に直感や感情に従い、やっていることや計画をスパッとやめ、新しいことに飛びつくことは必要だと思う。
しかし自分が自分に嘘をつく、もしくは約束を破ってしまったら、負の連鎖が続いていく気がする。
これが旅に行く理由だ。
それにブルーは一時で、いずれ終わり晴れる。
だから今年はこれだけはやる、やり切ると決めた自分との約束を遂行する。
未来の自分が絶対刺激的な忘れられない体験をしてくれるであろうと信じているから。
”Control your own destiny or someone else will.”
という言葉が好きだ。
簡単にいえば、
自分自身で物事を決めないと、他人に支配されてしまうということだ。
これからの人生、自分で決めないと自然と時が過ぎていく、そんな機会が増えていくと思う。
今までは学生という、社会が決めたスケジュールに従っていけばよかった。勉強して、テストが来て、長期休みがあって、卒業して、進学するという流れがあった。
その後は完全なる自由である。
お金がないと生きてはいけないが、幸い福祉制度が整っている日本に生まれたからには、働かなくても生きてはいける。
会社に入って働くにしろ、よっぽど何かしでかさない限り、あと40年は働けるだろう。
でも果たしてそれが自分の好奇心のアンテナにビビッとくるのか。
おそらくそうではないだろう。
人それぞれ考え方はあるが、あまり自分にはしっくり来ていない。
同じことを続けるにしろ、自分で目標を持って期限を決めてやり切るというプロセスが自分は好きだ。
これだけはやり切るという軸を持ち、自分で期限を決めるからこそ動ける。
その結果、成果もでる。そんな気がする。
ある人が、
「人生の豊かさは決断の数」
といっていた。
失敗しようが、成功しようが自分で決めた結果であれば
受け入れられるし、誰のせいにもできないから。
それを続けていけば自然と経験が積み重なって、成長していけるのではないかと思う。
だから僕は半年間の旅に出る。
旅中でしたいこと
今回の旅を通して、何か形として残したいと思っていた。
そしてとりあえずテーマを決めてみた。
それは、
「あなたにとって働くとは?」
という質問を世界各地で聞いて回ること。
それをやりたい理由は
単純に自分が今一番興味のあるテーマだから。
最近通っている本屋で、この質問を投げかけられた。
その時の自分は
「誰かに感謝されて、その対価として何かをもらうこと」
と答えた。今となってはそれっぽいことを言いたかったんだろうなと思う。
別に正解などないし、自分はわからない。
なんなら考えるという行為自体が無駄なのかもしれない。
意味付けする必要などないのだろう。
でも気になる。
人によって違う、国によって違う、言語によって違う、貧困度合いによって違う。
質問されたら構えて一丁前なことをいうかもしれない。
それをまとめてみたい。
それが今の率直な気持ち。
「最近何してるの?」と聞かれることが増えた。
そんな時、自分は「フラフラしている」と答えるようにしている。
フラフラって絶妙な表現だと思っていて、適当に生きていそうなどと思われがちだが、流れに身を任せた結果、得られることもあることを自分は知っている。
そして一応自分の中で軸はあって、あくまでも期限付きである。
それをわかってくれる人がいたらいいななんて淡い期待を抱いている。
でも僕はこの表現が好きだし、この期間が必要だと思っている。
だからこそこのフラフラする期間の集大成として、
このプロジェクトを通し、
自分のこれからの仮説を立てるというか
「働くってなんだろう?」
ってことを自分の中で噛み砕きながら、
来年4月からの新たな門出に向かって歩みを進めていきたい。
最後に
もう長くなってきたので終わるが、
旅のお供の本は何を持っていこうか、パソコンを持っていくかどうするかなど、悩みは尽きない。
この悩む期間も楽しみながら、出発日を迎えたい。
最近、旅のことを話すと相手から
「お前、あっちに行ったきり帰ってこないんじゃない?」
なんてことを冗談まじりよく言われる。
だけど今の自分はそう思っていない。
なぜなら帰ってきた後も楽しみだし、終わりがあるからこそ楽しめると思っているから。
まあそうなったらそうなったで楽しそうではあるが。
そして中南米に関しては、
どんな目に遭おうと楽しかったといって帰ってくる気がしている。
何かしらトラブルにはトラブルには絶対に遭遇すると思う。
バスジャックに合うかもしれない、銃を突きつけられるかもしれない、荷物全部盗まれるかもしれない。
可能性は全然0ではない。
それでも行ってみたいという自分の好奇心が勝っている。
安全面に関しては最大限配慮するけれど、どれも将来のネタ、糧になると思ってその瞬間瞬間を噛み締めたい。
社会人になることが決まっているからこそ、楽しめる。
なっても仕事と好奇心からやりたいことを両立させる。
そして一つに絞りたくなったら絞る。
一生絞らないかもしれないけど、それはそれでいい。
そして僕から皆さんにお願いです。
また帰ってきたら、いつもの感じで迎えてください。
なんか変なことやってんなあ、
話聞いてみたいな、
仕方がねえから聞いてやるよ、
ちゃんと生きてる?
なんでもいいです。
ご連絡をお待ちしております。
面白いお土産話を沢山持って帰ってきます。
長々お付き合いくださり、ありがとうございました。
では日本の裏側までいってきまーす!