光速の走り屋オオサキショウコ肥後の走り屋 ACT.4「麻生北高校」
あらすじ
大竹との戦いを終えた帰り道、かなの腹の虫が鳴った。
虎美は、友人である森本ひさ子の家が営む「蛍食堂」を紹介する。
そこで食事をするうちに、虎美たちはかなの弟子となり、8ヶ月の時が流れる──。
本編
4月20日、月曜日の朝8時。
阿蘇市にある麻生北高校の駐車場に、一台の黒いGTOが滑るように止まった。
運転席から降り立ったのは、青いロングヘアが風に揺れる少女、うちこと加藤虎美だ。
赤いラインが入った白いセーラー服と黒タイツが、朝日に照らされて鮮やかに映える。
「着いたばい」
うちは鞄を手に校舎へ向かおうとした、その時――。
突然、ワインレッドのクーペが目の前を横切った。
タイヤのスリップ音が響き、うちは咄嗟に一歩後退。体操で鍛えた反射神経で難なく車を避ける。
車から降りてきたのは、桃髪のツインテールを揺らす少女、飯田ちゃん。赤帯セーラー服に黒いタイツという制服姿が目を引く。
彼女の車は、珍しいスバルのアルシオーネSVX。鮮やかなカスタマイズが施され、そのリアウイングは迫力満点だ。
「危ないわよ、虎美!」
飯田ちゃんは顔を赤らめながら車から降り、虎美を睨みつける。
「ごめん、飯田ちゃん。ちょっと急いでたけん」
「急ぐのは分かるけど、もっと気をつけなさい!」
飯田ちゃんの怒りが伝わる。だが、うちは素早くその言葉をかわせる。
「うん、気をつけるばい。」
校舎へ歩き出そうとした虎美の前に、またしても車が飛び込んできた。今度は緑色のハッチバック。
反射的に横に跳び、ギリギリで衝突を免れる。タイヤの焦げた匂いが鼻をついた。
「もう、注意してよって言ったばかりなのに!」
後ろから飯田ちゃんの声が飛ぶ。虎美は振り返りながら肩をすくめた。
緑のハッチバックから降りてきたのは、茶髪ポニーテールの森本ひさ子。
赤帯セーラー服に白いニーソックスを履いた彼女は、うちを見て怯えたような表情を浮かべていた。
「ひさちゃん、おはよう」
「やばか……今日も運が悪か……」
彼女が言う通り、今日はまさに運の悪さが続いていた。
車を脱輪させ、さらに看板が窓から降ってきて視界を遮ったという。
ひさちゃんが乗ってきたのは、マツダのファミリアGT-R。
ラリー用のボディキットを装着し、前後に黄色い帯が巻かれたホットハッチ。
その車もまた、彼女の不運に巻き込まれたかのように見えた。
学校のチャイムが鳴る。
「急いで、教室へ行かんと」
「遅刻するわ」
「虎ちゃん、飯田さん、待って! はぁ、はぁ、はぁ……」
3人は走り出す。だが、ひさちゃんはすぐに遅れを取った。
体育が苦手な彼女は、すぐに息が上がってしまう。
2年A組の教室に到着すると、先生が来るまでの間、生徒たちは実習を始めていた。
教室はざわめき、笑い声が飛び交っている。時計の針が8時30分を指し、教室のドアが開いた。
担任の小日向佐助先生が入ってくると、みんな一斉に立ち上がり、元気よく挨拶をする
「おはようございます!」
先生の声に合わせて、クラス全員が一斉に返事をする。
今日は月曜日、全校集会がある日だ。
クラスメートたちは列を作り、体育館へ向かう。
その間、友達と何気ない会話を交わしながら、学校の一日が始まる。
集会を終え、戻った教室で1時限目が始まるのは9時からだ。
最初の授業は歴史。担当は小日向先生だ。
うちは運動は得意だが、勉強に関しては普通。特に得意なのは歴史で、戦国時代の激しい戦闘や巧妙な策略に心を奪われる。
その中でも、地元の英雄・加藤清正公には特別な思い入れがある。彼の勇敢さと策略家としての顔が、何度読んでも飽きることがない。
