光速の走り屋オオサキショウコ肥後の走り屋たち ACT.8「生徒会の挑戦」

 あらすじ
 バトルは後半戦に入る。
 覚の弱点を見抜いた虎美はそれを突く。
 麻生北高校自動車部の部長が決まったのだった。

 部長決定戦の翌日、4月21日。火曜日の朝だった。
 時刻は8時5分。制服姿のまま、愛車のSVXに寄りかかりながら、まだ来ない友人たちを待つ。
 朝の空気は清々しいけれど、私の苛立ちは増すばかりだ。

「遅い……!」

 黒いタイツに包まれた足で地面を軽く蹴る。すると、遠くから見覚えのある白いGTOが近づいてきた。
 運転席にいるのは、昨日新部長に選ばれた虎美だ。

「虎美、遅刻よ! 何時だと思ってるの!?」

 私の声に、虎美は苦笑いを浮かべながら車を降りる。

「ごめん、飯田ちゃん……ちょっと寝坊してしまったけん。」

「寝坊? 部長になったばかりなのに、だらしないわね!」

 私は呆れたようにため息をついた。

 その時、緑のファミリアGT-Rが音を立てて駐車場に滑り込んできた。
 運転席から降りてきたのは森本さん。だが、彼女は一歩踏み出すなり、膝をついてしまう。

「森本さん、大丈夫?」

「おはよう……虎ちゃん、飯田さん……」

 彼女は四つん這いのまま、力なく答える。

「遅刻よ。どうして遅れたの?」

「朝から箱石峠で練習しとったとばい……そいで疲れ果てて、脱輪したとよ……」

「そんな無理をするからよ。体力と運の無さは相変わらずね。」

 私は呆れながらも、彼女の努力を少しだけ見直していた。

 森本さんは何とか立ち上がり、ゆっくりと私たちに近づいてきた。

「わし、もう少し速くなりたいんよ……」

 後で聞いた話だけど、朝早く練習したのは、昨日私たちに負けたことが悔しかったかららしい。
 その時、学校のチャイムが遠くで鳴り響いた。

「もう行かないと。遅刻するわ。」

「そうたいね。」

「虎ちゃん、飯田さん、待って……わしゃ、歩けんとばい……」

 森本さんはふらつきながら、私たちを追いかける。
 けれど、その足取りはまるでナマケモノのようで、私たちはついに彼女を置いていくことになった。
 後ろを振り返ると、森本さんは少し寂しそうに立ち尽くしていた。

 午後4時頃。
 放課後を迎え、うちらは部室に集まっていた。
 部室のテーブルには、近所のコンビニで買ったお菓子が並んでいる。
 うちはイチゴクレープ、飯田ちゃんはチョコクレープ、ひさちゃんはカップに入ったパフェを手にしていた。

「……むしゃむしゃ……(部活って、これでいいのかしら……?)」

 クレープを口に運びながら、飯田ちゃんはそんなことを考えているようだった。

 一方、ひさちゃんはスプーンでパフェをすくいながら、眉を少し寄せている。

「……むしゃむしゃ……(部活らしいこと、しないといけんばい……)」

 ふたりの考え事がなんとなく伝わってくる。部屋にはお菓子の甘い匂いと、スプーンや包装紙の軽い音だけが響いていた。
 ゆったりとした時間が流れていく中、突然校内放送が流れる。

「2年生の加藤虎美さん、生徒会室に来てください。」

「呼ばれたばい。」

 クレープを半分食べ終えたところで、虎美が立ち上がった。

「何があったの!? 悪いことでもしたの?」

 飯田ちゃんが少し慌てた様子で問いかける。

「わしら……勝手に部活を作ったことで、責められるんじゃないかと思うばい。」

 うちの表情は、普段通りのんびりとしているけれど、唇を少しだけ引き締めたように見えた。
 うちは食べかけのクレープをそっとテーブルに置き、生徒会室へ向かう。
 心の中には、小さな緊張感が広がっていた。どこかで覚悟を決めたような、そんな気持ち。

 午後4時過ぎ、生徒会室に足を踏み入れると、3人の女子生徒が待っていた。
 1人は長い黒髪を一つに束ね、えんじ色のカーディガンを羽織り、黒いタイツを履いている。
 もう1人は青髪をツーサイドアップにまとめ、ヘアバンドをつけている。彼女も黒タイツ姿だ。
 そして最後の1人は金髪を三つ編みのおさげにし、白いニーハイソックスを履いていた。
 どの顔も昨日のバトルで見覚えがある。
 菊池鯛乃、生徒会長。
 山中ルリ子、副会長。
 大内胤子、書記。
 麻生北高校の生徒会を構成するこの3人は、昨日ギャラリーにいた少女たちだった。

