光速の走り屋オオサキショウコ肥後の走り屋たち ACT.9「大内胤子」
あらすじ
虎美は生徒会に突然呼び出された。
彼女たちは虎美たち自動車部に対し、バトルを申し込んでくる。
勝てば部活動として認めるという条件付きだった――。
本編
箱石峠往路スタート地点。 夜明け前の薄明かりの中、車たちが整然と並んでいる。麻生北高校自動車部のメンバーが集まり、それぞれの愛車と共に準備を整えていた。うち、飯田ちゃん、ひさちゃんの3人は特訓のために庄林かなを呼び出している。
静かなエンジン音が響くと、AE101がスムーズに滑り込んできた。ハンドルを切りながら自然に車を停めたかなは、軽く手を上げて挨拶する。
「こんばんは。みんな、そろってるね。」
その落ち着いた声に、思わず私は駆け寄り、興奮気味に言った。
「かなさん、本当に来てくれたんですね!」
かなさんは優しく微笑んだ。
「みんなの走りを少しでも上達させるのが目的だからね。さっそく始めようか。」
かなさんは飯田ちゃんの方を向く。
「サトリン、君の走りはちょっと物足りない。もっと自分を乗せて、柔軟に走ってみて。」
飯田ちゃんは目を丸くして答える。
「面白み……ですか?」
「うん、そうだよ。タイムは安定しているけど、変化がなさすぎる。レースでは柔軟な戦術が必要だよ。今日の目標は、毎回同じタイムを出すことだ。」
「えぇ!? そんなの無理ですよ!」
かなさんは腕を組み、少し微笑みながら答える。
「無理じゃないよ、サトリン。続けていけば、自然にリズムがつかめるようになるから。遅すぎても速すぎてもダメ。タイムが狂った理由を自分で考えてみるんだ。」
飯田ちゃんは半信半疑ながらも、指定されたコースを走る。1本目は慎重にタイヤのトラクションを確認しながら走行。2本目、集中力を高めた彼女のタイムは、ほぼ完全に一致する。
かなさんは小さく頷きながら、驚きの表情を浮かべた。
「さすがだね。この調子なら、レース中の心理的な乱れも最小限に抑えられる。明日もやろう。」
次にかなさんはひさちゃんに目を向ける。
「ひさ子、君はまず体を鍛えることだ。」
「体ば……ですか?」
「そうだ。車の速度が上がるとGがかかる。そのGに耐えるには筋力が必要だ。レーサーなら誰もがやっていることだよ。」
かなさんは車の前にヨガマットを敷き、筋トレメニューを示す。ひさ子は最初こそ不安げだったが、仲間たちの応援を受けながらメニューをこなす。
「やったばってん……筋肉痛がひどか」
「その筋肉痛が成長の証だよ。明日も続けるぞ。」
最後にかなさんは私に向き直る。
「トラミン、君の課題は『パワーを抑えた走り』だ。」
うちは納得がいかない様子で眉をひそめる。
「GTOの馬力ば活かさんと意味がなかですか。」
「確かに馬力は強力な武器だ。でも、それに頼りすぎるとコーナーでのロスが大きくなる。次のセッションでは、スロットルを半分以下に抑えて走ってみて。」
渋々ながらも、うちは指示通りに走行を始める。馬力を抑えたことで、逆に自身の操作精度が問われ、走りが徐々に洗練されていく。
かなさんは小さく微笑みながら言った。
「その成果、次のバトルで見せてくれ」
4月25日、土曜日。 生徒会とのバトルの当日がついにやってきた。 とある豪邸でも、その話題が交わされていた。 豪華なダイニングで、3人の男女が夕食を囲んでいる。
リーダー格の青年は、落ち着いた大人びた雰囲気をまとい、冷静な眼差しでテーブルを見つめていた。その隣には、10代後半と思われる少年が座り、少し緊張した面持ちでフォークを握っている。そして、紅一点となる少女が向かいに座っている。彼女は、どこか冷徹な印象を与えつつも、その瞳には何かしらの決意が宿っている。
突然、屈強な男が部屋に入ってきた。彼の顔には真剣な表情が浮かび、何か重要な知らせを持ってきたことが一目で分かる。
「愛羅、麻生北の生徒会がバトルをするらしいぞ!」
男の声に、テーブルを囲む3人は一斉に顔を上げた。
「誰とやるんだ?」
愛羅が低く鋭い声で問いかけた。その目は、相手の言葉をじっと待つように輝いている。
「自動車部と名乗る、麻生北の2年生だ。どっちが勝つと思う?」
男が続けて言った。
「そりゃ、生徒会で決まりでありんす」
少女がにっこりと微笑んで答えた。
「でも、あの連中に勝てるかは、ちょっと疑問ッス」