清正公が関ヶ原の戦いで見せた判断力や、朝鮮出兵での活躍には、何度も胸が熱くなる。
昼12時、お昼休憩に入る。
うちと飯田ちゃん、ひさちゃんは屋上で昼ご飯を食べていた。
お弁当の中身を見せ合いながら、楽しい時間を過ごしていると、 うちはふと飯田ちゃんに向かって弁当を差し出した。
「飯田ちゃん、椎茸ばい」
そう言って、うちは弁当の中から椎茸を差し出した。
「嫌よ、椎茸は無理!」
飯田ちゃんは顔をしかめ、大げさに体をのけぞらせる。
「克服して欲しか。ミス麻生北がそぎゃんこつでよかと?」
うちはニヤリと笑って、飯田ちゃんをからかう。彼女は昨年の文化祭で「ミス麻生北」に選ばれたほどの美貌の持ち主だったが、苦手なものに対する反応は、まるで子どもみたいだった。
「何がミス麻生北よ!嫌なものは嫌なの!」
飯田ちゃんが手をバタバタさせる姿を見て、ひさちゃんが静かに口を開いた。
「なら、わしが食う。」
「いや、やっぱうちが食うばい。」
そう言いながら、うちは椎茸をパクリと一口で食べてしまう。
「結局、何だったのよ。」
飯田ちゃんは呆れたようにため息をつくが、弁当箱はすぐに空っぽになった。
椎茸の一件は、うちが飯田ちゃんをちょっとからかいたかっただけのこと。結局、みんな笑顔で昼休みを過ごした。
午後1時10分から5時間目が始まる。
そんな校舎の開いた窓に、空から1枚のチラシが降ってきた。
紙には、クルマのレースと思われる内容が描かれており、その文字が目に飛び込んできた。
5時限目、6時限目の授業が終わり、3時にはホームルームの時間を迎えた。その後、放課後の3時40分頃、生徒たちはそれぞれの部活へと向かっていった。
うちら3人も空いている教室で部活をすることに決めた。
「さぁ、部活ば始めるばい。」
でも、この部活、まだ正式に生徒会に申請していない非公式なものだ。名前は「自動車部」っていうのだが、1年前は体操部に所属していた。けど、練習中に怪我をして、わずか1ヶ月半で辞めた。
ひさちゃんが股を押さえながら、つぶやく。
「わしゃ……トイレに行くばい。」
「よかよ。」
ひさちゃんは部室を出てトイレへ向かうが、廊下で何かを踏んでしまい、転倒してしまった。
「痛か……」
踏んだのは、先ほど空から降ってきたチラシだった。ひさちゃんはそれを拾い上げ、驚きの表情を浮かべながら戻ってきた。
「ただいま、ひさちゃん。」
「虎ちゃん、飯田さん……行く途中でこれば拾ったばい。」
うちと飯田ちゃんはそのチラシを受け取り、目を通す。
肥後スプリントレース
2015年7月26日、竜門ダムで開催される公道レース。
全国から強豪が集まる予定とのこと。
そのチラシに載った人物の写真を見て、うちの心は高鳴った。
赤髪ツインテール、ジャケットを羽織った白い全身タイツ姿の女性。その姿に見覚えがあった。
「チラシの人物……それはヨタツさんとその愛車、510ブルばい!」
「この人、知ってるの?」
飯田ちゃんが驚きながら聞いてくる。
「うちの憧れの人ばい! 彼女の活躍を動画で見とった!」
うちは興奮のあまり、勢いよく言い放つ。
「こんレースに参加すっばい!」
だが、すぐに反対の声が上がる。
「ダメよ、まだ未熟な私たちじゃ太刀打ちできないわ! このレース、全国から強豪が参加するのよ!」
「わしら、優勝できるか分からん……」
それでも、うちは腹を決めていた。
「開催までは時間があるけん、それまでに強敵と太刀打ちできるテクニックば作らんと。」
うちはさらに続ける。
「あんレースへの参加は部活動の1つになる。それが思い出にもなるけん。」
「参加する際、腕が上がっていなかったら承知しないわよ。」
