光速の走り屋オオサキショウコ肥後の走り屋たち ACT.3「蛍食堂」

 

あらすじ


 大竹のフォレスターが先行する中、虎美のGTOが遅れてスタートを切る。
 虎美は指示に従い、緊張を抑えながらアクセルを踏み込む。覚醒技の力が車内に満ち、彼女の集中力が研ぎ澄まされていく。
 前のクルマに近づくと、<虎狩り>を使って追い抜き、初勝利を手にした。

本編

 大竹が去った後、かなさんにバトルを勝てたお礼を言う。

「かなさんのおかげです。指示がなかったら、きっと勝てなかったと思います」

「ノロマなトラミン、少しはマシになったじゃないか。でも、まだまだだな」

「勝ったのに、厳しいですね……ばってん、それがかなさんらしいです」

 他にも、なぜ自分が覚醒技超人になったのかを教えてもらった。  それになった原因は、昔阿蘇に落ちた隕石の欠片に触れたことだ。  日本にはかつて彗星が降ることがあったらしく、その欠片に触れると覚醒技超人になると言われている。子供の頃、遠足で何かを触ったことで不思議な力を得た。それ以降、集中力が上がったり、負けん気が強くなったりした。 助手席に座る飯田ちゃんの身体にもオーラがある。色は赤だ。もし彼女が走り屋になったら、強力な存在になるだろう。

「隕石の欠片って、飯田ちゃんも覚醒技超人にしたのか……かなさんもその欠片から力をもらったんですか?」

「それは……」

 そんな会話が続く中、かなさんのお腹が大きく鳴った。

「お腹空いたなあ」

 かなさんが照れ隠しに笑う。腕時計を見ると、もう7時半を過ぎていた。

「蛍食堂っていうところがあるんです」

 運転席に座り、エンジンをかけながら思う。もっと練習しなければ。いずれ、彼女のように誰にも頼らずに勝てるようになりたい。  場所は豊後街道にある。ここ、箱石峠の中腹からも遠くない。  空腹が邪魔にならないことを願う。腹が減っては戦はできないからだ。
 うちと飯田ちゃんはGTO、かなさんはAE101の運転席に乗り込み、どちらもクラッチを踏みながらエンジンをかけて出発する。  かなさんは道を知らないので、うちらGTOが先にリードすることにした。

 走り始めて15分が経過すると、2台は県道57号線豊後街道にある蛍食堂に到着した。ここはよく来る店で、うちと飯田ちゃんは常連客だ。友達と集まる場所としても利用している。店内にはクレイジーケンバンドの「SOUL FOOD」が流れていた。

「着きましたよ」

「どんな店だ? 不味かったら承知しないぜ」

 店に入ると、年配の女性と二人の子どもが迎えてくれた。特に目を引いたのは、小柄で茶髪のポニーテールが印象的な少女だ。彼女の緑色の瞳はどこか不安げで、その控えめな仕草に、幼い頃の記憶が蘇る。緑のオーラを持っていた。覚醒技超人かもしれない。  年配の女性は和服を着た60代の落ち着いた雰囲気の人物で、二人の祖母のようだった。
 もう一人の子どもである少年は茶髪で肩まで伸びた髪をしており、Tシャツに長ズボンというラフな格好をしている。彼からは何も出てこない、ごく普通の人間という印象だった。

「ひさちゃん、こんばんは」

「おお、虎ちゃん」

 ひさちゃんは緊張した様子でうちらを迎えた。少し不安げな表情を浮かべているが、それもひさちゃんらしい。彼女は昔から、どこか頼りないところがあって、そういうところが愛おしい。フルネームは森本ひさ子という。飯田ちゃんより付き合いは長く、それは幼い頃からだ。気弱な性格のため、いじめられっ子だったが、彼女をいじめる奴はうちが容赦なく撃退してきた。うちは彼女の保護者だった。 自動車免許を持っているのだが、筆記試験と実技試験に落ち続け、昨日ようやく手に入れた。

「森本さん、こんばんは」

「飯田さん、虎ちゃん、見たことない人がいるけど……」

 ひさちゃんが、不安げにかなさんを見つめている。かなさんの雰囲気が、少し怖かったのかもしれない。

「この人は庄林かなさんって人だよ」

「初めまして、森本ひさ子と申します。よろしくお願い……うわああああああ!」

 近づこうとすると、転倒してしまう。ひさちゃんの頭がかなさんの胸にぶつかる。その衝撃でかなさんは腰を下ろした。

「うわッ!」

 衝撃で、かなさんは腰を床に降ろしてしまう。クリーンヒットだ。とんでもない威力だ。痛そうだ。

「すんません、わしゃ運が悪いもんで」

「ったく、気を付けてよ……」

 初対面の人に対してまた毒を吐くとは……やれやれ。ひさちゃんの運の悪さはギネス級と言われているほどだ。部活のボールが直撃したり、パーカーを着ていただけで警察から職務質問されたりと、どれほどの頻度で起こったか分からない。
 ひさちゃんはかなさんに対して、何度も土下座をする。物凄い誠意を見せている。ヘタレなのに、それぐらいあるんだ。