「よく来たな、加藤。」

 生徒会長が鋭い目つきで私を睨むように見る。

「校内放送に呼ばれて来ました。」

 うちは冷静に答える。
 生徒会長はその場の空気を一気に引き締めるように口を開いた。

「加藤……私らの許可なく部活を作ったらしかな。」

「えっ!?」

 その言葉に、背筋が冷たくなる。

「申請書を出していない。出して欲しい。」

 昨日、ひさちゃんが不安を口にしていたことが現実となった。

「……すぐに申請書を持ってきます。」

「後でよか。だが、ある条件を満たさないと部活として認めん。」

 さらに、生徒会長は昨日のバトルのことに言及した。

「加藤、昨日箱石峠でバトルしとったな?」

「なんで知っとるんですか?」

「そこでギャラリーしてた。」

 その言葉に驚きが隠せない。確かに、昨日彼女たちが見ていることには全く気づかなかった。

「なぜ、バトルしたん?」

「部活の部長を決めるためです。」

「なるほど。今の時代、公道レースをすること自体は問題視せん。だが、新たに作った部活の実績をどう残すか?」

「……自動車部です。」

 うちがそう答えると、生徒会長は顎に手を当て、少し考え込んだ。

「自動車部か。だが、人数が少ないな。この学校では最低でも5人おらんと部活として認めん。」

「5人ですか……。」

 その時、彼女は決定的な提案をしてきた。

「我ら生徒会と勝負して欲しい。自動車部全員でな。」

「勝負?」

「日程は今度の土曜日、午後6時の箱石峠。服装は制服。勝てば、自動車部は正式に部として認める。」

「もし負けたら……?」

「負けたら同好会扱いだ。だが、断る選択肢はない。どうする?」

 うちは一瞬迷ったが、決意を込めて答えた。

「その話を部員に伝えます。」

 そう言い残して、生徒会室を後にした。
 背後から、生徒会メンバーの声が聞こえてきた。

「勝てるとかな?ルリ子たち、強かばい。」

「私は圧倒的ばい。」

「そいつらは私たちの速さを知らんけん。私はおじいちゃん直伝のテクニックを持っとるからな。」

 その言葉とともに、彼女たちの周囲に不思議な強さが漂っているように感じた。
 いきなり強敵との遭遇を予感させる――。

 うちは部室に戻ってきた。
 生徒会からの挑戦状を受けて、みんなに伝えた。

「大変ばい!生徒会からバトルすっことになったばい!」

「おかえり、虎美!それ、ホントに?」

「ホントたい。」

「その勝負、勝てるの?」

 飯田ちゃんが真剣な顔で問いかけてきた。
 彼女が言うには、生徒会長は元レーサーを祖父に持ち、その技術を受け継いだらしい。
 愛車は40年前のケンメリで、そのクルマにスーパーチャージャーを後付けして、VK45エンジンに換装している。
 さらに、アテーサET-Sを取り付けて4WDにしているとのことだ。
 古いクルマに乗っている割には、やっぱり強敵だということが分かる。

 けれども、うちはそのバトルの大事な部分を伝えた。

「でも、このバトルに負けたら部活じゃなくて、同好会扱いになるらしか。戦うしかないばい。」

「なら、挑むしかないわね!負けたら許さないわよ!」

「100回ぐらい走らんと、わしら勝てんばい…。」

 こうして、自動車部を守るために、生徒会に挑むことが決まった。

 夜9時の箱石峠。
 うちらはここで練習していた。
 峠を走ってきたひさちゃんとファミリアが、往路のスタート地点に戻ってくる。
 ひさちゃんのファミリアが30周目の峠を終えて、サイドブレーキを引いた音と共に戻ってきた。
 クルマのドアが開き、彼女はそのまま地面に倒れ込む。

「ちょっと、大丈夫?」

 声をかけても、返事はない。ただ、息を切らして横たわるばかりだ。
 心配そうに見つめながらも、つい「本当に体力がないな」と思ってしまう。
 走ることには積極的だけど、限界を超えてるんじゃないか?

「そっとしといてあげてよ、虎美。」

「はいはい。」

 その時、水色のAE101がやって来る。
 かなさんのクルマだ。彼女が降りてくる。

 ひさちゃんは、残り少ない体力でなんとか立ち上がる。

「聞いたよ。あんたたち、今度生徒会と勝負するんだって?」

「なーして知っとるんですか?」

「風の噂だよ。」

 どこで聞いたんだろうか?と少し驚くが、気を取り直して聞く。

「生徒会に挑むあんたたちに、特別メニューを用意した。」

「特別メニュー?」

 どんな内容だろう?その一言に心がざわつく。

「ただし、覚醒技は禁止だ。」

「え?」

 突然の言葉に、思わず耳を疑う。
 昨日、東京で覚醒技超人による大規模テロが発生し、その影響で日本政府が覚醒技超人を警戒するようになったからだ。
 明日、熊本県警が覚醒技を取り除くためにうちの家に来る予定だ。
 さらに、金曜日に全国でいち早く覚醒技禁止の条例が施行される予定がある。

「覚醒技なしで、どぎゃんして速くなれるとですか?」

「言ったろ? 特訓するって。」

 かなさんがにっこりと微笑み、心の中で緊張が走る。
 うちの心はピリピリとした警戒感で満ちていた。

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