こうして、うちら自動車部はスプリントレースへの参加を決めた。
午後6時55分、下校の時間が近づいてきた。教室で片付けをしていたうちが、ふと思いついたように提案する。
「なあ、今夜、部長決めるレースせん? 部活に部長がおらんし、一番速い人が部長ってことでどう?」
突然の提案に、飯田ちゃんが目を輝かせる。
「いいわね。負けられないわ!」
ひさちゃんは、少し不安げな表情で口を開いた。
「わし、勝てる気がせんたい。なんせ下手くそやし……」
うちはそんな彼女を励ますように笑う。
「下手くそなのはうちらも一緒ばい。でも、ここで挑戦せんと上手くならんよ。」
レースの詳細を話し始めるうち。
「時間は夜の8時。集合場所は蛍食堂。コースは箱石峠ばい。」
「箱石峠って……結構テクニカルなコースよね。」飯田ちゃんが少し慎重な口調で言う。
「そやけど、練習にはもってこいの場所ばい。」
3人はそれぞれの車を思い浮かべながら、静かに決意を固めていく。
こうして、部長を決めるためのバトルが始まることになった。
午後8時、蛍食堂に集合した。
うちは灰色のジャケットに緑のTシャツ、ホットパンツに黄色のタイツという、いつもの気取らないスタイルで現れた。
「飯田ちゃんが来たばい」
ワインカラーのSVXが到着し、飯田ちゃんが降りてきた。彼女は灰色のパーカーワンピースにピンクのタイツというシンプルでカジュアルな服装だ。
「来たわよ、虎美」
ひさちゃんも蛍食堂から出てきた。彼女は緑のパーカージャケットに灰色のTシャツ、ホットパンツに白いニーソックスという服装だ。
「用意できたばい、虎ちゃん」
「じゃあ、晩御飯を食べるばい」
うちらは蛍食堂に入って、30分後、食事を終えた。店を出ようとすると、一つの光が近づいてきた。
「かなさん!?」
その光の正体は、水色のAE101型カローラレビンだった。ドライバーはかなさんだ。
「よぉ、ノロマたち!」
「かなさんも来たとですね。実は今から部の部長を決めるために箱石峠に向かうとです」
「自分も連れて行ってくれないか?」
「かなさんもですか!?」
「そうだ。スタートのカウントを数えたり、協力するから」
「分かりもした」
なんと、かなさんもレースに参加することが決まった。
「さぁ、行くばい」
4人はそれぞれの愛車に乗り込み、目的地へと出発した。
265号箱石峠の中間地点、217号線と結ぶT字路に到着した。
クルマから降りると、まずルールの説明を始めた。
リーグ方式で、一番点数が多い部員が部長となる。勝利で2ポイント、引き分けで1ポイント、負けで0ポイントだ。コースは、こちらから往路を全て使って走行する。
「バトルのカウントは自分が行うぜ」
ルール説明を終えると、バトルの準備を始めた。
まずはうちvsひさちゃんだ。
それぞれのドライバーが乗った黒いGTOと緑のファミリアがスタートラインに並ぶ。
「さぁ、バトル前はドキドキすっばい。勝って、うちが部活を引っ張ってやらぁ!」
うちはヤル気満々だ。
「わしゃ、虎ちゃんに勝てるとやろうか?」
うちとは対照的に、ひさちゃんの顔は不安そうだった。
2台のエンジンが唸りを上げ、タイヤが地面を軽く擦る音が響く。
峠道を吹き抜ける風が、少し肌寒いが、その空気がレースの緊張感を一層高めていた。
「カウント始めるぞー!」
かなさんのカウントが始まる。
両手を挙げて、指を1つずつ下げていく。
まるで時間が止まったかのような、息を呑む瞬間だった。
心臓の鼓動が速くなる。
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