「分かったから、もういいから」

 1つの事故で場の空気が悪くなりそうな時、ひさちゃんの年配の女性が口を開く。優しい感じの喋り方だ。

「いらっしゃいませ。あら、虎美ちゃん、見知らぬお客さんを連れてきたのね」

 その人はひさちゃんの祖母、トメさんで、蛍食堂の店長を務めている。ちなみにひさちゃんの両親は年に数回しか会えないほど忙しく、彼女に代わって育ててきた。雰囲気通り、優しく朗らかな老婆だ。
 うちは彼女にかなさんを紹介する。

「庄林かなさんと言います」

「初めまして、かな。当店のお勧めは?」

 かなさんはトメさんにメニューを尋ねる。表に色んな熊本名物が並んでいた。

「赤牛牛丼がお勧めたい」

 トメさんに言われると、かなさんは迷わず選択する。

「じゃあ、それを注文するよ」

「かしこまりました」

 トメさんが調理に入る。  7分後、注文した料理がひさちゃんの兄、力也さんによって運ばれる。この人はひさちゃんの兄で、年齢は18歳。妹を大切にする優しいお兄さんだ。どれほど優しいかというと、あまり干渉せず、妹に文句一つも言わないからだ。

「お待たせしましたばい。赤牛牛丼です」

「いい香りがするぜ、美味しそうだ! いただきます」

 ご飯を牛肉で挟み、口に入れる。

「美味しい! 口の中が赤く染まる! さすが熊本の郷土料理だ」

 かなさんは蛍食堂のメニューに太鼓判だ。紹介して良かった。うちも満足だ。喜んでくれて、こちらも嬉しさが込み上げる。

 トメさんは何か訪ねてくる。

「あなたはどこから来たの?」

 うちはかなさんのことを知らない。どこの人なのか分からない。県内の人か、それとも県外の人か?

 彼女は出身地を即答した。もちろん職業も。

「鹿児島から来たよ。そこでカメラマン志望の大学生をやっている」

「そうか、お隣から来たんだね」

 かなさんは熊本県民ではなかった。しかし、どうして熊本に来たんだろう。遥々隣からお疲れ様。
 さらに色々と話してくれた。大学は夏休み中で、運転の腕はAE92型カローラレビン乗りの師匠から身につけた。
 学生なのにその腕を持っているとは、すごいと思った。

「うちもいただきます。赤牛牛丼をお願いします」

 うちらもかなさんと同じメニューを注文する。香りを嗅ぐと、こっちも頼みたくなったからだ。
 14分後、その料理が運ばれてきた。美味しい食事をしながら談笑が始まる。まずはうちとかなさんの関係について話すことに。

「虎ちゃん、かなさんとはどうやって知り合ったの?」

「それはね……」

 うちは少し照れながらも、二人の出会いの話を語り始めた。出会いから今に至るまで、言葉に詰まることなくそのまま話していく。ひさちゃんはその話に興味津々で耳を傾けていた。

「へぇ、すごい走り屋だね」

「そりゃ速いよ、運転のアドバイスも上手かったし」

「それで煽ってきた輩を倒したんだよ」

 大竹との戦いも話した。今考えても厄介な奴だ。二度と会いたくない。
 けど、かなさんがいなければ負けていたかもしれない。コ・ドライバーとしてもとても優秀だった。今でも感謝している。

