精神覚醒ノ肥後虎 ACT.36 親子と荷重移動

あらすじ

 謎のダンガンと勝負を挑んだ。
 虎美はハイパワーなS14の挙動に慣れていなかったことから苦戦を強いられた挙げ句、敗北してしまう。
 彼女を倒したダンガン乗りは「クルマに慣れたら挑んでやる」と言って去っていく。
 自動車部のインタビュー動画をきっかけに覚のみならず、虎美とひさ子までに人気になった。

 箱石峠復路のゴール地点。
 うちのS14と飯田ちゃんのSVXが停止した。
 クルマから降り、今日の練習について会話をする。

「今日の虎美、動きがモッサリしていなかった?」

「うちもそう感じとるけど」

 飯田ちゃんがS14のトランクを開ける。
 動きが重くしている張本人が顔を出した。

「バラストを積んでいるわね。モッサリの原因が分かったわ」

「これで動きば変化させとったんか」

 重くなると加速やハンドリング、燃費が悪くなる代わりに挙動を安定させる効果がある。
 S14のそれを改善させるために、誰が載せていたのか。

 クルマの後ろに1台のピンク色の旧車が来る。
 車種はいすゞのPF60型ジェミニセダンだ。
 
 中から1人の男子高校生が降りてくる。

「あーた誰や?」

「自動車部の加藤先輩ですよね? おるは2年生の大西ユキナガと申します。実は……あーたの大ファンなんです」

「えぇ!?」

「あーたば見ると……まるでお姉ちゃんば持った気分になるとです。えーっと……」

 顔を赤くしたまま、ユキナガくんは緊張のあまり言葉を詰まらせた。

「わしゃ、何を言えばええんや?」

 突如一人称が変わり、口調も阿波弁になる。

「えぇーとサインが欲しかです……」

「よかよ」

 ユキナガくんが来ているピンクのジャケットにサインを書いた。

「だんだんです」

 そう言うとクルマに乗って去っていった。

「うちもファン出来たなァ」

「出来たからと言って、甘えないでね」

 そのユキナガくんという男子生徒は後にうちら自動車部と大きく関わることとなるのだった。

 今日の深夜0時。
 俺はダブルエックスと共に箱石峠の稲荷神社近くの道路にいる。
 1台の青いミニカダンガンと遭遇した。

 ドライバーが降りてきた。

「お前は速い走り屋か?」

「そうだ。俺は麻生北高校最速の不二岡源八郎だ」
 
「最速と名乗っているのは、本当か? さっさとクルマに乗れ」

 それぞれのクルマに乗り込んですぐ、バトルが始まる。

 コース:箱石峠復路

不二岡現八郎(MA61)

VS

謎の走り屋(H27A)

 先行は俺のダブルエックスだ。

「離してやる!」

 まず、右中速コーナーをドリフトで通過する。
 直後の左コーナーで、俺は仕掛けた。

「スコーピオンの針流<スコーピオン・ニードル>!」

 サソリの尻尾を振るようなフェイントモーションで、相手の追い抜きを防ごうとした。
 しかし!

 それは空振りする!
 
