光速の走り屋オオサキショウコ ACT.2「練習バトル」
時計の針が進み、山の端から朝日が顔を出す。3月16日、午前6時。
3人はそれぞれの車に乗り込み、赤城道路を駆け抜けていた。
俺と六荒が乗るワンエイティが先行し、その後ろを智姉さんのR35が追う。最初の5連ヘアピンに差し掛かると、練習とは思えない熱いバトルが始まった。
1つ目のヘアピンでは、互いのライン取りが火花を散らす。俺の突っ込みは鋭いが、智姉さんのR35がギリギリでフェンダーに迫る。
「オオサキちゃん、ドリフトうまいな。」
その余裕が、怖いほどだ。智姉さんのR35は軽量化されているとはいえ、まだ重い。それでも、おれのワンエイティをコーナーで捉え続ける。
「これが、伝説の走り屋……!」
3つ目のヘアピン、2人の女性ギャラリーが眺めていた。
峠に響くエンジン音に、見守る者たちは息を飲んだ。
「速い……! だけど、まだ攻め足りないな」と、茶髪の女は呟いた。
「嫌いじゃあない」と、黒髪の女は呟いた。
焦るおれに追い打ちをかけるように、智姉さんは2つ目のヘアピンでさらに距離を詰めてきた。
「負けるか……!」
4つ目のヘアピンで、おれは覚悟を決めた。
「突っ込み勝負で負けるなら……<コンパクト・メテオ>!」
車体がオーラを纏い、風が唸る。猛スピードでコーナーを抜け、わずかに距離を広げた。
「よし……!」
だが、智姉さんのR35もすぐに追い上げてくる。彼女は軽く微笑むと、次の瞬間、おれと同じ技を使った。
「無意味だ、オオサキ。<コンパクト・メテオ>!」
R35が光を放ちながら、俺のワンエイティを追い抜いていく。その背中は、まるで別次元の存在だった。
智姉さんよりかなり遅れて、資料館前の駐車場に辿り着いた。
「待ってたぞ、オオサキ、六荒。」
「手加減したって言ったくせに、速すぎます!」
必死に走り抜けたおれは、顔を真っ赤にしながら息を切らしていた。その悔しさに、思わずため息が漏れる。
隣を見ると、六荒がシートにもたれるようにして目を閉じている。覚醒技の影響だろうか?彼の額には汗が滲んでいた。
智姉さんが心配する。
「……大丈夫か、六荒?」
彼がゆっくりと顔を上げ、智姉さんが震える声でつぶやく。
智姉さんが軽く笑いながら言う。
「確かに本気では走っていないが、オオサキを離してしまったな。」
その言葉に、胸の奥が熱くなる。まだまだだが、次はもっと追いついてみせる。
六荒が少し不安そうに提案した。
「ダウンヒルではハンデをつけて走ってみるか?」
智姉さんは腕組みをしながら答える。
「分かった。時間は1分だ。その時間で、私は出発する。」
「1分……か。」
拳を握りしめた俺の隣で、六荒は小さく息を呑んでいた。
智姉さんが時計をちらりと見る。
「じゃあ、10分休憩だ。それから始めよう。」
おれたちは車から降り、それぞれペットボトルの水を飲みながら黙り込んだ。山の静けさの中で、次の挑戦への緊張がじわじわと高まっていく。
おれたちは再びそれぞれのクルマに乗り込み、スタートラインの前に並んだ。
「行くよ、ワンエイティ!」
アクセルを踏み込み、長い直線を駆け抜ける。次のコーナーに向かって、目の前の景色が変わり始めた。
『まだ使うな……』
心の中で自分に言い聞かせる。覚醒技は、ここぞという場面で使わなければ意味がない。
第2高速区間に入ると、タイヤが路面を掴む音が耳に響き、全身が緊張で固まる。
低音のエンジン音が背後から近づいてきた。振り返るまでもなく、それが智姉さんのR35だと分かる。
「早すぎる……!」
コーナーごとに迫りくるプレッシャーに、胸の奥がギュッと締め付けられる。負けたくない。でも、どうすれば……。
最後の5連曲線に突入する。
「コーナーで離すよ! イケイケイケイケェー!」
必死にドリフトを決めるが、迫りくるR35はまるで獲物を狙う猛獣のように容赦がない。
「ここだ! <コンパクト・メテオ>!」
オーラを纏い、高速ドリフトでコーナーを駆け抜ける。しかし、それでも智姉さんは追いついてきた。
「逃がさないぞ、オオサキ!」
再び使われる<コンパクト・メテオ>。その瞬間、智姉さんのR35はおれのワンエイティを追い越し、視界から消えていった。
ゴールに着く頃には、全身が疲労で重くなり、ハンドルを握る手が汗で湿っていた。
「智姉さん、速すぎです……」
『負けたくない』という思いを胸に秘めながら、次こそは追いついてみせると誓った。
「また私が勝ってしまったな。まぁ、オオサキが本気を出すのはまだ先の話だろう」
「……それ余裕ですよね」
智姉さんの軽口に、悔しさが倍増する。でも、口答えするよりも次は絶対に勝つと心に誓うしかなかった。
「さぁ帰ろう。朝日が昇ってきたぞ。帰ったら朝ごはんだ。」
智姉さんが指差す先、山々の稜線が朝焼けに染まっている。空気はまだ冷たいけれど、やわらかな光が周囲を包んでいた。
「六荒も来い。」
「はい!」
六荒は満面の笑みを浮かべ、すぐさま応じる。そんな中、おれは控えめに尋ねた。
「俺も行っていいのか?」
智姉さんがふっと笑みを浮かべる。「もちろんだ。勝負の後はしっかり食べて次に備える。これが私たちの流儀だ。」
おれたちはクルマに乗り込み、和食さいとうへ向かった。朝の冷たい風が、少しだけ温かく感じられた。
赤城道路の5連続曲線の3つ目。そこに立つ二人の走り屋は、ただの観客ではない。
茶髪の長髪を揺らす背の高い女と、右目を黒い前髪で隠した冷静な瞳を持つ女。彼女たちの周囲には、得体の知れない威圧感が漂っていた。
「斎藤智のドリフト、どうだった?」
茶髪の女が目を輝かせる。
「……綺麗だったな。あれが本物の技術だ。」
黒髪の女が短く答える。
二人はオオサキと智の練習を見ていたらしい。その会話の端々から、斎藤智に対する深い理解が窺える。
「それにしても、赤のワンエイティ。初めて見たけど……RB26DETTを積んでるなんて、変わったカスタムだ。」
「走りも悪くなかった。だが、智に敵うほどではない。」
冷静な言葉とは裏腹に、黒髪の女の目はどこか鋭さを帯びている。
「でも、オーラはあったぜ。あの子、まだ伸びしろがあるんじゃないか?」
茶髪の女は微笑み、どこか嬉しそうだ。
「どうかな。まだ経験が足りない。仮にドリフト走行会に参加させても、勝負になるかは怪しいな。」
黒髪の女が冷静に返すと、茶髪の女は少し考え込むように視線を落とした。
やがて、彼女は自分の手のひらを見つめる。そこからわずかに青と黄色のオーラが立ち上り、風に揺れる。
「それでも、あの子は何かを持ってる気がするんだよな。オーラっていうのは技術だけじゃない。覚醒技だけじゃない、その人自身の輝きがある。」
黒髪の女も同意するように、背中から立ち上る黒いオーラをちらりと見せる。
「……なら、試してみるといい。オレたちが判断してやる。」
二人は静かに微笑み合い、その目は次のドリフト走行会を期待しているかのようだった。