 突如、かなさんがひさちゃんのある部分を見る。

「ヒサコン、あんた覚醒技超人か?」

 かなさんの質問が突き刺さる。その目に、ひさちゃんが少し驚いた様子で答える。

「いや、覚醒技? わからんけど、遠足で触った隕石の欠片で変わったばい」

 その一言で、かなさんはじっとひさちゃんを見つめ、何かを感じ取ったようだ。  かなさんはひさちゃんに対して質問責めをしていく。

「ところで、免許は持っているのか?」

「昨日取ったよ」

 ひさちゃんはそれをかなさんに見せる。写真やプロフィールまでしっかり書かれている免許証だった。

「クルマは持っているのか?」

「まだだけど、ホットハッチの4WD車を買うつもりだよ」

「峠に向いているからな。中々の走り屋になるぜ」

 ひさちゃん、どんな車を買うつもりなんだろう? 楽しみだ。

 かなさんはうちらに何か尋ねてくる。

「ノロマのトラミン、べっぴんさんのサトリン、運の悪いヒサコン、自分の弟子にならないか?」

 かなさんの元を走れば、速くなれるかもしれない。うちは1秒でも速くなりたかった。

「断る理由はありません」

「私も」

「わしも」

 躊躇なく、選択肢はすぐに決まった。かなさんについていきたいから。

「けど、自分はそんなに甘くないぜ。本当にいいのか?」

 かなさんは毒舌な方だ。どんな辛いことを言われるかもしれない。うちはまだノロマの亀だ。グレイハウンドにはなれない。

「覚悟はできてます」

 これから帰れない過酷な道が待っている。でも、それがうちが選んだ道だ。逃げ道はない。

「決まりだな。次に会うときは、もっと鍛えてやるから覚悟しておけよ」

 かなさんの力強い声に、うちらはそれぞれ頷く。これが新たな挑戦の幕開けだ。期待と緊張が胸に渦巻く中、うちらはそれぞれの決意を胸に刻み込んだ。
 うちら3人はかなさんの弟子となった。
 ここからうちらは見違えるほど変わるだろう。例え散々言われても泣かない。それが原因で悩む日々が来るのだろうか。そんな気持ちで修業に挑むのだった。

 その出来事から8ヶ月が過ぎ、年が明けて4月19日午後11時。
 うちらはかなさんから修行を受け、時には彼女の厳しい言葉に凹むこともあったが、早くなるためにそれらを耐え抜いてきた。
 その成果が、以下の通りだ。
 闇に包まれた箱石峠の山道を、2台の光が走る。エアロパーツを装着した緑のV35型スカイラインセダンが前を走り、後ろを黒いGTOが追いかける。後者を運転しているのはうちだ。相手を追いながら、暗く深緑に包まれた景観を突っ走っていく。

 加藤虎美 (Z16A)

 VS

 名称不明 (V35)

 コース: 箱石峠

 V35型スカイラインは外側のラインから攻め、うちのGTOにプレッシャーをかけてくる。

「このまま逃げ切れると思うなよ!」

 うちはハンドルを握る手に力を込める。
 次のコーナー、瞬間を見計らい、技を発動する。

「肥後虎ノ矛流 <虎狩り>!」

 黒いオーラがうちの周囲に渦巻き、まるでその場に雷鳴が鳴り響いたかのような圧倒的な力を感じさせる。うちは集中を高める。刹那の隙間に全身の力を込め、瞬時に前方へと突き進む。前のクルマを「獲物」としてロックオンする。その光景を見た相手は、まるで黒い虎を見たかのように怯え、プレッシャーを感じ、挙動を崩す。
 その隙を突いて、うちは追い抜き、そのままゴールに突入した。

勝利: 加藤虎美

 バトルが終わると、2台のドライバーがそれぞれクルマを降りてきた。
 うちは両手を上げてリラックスしながら、つぶやく。一息ついた気分だ。

「ふぅ……なんとか勝てた」

 対戦相手のV35乗りの男性がやってきて、健闘を称えてくれる。彼と握手を交わす。
 走り屋の勝負では、相手への思いやりも大事だ。これが経緯というものだ。

「まさか、あんな走りをしてくるとはな。あんた、ただ者じゃないな。」

「まぁ、ちょっとした切り札を使っただけとです」

 V35乗りにはオーラを感じない。覚醒技超人ではない。彼はその能力を知らない。
 もう一度言っておこう、隕石の欠片などを触れると覚醒技超人になれるのだ。彼も覚醒技超人になれば、うちに勝てたかもしれない。

 後ろから、うちの友達、飯田ちゃんとひさちゃんがやって来る。
 彼女たちも走り屋となっていた。仮免許だった飯田ちゃんは本免許を取得し、クルマを購入した。ひさちゃんも同様にクルマを手に入れた。これは立派なことだ。彼女たちは一歩を踏み出していた。

「また勝ったのね、虎美!」

「おめでとう、虎ちゃん!」

 2人はうちの勝利を祝福してくれる。
 かなさんの弟子になったうちらは、箱石峠で順調に勝利を重ねていた。
「凄腕の3人組」と言われる日も近いだろう。もっと頑張りたい。

「けど、あなたには負けないわ。私も全力よ!」

 飯田ちゃんは眼差しを鋭くし、うちをライバル視している。
 こっちだって、負けるわけにはいかない。どんなことがあっても、絶対に勝ってみせる。

「まだまだこれからだ。もっと速くなりたい」

 けれど、今はかなさんには及ばない。うちはまだ未熟だ。
 昨年走り始めたばかりで、若葉マークが取れるまであと3ヶ月もかかる。
 そして、後から彼女が出現する。AE101も一緒に。

「その意気だ、トラミン」

 彼女は今、うちの師匠でもある。
 彼女から言われたことを大事にしなければならない。それが教えだ。
 どんな言葉も忘れずに覚えておかねばならない。
 五島ヨタツさんへの道はまだ遠い。
 でも、うちら3人はかなさんの教えと共に必ず越えてみせる。
 こうして、うちらの物語は新たな舞台へと進み出した――。

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