「巨人の足跡流<ファイヤー・バード>!」

 火の鳥が飛ぶような超加速で、サソリの尻尾を貫通していく。
 ダンガンを前に出してしまった。

「最速と言っていた割には大したことはなかったな」

 俺の実力にガッカリしながら、バトルに変化を与えず前を走っていった。

勝利:謎の走り屋

 7月7日になる。
 学校行事で七夕に願い事をした。

 飯田ちゃんとひさちゃんと共に短冊を見る。
 うちのはこれだ。

「スプリントレースで優勝できますように、熊本の復興が進みますように……って。あんた欲張りすぎじゃあないの?」

「そういや虎ちゃん、スプリントレースの日がどんどん近付いとるな」

「そうたい。その日までエクリプスば戻ってきて欲しか」

「腕も上げんとね」

「もう数週間しかないわよ。時間がないわ」

 スプリントレースには多くの強豪が出る。
 それまでにS14の運転に慣れないといけない。
 今のままじゃあ勝てない。

「ひさちゃん……明日誕生日ばい?」

「そ、そうたいね」

 さらに日は過ぎて、7月8日。
 夜6時の蛍食堂でひさちゃんの18回目の誕生日が行われていた。

「ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデートゥーユー」

 歌が終わると、ろうそくの日を消す。
 
「ひさ子誕生日おめでとう」

 ひさちゃんのおばあちゃんが誕生日を祝う。

「もう18歳やな。昔だったらクルマの免許を取れるばい」

「ちょ……虎美!」

 突如ひさちゃんに不運が起きる。
 何と、ケーキに顔をぶつけてしまった。

 彼女の顔は白くなっていた。

「ひさちゃん、大丈夫!?」

「大丈夫たい……」

 誕生日に起きてしまうとはやれやれ……。

 2日が経過し……7月10日になる。
 日曜日だ。

 昼15時、箱石峠の往路スタート地点。
 週末になったことで、今まで異常に大量のギャラリーが押し寄せる。

 大半はうちら自動車部目当てだ。
 熊本や他の九州の県のみならず、全国から来ている。
 中には東北出身もいた。

 女子高生好きの男性客ばかりだと思われたけど、その中で1組の母娘がうちとS14の近くへ来る。

「広島から来ました。娘が虎美ちゃんの大ファンなんで」

「へぇ」

「まだ8歳だけど、自動車部の動画を見とるらしいです。将来は走り屋になりたいって」

 母親が娘の顔を見る。

「クルマ乗りたいの?」

「うん」

「娘を乗せてドライブしてつかあさい」

「こんクルマに慣れんとらんばってん、よかですか?」

「ええよ」

 娘をS14の助手席に乗せ、多くのギャラリーに見守られながらデモランを開始する。
 慣れないクルマに幼い子供を乗せて走ることには複雑な心境だった。

(なーして乗せたんやろうか……まだこんクルマに慣れとらんちゅうのに)

さらにプレッシャーも生まれる。

(うちの慣れん運転でこん子が怖がったらどぎゃんしよう……最悪の思い出になるかもしれんばい。ばってん、子供やけんと配慮したと言っても加減した運転やと楽しくなかかもしれんたい……)

 そんな心境の中、人面岩前の緩いシケインに突入する。
 ここをグリップ走行で抜ける。

「速ーい! 虎美お姉ちゃんのクルマ!」

(喜んでくれとる……)

 緩いシケインだから無事にクリアできたけど、問題はキツいコーナーだ。
 グリップかドリフト、どっちで行くべきか?
 
 しかし、この子の存在がうちに奇跡を与える。

 2つのS字を抜けて、右U字ヘアピン。

(キツかコーナーたい……)

 キツいコーナーがやってきた。
 ここでミスしたらこの子が怯えてしまう。

 入った途端にフットブレーキを踏むと共に、慣れないという理由で封印していたサイドブレーキを一瞬だけ無意識に引いてしまう。
  S14がスライドした。

「スピンせんように……コントロールば丁寧に」

フットブレーキをタイツに包まれた黄色い脚から引くと同時に、スピンしない程度にハンドルを曲げる。
 助手席の子が怯えないことを意識してコーナリングしながら、ヘアピンを抜けていく。

「わーい、サイコー! 虎美お姉ちゃんのドリフトって本当にすごいね!」

(慣れんクルマのドリフトに喜んでくれた……)

さらにこのクルマの運転するコツを掴む。

(荷重移動か。それば行うんこつが大事やな)

S14の運転に慣れてきたかもしれない。
 荷重移動の仕方を感覚で掴んだうち、その後も大きな事故もなく8歳の子と共に箱石峠を走り抜いた。

 母親の元へ戻ってくる。

「楽しかった」
 
「この子を乗せていただきありがとうございます。とても満足しております」

「こちらこそだんだんです」

 少女の母親はお礼を言った。

 夜7時、蛍食堂に不二岡をはじめとする集団がやってくる。
 彼らは最近噂になっているダンガンの話を始めた。

「あのミニカダンガンをどうにかしなければ……ミニカダンガン被害者の会が出来てしまったぞ」

「放っておくと会員が増えていく……」
 
「あのダンガンのナンバー、京都だったな……」

「京都ってことは……最近そこで名を馳せている相良玉子とは関係あるかもしれないのか……!?」

「その男って彼女の関係者ってこと……!?」

見知らぬ男性客が放ったある言葉を聞いて、側にいたうちらは反応した。

「相良玉子って!? 確か……」

「私たち自動車部をカモってきたスタリオン乗りよ……」
 
 あの車と彼女が雰囲気が似ていたのはそれか。
 その名前を聞くと、ひさちゃんは怯え出した……。
 うちらがやられたことがトラウマなのか?

 ダンガン野郎と相良玉子、この関係は一体?

The Next Lap



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