光速の走り屋オオサキショウコ ACT.プロローグ「覚醒技」
2000年、日本の交通網は急速に発展し、全国の峠道はその役割を終え、次々と廃道となっていった。しかし、それは新たな文化の芽生えでもあった。廃道となった峠は、やがて非公式のサーキットと化し、走り屋たちが集う場として再び息を吹き返した。彼らは車を通じて、仲間との絆を深め、新たな挑戦に情熱を燃やしていった。
それから3年後、収入減少や都市部での公共交通機関の発展、環境問題への意識の高まりなど、さまざまな要因が重なり、若者のクルマ離れが深刻化していった。自動車産業の衰退を危惧した政府は、思い切った政策を打ち出した。自動車免許の取得年齢を16歳に引き下げるとともに、教育カリキュラムに「安全運転教育」を追加し、若年ドライバーの事故率低下を目指した。また、初回車検を無料化し、車検にかかる税金を大幅に減額。さらに改造規制を緩和し、自由なカーライフを推奨することで、自動車文化の再興を図った。
これらの改革は見事に成功した。手頃な価格で車を所有できるようになり、若者たちは再び車に夢中になった。峠やサーキットでは、仲間とともにドライブやカーレースを楽しむ姿が見られるようになり、車を通じて地方と都市がつながることで、新たな産業や文化が生まれていった。若者たちは車を通じて友情や恋愛を育み、自分自身を成長させる機会を得た。この時代は「自動車天国時代」と呼ばれるようになり、日本全体が活気を取り戻していった。
しかし、課題もあった。若者の事故率が一時的に上昇し、それに伴い保険業界は対応を迫られた。また、環境問題への懸念から一部で反発の声が上がったが、次世代の環境対応型エンジンや新技術の導入によって、こうした問題も徐々に克服されていった。
こうして、再び息を吹き返した日本の自動車文化は、単なる趣味や嗜好を超え、人々の生活や価値観そのものを豊かにする存在へと変わっていった。
そして2015年、廃道となってから15年を迎えた群馬県の赤城山。その峠道で最速を誇るのは、雨原芽来夜という一人の女性走り屋だ。彼女は滅多に本気を見せることはないが、その圧倒的な速さに太刀打ちできる者はいなかった。だが、ついに彼女と渡り合える存在が現れる──誰も想像しなかった運命の時が訪れるのだった。
3月15日、午前11時。
快晴の空の下、静寂に包まれた赤城道路。その道を駆け抜けるのは、青い流線形のボディを持つ日産Z34型フェアレディZ。現在、タイムアタック中で、自己記録の更新が目前に迫っている。
「今日は絶対に記録を塗り替える…!」
ドライバーの緊張した表情とは対照的に、車は安定した走りを見せていた。事故もスピンもなく、完璧なライン取りだ。だが、その瞬間、背後から耳をつんざくようなエンジン音が迫ってきた。
「この音…直6のRB26か?」
その音が示すのは、日産が誇る名機RB26DETTエンジン。スカイラインGT-Rに搭載され、改造次第では1000馬力に達するモンスターユニットだ。峠に響くその咆哮は、まさに覇者の証。しかし、バックミラーに映ったのは違う車だった。赤いボディ、派手な空力パーツ、大型のGTウィング。流線形のデザインが特徴的なその車は、GT-Rではなく「180SX」だった。そして、運転席にいるのは──
「なんだ…? 小学生…だと?」
バックミラー越しに捉えたのは、年端もいかない少女の姿。免許取得年齢には到底届かないはずの彼女が、なぜここにいるのか。疑問が頭を駆け巡る間にも、180SXはどんどん迫ってくる。
「くそっ、ガキに負けてたまるか!」
5連続コーナー。
内側を攻めるZ34、外側を攻める180SX。普通なら内側のZ34が有利なはずだったが──
「なんでだ…!?」
180SXが驚異的な速度で外側から追い抜いていく。その走りは物理法則を無視しているかのようだ。
「ありえねぇ…どうやって…?」
焦燥感が俺を支配する中、ハンドルの感触が次第に怪しくなり始めた。
「なんだ…操作が効かない!?」
そして、突然のスピン。スピンアウトした車内で。ハンドルを叩きながら、俺は声を上げる。
「ちくしょう…なんでだ…!」
新記録達成の夢は潰え、悔しさだけが残る。
(あの少女…なんだ? 化け物か?)
スピンした原因が「見えない何か」に触れたせいだとしか思えないが、それ以上のことはわからない。ただ、彼の心には確信があった──あの少女の走りがただ者ではないということを。
数ヶ月後、赤城山ではその少女の名を知らない者はいなくなる。伝説の始まりを目撃した俺は、これを一生忘れることはないだろう。