少年も心配そうに続けた。彼の目は不安げで、何かがうまくいかない予感がしているようだ。
愛羅はフォークを持ったまま静かに呟いた。
「麻生北の自動車部、復活したのか……」
その言葉の裏には、過去の記憶があるようだった。自動車部がかつて存在していたことを思い出し、少しだけ懐かしさを感じているようだった。彼の目に、ほんのわずかな感情が浮かんだが、それはすぐに引っ込んでしまった。
バトルの時間が近づいてきた。 箱石峠往路スタート地点から少し離れた、妻子ヶ鼻パークヒル前に、うちら自動車部(仮)の3台のクルマが停車している。 今日は学校行事の一環として行われるので、全員が制服を着てきた。
しばらくして、後から生徒会が乗る3台が到着した。 車種は、幻のレーシングカーのカラーリングを施した灰色のKPGC110型日産・スカイライン2000GT-R、青と水色のSA22C型マツダ・サバンナRX-7、そして銀色のA53C型三菱・ギャランGTOだ。 それぞれの車には、生徒会での順位を示す数字と「ASO」のステッカーが貼られていた。 彼女たちも制服姿で現れた。
「よく来たばい。バトルは星取り方式の団体戦で行うけん。3戦中2勝した方が勝ちとすっばい。まずは誰が行くと?」
「私が行きます」
「私が行くばい」
こうして、トップバッターが決まった。 自動車部からは副部長の飯田ちゃん、そして生徒会からは書記でギャランGTOのドライバーである大内胤子が対戦相手となることが決まった。
飯田覚(CXD)
vs
大内胤子(A53C)
コース:箱石峠往路
先鋒を務める私はSVXに乗り、相手の大内書記もギャランGTOに乗り込んでスタートラインに立つ。 バトルを待つかのように、2台のエンジンが轟く。 スターターを務めるのは、菊池生徒会長だ。
「スタートいくばい! 5、4、3、2、1、GO!!」
両者とも勢いよくスタートを切る。
「飯田ちゃんが後攻ばい!」
「パワー的には飯田さんが有利やろうに、なんで後攻を取ったと?」
455馬力のエンジンと4WDのトラクションを駆使すれば、相手をすぐに引き離せるはずだ。 でも、バトルは油断できない。後攻を取って様子を見ながら走ることに決めた。
スタートラインを越え、2台の後ろを生徒会の2人が眺めている。
「先行を取ったか。」
「胤子ちゃんの走り、エグか! プレッシャーを与えまくるばい!」
人面岩前の連続S字を抜け、草原を切り裂くように2台が駆け抜ける。 しばらくその区間が続き、ギャランGTOの後ろにぴったりとつけ、コーナーごとにその車体がわずかに揺れるのを感じながら、次の一手を計る。
「やっぱりパワーはこっちが上ね。でも、すぐに抜くわけにはいかない。」
「中々ついてきとるな。ばってん、私の走りは厄介ばい!」
緩い左から右へ続くヘアピンに入る。 書記はコーナーごとに突っ込みを変え、私の進路を的確に防いでいく。そのランダムな動きに、私は慎重に対応する。
「なるほど、読めないライン取り……でも、データは嘘をつかないわ。」
私は冷静に大内書記の走りを観察し、彼女の癖を解析していく。 直線に入ると、先頭を走るギャランGTOが左から右に蛇行運転を始めた。
「行くと!」
やや遅めの速度で走行しているギャランGTOを見た瞬間、私の感情は高ぶる。 両手でハンドルを握り、思わず叩きたくなるような衝動が湧き上がる。
「なんなの、あれ…」
私は前のクルマをすぐにでも追い抜きたくなる。 今、ハンドルを握る手の力が強くなる。 苛立ちで歯が痛くなりそうだ。 私は悟った。あいつはまた使ってくるかもしれない。 左中速ヘアピンを抜けると、ギャランGTOは再び蛇行運転を使ってくる。 それを見た瞬間、私のイライラは一気にエスカレートする。
「くそっ!」
私は虎美や森本さん以上に気が短い。 その性格が原因で、こういう技にはどうしても弱い。 イライラが募る中、次の右ヘアピンでブレーキを遅らせ、ついにギャランGTOとの距離が広がってしまう。
「どう、私の技? 恐ろしいでしょ!」
その戦法、えげつない。私は先行を取るべきだったと思う。そうすれば、相手を離せたかもしれないのに。 S字を抜け、左コーナーに入る。私とギャランGTOとの差は変わらない。
「中々しぶといわね…」
S字を通り、2連ヘアピンを抜け、シケインを通過する。差は少し縮まった。
「どこで抜こうかしら…」
