光速の走り屋オオサキショウコ肥後の走り屋たち ACT.2「虎退治」

 

あらすじ


 あの出来事から2週間が経過した。
 友達の飯田覚をせて箱石峠で練習していた虎美はAE101乗りの女子大生・庄林かなと遭遇した。
 彼女は虎美を追い抜いた走りのことを「覚醒技(テイク)」だと教えた。
 そんな最中に大竹というフォレスター乗りが乱入し、バトルを申し込まれる。

本編

 スタート地点にいる私は、バトルを始めた虎美のことが気になった。

「かなさんという方が助手席にいるとはいえ、まだ技術が未熟なのにバトルを挑んじゃって……負けるか事故を起こしそうで心配だわ」

 私の大切な友人の一人だ。小学生の頃からお世話になっている。勝ち目は薄いけど、負けてほしくない。
 もしそうなったら、どうしようか…と不安が募る。少し大げさかもしれないけど。
 大竹のことも考える。

「虎美とバトルしている相手、大したことなさそうだわ……雰囲気からそう感じるけど…」

 ヘタクソ狩りをしている時点で、あいつは小物臭がする。弱いものいじめをしているのは、弱いもののすることだ。虎美の勝機はわずかにある。私は彼女を応援している。勝てるのだろうか。

 加藤虎美(Z16A)

 VS

 大竹(SG9)

 コース:箱石峠復路

 フォレスターの大竹よりも大きく遅れてスタートしたうちら。右足でアクセルを強く踏み込み、うちとかなさんの乗るGTOは、最初の高速区間を駆け抜けていく。

「ノロマのトラミンよ、バトルは後攻の方が有利だよ」

 後ろからだと、相手の走りを観察しながら走ることができ、時にはその走りをコピーできる。逆に前を走ると、後ろを気にしてしまい、集中が途切れやすくなるから不利だという。
 速い走り屋は、前を走ることを避けることが多いと言われている。
 高速区間を抜けると、左中速ヘアピンに入る。ここでかなさんが指示を出す。

「ここを外側に入り、直線的にブレーキを使って、シフトを下げたら、ハンドルをしっかり切れ! 一度に全部やると曲がりにくくなるぞ! それと、ガードレールにぶつかる恐怖心を捨てろ!」

 その後、具体的な速度とギアを教えてくれる。シフトダウンするときは、クラッチをしっかり踏んだ。かなさんの指示で、GTOはいつも以上に速くコーナリングし、ヘアピンを抜ける。

 次に迫るのは右中速ヘアピン。ブレーキをしっかりかけ、かなさんがまた口を開く。

「ここで、<神速>を使え! あんたにも使えるだろ?」

「どぎゃんすれば、使えるとですか?」

 熊本弁で「どうすれば」の意味だ。うちには初めてだから、技の発動方法がわからない。
 しかし、かなさんは冷静に教えてくれる。

「精神を集中して、技の名前を叫ぶんだ! <神速>は集中力を高める技だ。その後、少し速いコーナリングで攻めろ!」

「わかりました!」

 かなさんに言われた通り、心を一つにして、全てを集中させる。脳に精神を集め、そして技が発動した。

「<神速>!」

 すると、うちは黒いオーラに包まれる。それが技が発動した証拠だ。ドライバーによってその色が変わる。
 運転がますます鋭くなり、まるで世界が一層鮮明に見えるようだ。力強くハンドルを左に切っていく。

「虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎ー!」

 速いコーナリングで曲線を抜け、フォレスターの姿が視界に入ってきた。追いついてきた。大竹もそれを見て反応する。

「技を使って距離を縮めるとは、面白いねー! 直線番長と言われたクルマの癖に! でも、俺だって覚醒技を使えるぜ」

 スーパー耐久では「直線のGTO、コーナーのGT-R」と言われていたが、実際にはこのクルマ、意外にも曲がりやすい。大竹は左中速ヘアピンに入ると、身体中に白いオーラを纏う。

「<神速>!」

 大竹も技を使い、外側からカタパルトのような速さで抜けていく。直線に入ると、アクセルを床まで踏み込む。

「じゃあな!」

 さよならの挨拶をし、すぐに差が広がる。やはり、大竹は覚醒技超人だった。フォレスターとの距離がクルマ二台分も広がる。
 再び、かなさんが横からアドバイスをしてくる。

「<神速>より強力な技を使えるか?」

「そんなんあるとですか?」

 うちにそんなもの持っているのか? こういう実感はない。

「さっきの技は初歩的な技だ。覚醒技超人は皆固有の技を持っている。ただし30秒待たないといけない」

 この時間はクールタイムと言い、再び使うにはエネルギーを蓄える必要がある。それまで技を発動することはできない。
 そんな時間の最中だが、果たしてかなさんの言っているものはうちに使えるのか? 心の中で頭を半分抱えた。これを使えたらすごいってことか? うちはそんなに超人じゃあないけど。
 左シケインを抜けると、直線が来て、そこをアクセル全開で駆け抜けていくと3連続中速曲線が迫る。どれも指示通りに攻めていった。右高速シケインにてかなさんのアドバイスに半信半疑の中、3つ目に入った時に発動させ、精神をさっき以上に脳に集中させる。

「肥後虎ノ矛流<虎心覚醒>!」
 
 技を発動させると、うちの身体を黒いオーラが走る。視界がダイナミックになり、相手を追いかける事以外考えなくなった。五感が敏感になり、無駄のないハンドル操作とペダルワークで責めていく。より、運転の世界へ入っていく。

「虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎ー!」

「ドリフトはせず、グリップ走行で走って! アウト・イン・アウトとエイペックスを重点に置いて攻めるように!」
 
 かなさんのアドバイス通りに攻めていく。
 バランス感覚を磨いた技ででフォレスターとの距離を縮めていき、窓に映る前のクルマが大きくなっていく。上手く接近できたようだ。かなさんの目は鋭かった。技を発掘できたことに感謝せねば。
 
「後ろからクルマが来る気配はないな。俺がヘタクソを1人潰すとは、面白いねー!」

 勝利への確信は一瞬だけだった。鏡をを見るとすぐにGTOがいる。その時の大竹の表情はがく然していた。

「いつの間にか!? 面白くないね!」

 強力なコ・ドライバーのアドバイスがあったからこそ逆転できた。かなさんがいるかいないかのよって差が縮まった。
 2連ヘアピンに入ると、そこの1つ目にて距離を広げたい大竹は技を使い、白いオーラを纏う! さっきと同じ技だ。

「<神速>!」
 
 大竹は集中力を上げながら、曲線を凄まじい眼光で走っていく。
 しかし、距離はほとんど開かなかった。

「くそ、なぜ離れないんだ! 面白くないね!」

 集中力が上がるどころか、焦りが強くなる。せっかく叩き潰したい輩が離れないからだ。相手にとっては予想外の出来事だろう。フォレスターとGTOは2連曲線の2つ目、左へ入る。

「自分がGTOの助手席にいたから、離れないだよな。お前は自分の言うことをよく聞いている」

「だんだんです」

 このバトルはかなさんのお陰で勝てるかもしれない。感謝している。もし彼女がいなかったら負けてたらだろう。
 前のクルマを仕留める気全開のかなさんからこんな指示が来る。

「クールタイムが終わったら、<真空烈速>より強力な技でやっちゃって。そのままエイペックスをそれ以上に、アウト・イン・アウトで攻めてくれ」

「うちにそぎゃん技はあるとですか?」

「あんたなら、使えるかもな」

 連続S字からの右中速曲線、どれもグリップしながら攻めていく。またS字を通り、下り坂となっているタイトな左曲線。ここも攻めていく。緩やかな右曲線を抜けると、直線。フォレスターとの距離を少し作るも、この先のタイトな左曲線で狙いを定めた。
 先を走る大竹は勝ち誇っていた。

「もうすぐ終わりだ。俺が勝つとは、面白いねー!」

 しかし、うちは彼を狙っていた。ここがチャンスだと外側から攻めにかかる。うちは精神力を一杯注入して黒いオーラを纏う。

「肥後ノ矛流<虎狩り>!」

 この時のうち、まるで虎退治した時の加藤清正公と同じ目をしていた。大竹を虎だと思って、仕留める!

「虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎ー!」

 この技を使って、大竹を「獲物」と認識してロックオンをした。

「何だ、これは!? クルマが虎に見える!?」

 大竹には、そんな光景が見えた。彼にはものすごい危険な動物と遭遇したように、怯えた顔をしていた。
 相手は抜かせないと幅寄せしようとしたものの、怯えた状態になった影響で挙動が乱れていたので遅かった。ヘアピンの立ち上がりでフォレスターを追い抜く!

「俺が抜かれるとは……面白くないね!」

 コーナーの立ち上がりに入ると、2台の間に距離が作られていく。この状態はゴールまで続き、大竹は前に出ることはなかった。

「挙げ句に負けるとは……面白くない!」

 敗北した大竹は苛立っていた。潰したかった輩に倒されてしまった。しかも、コ・ドライバーがいたとは言え、ぽっと出の少女相手だ。うちは感じた。自分は将来大物になると。
 このバトルを誰かが見ていた。黒髪ロングで、和風アイドルを思わせる灰色の着物風ワンピースと黒のタイツを着用した大和撫子っぽい女性だ。彼女の愛車と思われるスポーツカーの形をした白いクルマもある。
 ボディキットと固定化されたヘッドライトで分かりづらいものの、車種は三菱のスタリオンだ。

「いきなり凄そうな走り屋が現れましたね……」

 彼女は大人しい雰囲気とは裏腹に強い灰色のオーラを見せていた。恐ろしいそうな奴だ。すぐ側にいたら、圧倒されそうな雰囲気を持っていた。
 一体誰だろうか?
 彼女が全国区で有名な走り屋とはまだ知らない。

勝利:加藤虎美

 うちのGTOは、飯田ちゃんが待っているスタート地点に戻ってくる。クラッチを踏み、サイドブレーキを引き、シフトをニュートラルにする。

 かなさんと共にクルマを降り、顔を見合わせる。

「ただいま、べっぴんさん」

「勝ってきたばい、飯田ちゃん」

 まるで恋人のように、待っていた彼女に軽く挨拶を交わす。

「良かった……事故るか負けるかで心配してたんだから。虎美はまだ運転が上手くないから」

 飯田ちゃんは半泣き状態で、うちを何度も叩いてくる。それぐらい心配してくれるなんて、さすがうちの友だちだ。彼女のツインテールが、そのまま彼女のツンデレっぷりを象徴しているみたいだ。「だんだん」とお礼を言いながら、彼女にお守りを返した。
 大竹のフォレスターも戻ってくる。サイドブレーキを引く音とともに、窓から顔を出す。

「お前も来たんか!?」

 バトル後にも関わらず、うちは戦慄したような表情を浮かべる。あいつには、もうこりごりだ。もう会いたくない。

「くそ、お前たちも狩れなかったとは……面白くないね」

 そう言い捨て、フォレスターの窓を閉めて去っていく。あいつは、このバトルに未練があるような顔をしていた。

「2度と現れんようにしてほしか」

 あのとき煽られたことを思い出し、うちは静かに呟く。ヘタクソ狩りはもうごめんだ。自分はどんどんステップアップするつもりだから、きっと今後は会うことはないだろう。

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