精神覚醒走女のオオサキ ACT.35「帰ってきた」
前回までのあらすじ
オオサキとサクラ、それぞれの作戦が決まり、オオサキは智の持つある技を使いたいと考える。
その裏で、今のオオサキが今のサクラと戦えるほどの実力があるのか確かめたい一人の走り屋がいた。
オオサキはその走り屋がいることをまだ知らない。
ACT.35 帰ってきた
――5月16日の土曜日……バトルの日を迎えた。
朝7時、おれは今日の朝ご飯ことカツ丼を食べている。
カツ丼は名前に「勝つ」が入っているから縁起のいい食べ物であり、食べると運気が良くなると聞いていたからバトルにぴったりな食べ物だ。
カツ丼を食べ終えると、おかわりしようとした。
しかし、智姉さんに止められてしまう。
「オオサキ、ドライバーがカツ丼を食べすぎると太って体重が増えてしまい、クルマの加速が落ちるぞ」
「いや、バトルに勝つための運を手に入れたいです」
運が悪いと事故で負けてしまう。
あと智姉さんのある言葉を聞くと、あることが気になり始める。
「剛性を強化しているワンエイティって今日返すんでしょうか?
今日はバトル当日だから、間に合ってほしいです」
「そういえば、今日だな。
2週間で仕上げてくれると言っていたが……」
「バトルの時間までには届けてほしいです」
時間は夜8時……。
Speed葛西のガレージに置かれているワンエイティを眺める。
「よし、ワンエイティの作業は終わりだね。
後は届けるのみだけど、その前に最終確認をしようか」
コンディションを確認するためにワンエイティの下へ潜り、骨のように組み立てられたパーツを眺める。
その中で、私の頭にこんなことが過った。
「速く届けないとね……。
ワンエイティのドライバーを困らせちゃう」
夜の9時の和食さいとう。
バトルの時まで残り2時間となり、クルマの光が店の前を通りすぎていく。
しかし、おれはある問題を抱えていた。
「まだなの……ワンエイティ!」
これだ。
もう時間ないから早く来てよー!
来ないなら、泥棒で訴えるよー!
店の中から、智姉さんが来る。
「落ち着け、オオサキ。
相手は卑怯なことをしないし、正々堂々とバトルするつもりだからな。
ワンエイティの作業は作業するだけでなく、不具合がないか最終確認している可能性もあるぞ。
バトルまでの時間いっぱい、作業してくれていると私は考えているぞ」
「けど、クルマが無ければ話になりませんよ。
あー、来てよーワンエイティー!」
そんなおれの所にプラズマ3人娘が和食さいとうに停車し、それぞれのクルマからドライバーが降りる。
「来ましたけど、どうしたんです?」
「まだワンエイティが来ないんだよ!」
こんな状況なおれに対して、クマさんはこんな提案をしてきた。
「わだすのC33を貸してあげましょうか?
こっちのほうがサクラのJZA80よりパワーがあるから有利になるかもしれないですよ」
「ダメだよ。
前に運転したことがあるけど、ワンエイティのほうが使いやすいと考えたよ」
「じゃあくにちゃんのHCR32は?」
「それもダメ」
「うちのA31は?」
「それも、それもダメ!」
そして智姉さんまで……。
「しょうがないな。
私のR35、使っても構わないぞ。
凄く扱いづらいが、とっても高性能だから下手でも勝てるかもしれないぞ」
「ダメです。
おれは智姉さんのクルマを運転できるほどのテクニックじゃあないですし、智姉さんの大事なクルマを壊したくないですからね」
つまり答えはあれしかない。
「待つしかありませんね。
オオサキさんのワンエイティを待つしかありません」
「どうしようか。
遅れてもいいから、ワンエイティが来るまで待とうか」
クマさんは今の状況をこんな風に例えようとした。
「あと、こんな話をします。
サキさんが変身ヒーローだとします。
変身しなきゃ行けない時に変身アイテムがなく、代わりに魚が来たらどうしますか?」
「サバじゃあないよ!」
今の状況をそんな風に例えたクマさんに対して、某特撮ヒーロー物の台詞がでてしまった。
ごめん、質問の意図が分からない。
訴えられたらどうしよう。
時計の長い針は「4」を差し、バトルまで残り40分を切った。
葛西サクラのJZA80が店に来て、右側のドアからドライバーが降りる。
「なぜここに来たの?」
「お詫びをしに来た」
「お詫びって……ワンエイティのこと?」
「そうだ。
ワンエイティは最終検査のため……遅れるらしい」
「やっぱそうか……」
智姉さんの予感が的中したようだ。
「オレは先にスタート地点へ向かう」
そう言い残したサクラはJZA80に乗り込み、2JZの野太いサウンドと共に出発する。
バトルのスタート地点に到着して5分が経過した。
ワンエイティが来ないため、ギャラリーたちやうちのチームのメンバーたちが騒いでいる。
「ワンエイティはどうなっているんだよ」
「遅れるらしい」
「もしワンエイティが来なかったら、サクラさんの不戦勝だよ」
ただし、オレはそのクルマは必ず来ると考えた。
ダウンヒルではゴール地点で、ヒルクライムではスタート地点である場所、このバトルではここは折り返し地点となる。
ここに駐車している黄色いRX-8に乗る秋山は、バトルに参加しないのに闘争心剥き出しの雰囲気を出す。
「早く来いよワンエイティ……サクラさんとの勝負する前にあたしが相手をしてやるよ」
彼女の両手はハンドルを潰しそうなほど握り締めていた。
時間は9時45分を過ぎる。
「けど――遅れてもいいと考えると、不戦敗になってしまうね」
その時、聞き覚えのあるエンジン音が耳に現れた。
「耳の鼓膜が壊れそうな――RB26の音」
その音はもしかして……。
「おれのワンエイティ……」
ついに、戻ってきたんだ!