私は5日前に行ったかなさんの特訓を思い出す。 その時、かなさんが教えてくれた「冷静に、相手の動きを読んで、自分のペースを崩さずに走る」という教えが、今、私に必要だと感じる。
「サトリン、あんたの走りはどこか物足りない。もっと自分を乗せて、柔軟に走ってみな。」
飯田は目を丸くする。
「面白み……ですか?」
「そうだ。タイムは安定してるけど、変化がなさすぎる。レースで戦うなら柔軟な戦術が必要だ。今日の目標は、毎回同じタイムを出すことだ」
「えぇ!? そんなの無理ですよ!」
かなは腕を組み、少し微笑みながら答える。
「無理じゃないよ、サトリン。これを続ければ、自然とリズムがつかめるようになるから。遅すぎても速すぎてもダメ。タイムが狂った理由を自分で考えてみるんだ。」
バトル当日まで、私は練習に全力を注いだ。
タイムが速すぎたり、遅すぎたりすることもあったが、繰り返し走るうちに自分なりの工夫を重ね、次第に変則的な走りを身につけた。タイムが毎回同じことで、相手に先を読まれにくい走りを作り上げていった。
バトルが進み、連続コーナー区間に突入する。
その区間では、私とギャランGTOの距離はほとんど変わらなかった。
しかし、次の右高速コーナーで私は仕掛ける準備を整える。
「今、仕掛けるわ!」
「なんか来よるばい!?」
右高速コーナーに差し掛かると、無理に突っ込むのを避け、次のラインで確実に抜くことを狙った。
気配を消し、獣のように外側からギャランGTOを狙い、トラクションを最大限に活かしながらラインを描く。
「行けーっ!」
瞬時に、私はギャランGTOの前に出た。
その瞬間、大内書記の冷静さが崩れ、一瞬だけ焦りの色が浮かんだ。そのわずかな隙間が、私に勝利をもたらした。
「ちょっと焦りすぎやな……ばってん、まだ抑えられる。」
焦った大内書記はさらに攻めたラインを取ろうとしたが、無理な突っ込みが続き、タイヤのグリップが徐々に失われていく。
その後の直線で、私はSVXのパワーとトラクションをフルに発揮し、ギャランGTOを一気に引き離した。
書記も最後の抵抗を試みるが、タイヤの限界が近づいており、私の安定した走行には太刀打ちできない。
「やられた……でも、まだ終わりじゃない。」
ゴールが近づくにつれて、大内書記は追い返すことができず、最終的に私の勝利が確定した。
結果:飯田覚の勝利
2台が戻ってきて、それぞれのドライバーが車から降りてくる。
勝利した飯田さんに、私は声をかけた。
「お疲れ様、飯田ちゃん。」
「序盤で相手にかなりイラつかされたけど、負けるかと思ったわ…中々の強敵だった。」
次は2回戦だ。
1度勝ったとはいえ、油断はできない。
「今回の勝利で、うちら自動車部に白星が1つ付いたけん。次は誰が行く?」
「ひさちゃん、行く?」
「不安ばってん、わしが行くばい!」
「こっちからはルリ子が行くと!」
2回戦の主走メンバーがそれぞれ決まった。
わしはファミリア、副会長はSA22Cに乗り込み、スタートラインに立つ。
大戸ノ口コーナー。
あの4台の車がギャラリーとして停車していた。
赤いスイフトスポーツ、黄色いアリスト、青緑の86、藍色のレクサスRCF、それぞれが個性的な特徴を持っており、道端に停まっているだけで注目を集めていた。
まずスイスポの男、愛羅が口を開く。
「自動車部のSVXと、麻生北生徒会書記のギャランGTOが通ったらしいけど、どうだったんだ?」
アリストの女が、少し考えるように言った。
「両者とも中々だったでありんす。でも、どこか物足りない感じがしたでありんすね……」
「次も来るらしいッスよ。あと2回やるみたいッス。」
ZN6の少年が、少し挑戦的な口調で続ける。
「バトルはそれだけじゃないからな、まだまだ見どころがある。」
RCFの屈強な男も、鋭い目で前方を見つめながら言った。
「見せてもらうぞ……今の麻生北の走りをな。俺たち麻生南のサウス4にとって、どれだけのものか見極めてやる。」
その言葉の背後には、麻生南と麻生北の対立が潜んでいた。
何かを感じ取ったのか、他の3人も黙って前方に視線を戻す。
その時、彼らがなぜ麻生北の走りを見に来たのか、その目的は一体何だったのか……。
それは、ただの競技としての興味以上の何かがあるように思えた。
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