「遅れてすみません。
Speed葛西の明星名衣です。
あなたのワンエイティが完成しましたよ」
「どうもありがとう」
ワンエイティを持ってきた名衣さんは弄った所について説明した。
おれはそれを聞く。
「なるほど、こんな感じに仕上がったんだね」
「剛性強化によって車重は重くなったけど、レストアされた分気持ちいい走りを取り戻せたと思います」
「それをバトルで確かめたいね」
「じゃあ、私は帰ります」
「代車として乗っていたZ32、返すからね」
「ありがとうございました」
名衣さんは、智姉さんからZ32のキーを受け取り、そのクルマに乗って帰っていった。
「よしバトルへ行こう、ワンエイティ」
久しぶりにこのクルマでのドライビングだ。
心を踊らせ、アクセルを踏んでワンエイティを進ませる。
「おらたちも行くか」
「チビ全開!」
「行っくでー!」
「オオサキのバトルを見守るために出発だ」
おれの跡をついていくかのように、プラズマ3人娘と智姉さんはそれぞれのクルマに乗り込んで出発していく。
後ろの4台を引き連れながら、おれとワンエイティは赤城の道を登る。
バトルの中間地点となる場所を過ぎると、付近の駐車場から1台の黄色いRX-8が目を光らせながら、おれとワンエイティとクマさんの33ローレルの間を割り込む。
そのRX-8の様子におれは怪しい雰囲気を感じた。
「なんなの、あのRX-8。
おれを狙おうとしている感じがする」
「見つけたよワンエイティ。
サクラさんと戦うその前に、あたしと勝負だ!」
RX-8はおれのワンエイティのテールを見てパッシングする。
バトルまでにはガソリンや気力、精神力を残したいけどね。
「ヤバイですよ、サキさん!
挑んだら、ガソリンがもったいないです!」
「バザードを出して道を譲った方がいいぞ」
RX-8のパッシングは終わらず、ワンエイティのケツをどんどん光らせてくる。
「しつこいね――。
けど相手がパッシングを止めないなら、挑むしかないのか」
バトル前だけど、挑発を買ってしまった。
気力、精神力、ガソリンが減るだけだよね……。
仕方がない。
バトルに入ったワンエイティとRX-8は、後ろの4台を引き離していく。
「入ちまったか、やれやれ」
「これじゃあサクラ戦はヘロヘロになるかもしれないね」
「サクラとの戦いのために、早う終わらんか」
「ガソリンが無くならないことを祈るか」
第3高速セクション。
ここで進化したワンエイティの性能を確かめる。
「パワーを取り戻せたけど、剛性を強化したのか軽さが犠牲になり、加速が重くなっている所もあるね」
進化したワンエイティに対するおれの感想はこれだ。
しかし第3高速セクションを抜けた後の右コーナーにグリップ走行で入ると、おれの心に槍が刺さる。
「前より安定している……!」
上がった剛性の力を実感した。
ちなみにワンエイティの内部にはロールゲージが貼られている。
これで、おれの能力を使ってもヤレを抑えられるね。
後ろにいるRX-8はおれより遅れ、右コーナーに突入する。
あっちはドリフト走行からの……。
「<コンパクト·メテオ>!」
落ちてくる隕石のようなドリフトで、おれとの差を縮めていく!
「ただの走り屋じゃあないね、このRX-8!」
おれの眼に、RX-8から何かが現れる。
覚醒技のオーラであり、奴は覚醒技超人だ。
オーラの色から、属性は金属性だと分かる。
「けど、もうすぐサクラとのバトルがあるから温存しながら戦おう。
強力な技を使わずに攻めようか」
次は緩い右高速コーナーが迫ってくる。
ここを立ち上がると、RX-8は荒々しい炎のオーラを纏う。
「いきなりだけど、行くか。
<虎繁の猛牛>!」
鼻息の荒そうな突撃の如く加速してワンエイティを追い、そしてそのクルマの前へ出た!
「やった、これで勝ったよ!!
これでサクラさんに挑めるなんて甘いよ!」
前へ出たRX-8のドライバーは勝ち誇った表情を見せる。
間の直線からの左ヘアピンを抜けて直線に入ると、RX-8は<チャージ·フロー>を使ってフロー状態に突入した。
しかし、おれはこれらをチャンスだと捉える……。
ある技を使いたいからね。
「これで勝ったと思わないで。
あの技を今使うか……」
クルマのエンジンに精神を込めた。
一か八か、透明のオーラを発生させて発動させる!
「<GTRサウンド>!
イケイケイケイケイケイケイケイケイケイケイケイケイケイケェェェェェェ!!」
ワンエイティのRB26が吠える、吠える!
その耳が裂けそうなサウンドをRX-8は聴いてしまった!
「うう……うるさいな。
運転できないよ」
この音を聞いたドライバーはクルマの挙動を乱し、左右にフラフラしながら直線を走る。
そして乱した挙動は直線の後にある右コーナーの入り口付近にて牙を向き、RX-8はスピンしてしまった。
「やった……」
この安堵感はバトルが終わったことより、さっき発動させた技を使えたことが大きかった。
RX-8をスピンさせた後はそのまま赤城の山を登り、バトルのスタート地点へ向かう。
しばらく登ると、バトルのスタート地点へ戻って来る。
向こうにはサクラの80スープラが見えた。