自分がなって解った。中年期から始まる身体の老いではない、深刻な老いとは?
成人式も終わりホリデーシーズンが終了した。
毎年、年明けには文章を書くようにしていて、自分が新しい年を迎えた際に、どのように考えたのかという記録しているつもりであった。が、そんなものはしていなかったようである。(笑)
何はともあれ2023年になり、僕も次の3月で46歳となる。
中年をどう生きたら良いのだろう?と悩んだのも束の間、悩もうがもがこうが年月は無情にも過ぎていき、40代も中盤から後半だ。
あれこれと策を練ってみた結果。準備も大切だが、結局は起きたことへの対処&その場その場での出たとこ勝負な毎日。それが人生なのかなとも思っている。
とはいえ、自分の人生の中年時代も前半戦は終わろうとしている。
現代の100年近く生きれると言われている長寿になった人間の人生を、自分の主観にはなるが、大きく何分割か分けてみた。
少年3〜15歳まで
青年16〜27歳まで
大人28〜39歳まで
中年40〜59歳まで
高年60〜74歳まで
老年75〜死ぬまで
もし最近言われているように100歳人生というならば、中高年という期間はものすごく長いようだ。60年もある。
逆に社会に出てから、若者である期間はすごく短い。成人してから長めにみて39歳までとしても約20年しかない。
中高年の期間の1/3しかないのである。
「人生とは中高年として生きるもの」とも言えるかもしれない。
自分が年老いて来ると、必然的に周りの人間も同様に歳をとる。すると、そりゃそうだろうって話だが、自分の周りはおっさんおばさんだらけとなっていく。
最近は日々自分自身の老いと、周りの人々も合わせて、老いてきたなーって事を良く感じる。
見た目の劣化はお互い様だから置いておいたとして、自分の老いを感じるときは、は身体機能の事が多い。
その反面他人の身体的機能の老いはよくわからないが、コミュニケーションにおいての老いを感じる事が増えてきた。
よくあるパターンとしては、
・頑固で人の意見を聴かない
・異なる考えを受け入れられない
・すぐに感情的になる
・話が長くなりがち
・同じ話をなん度もする
・人の話を遮って自分の話をする
・自慢が多い
などなど、まだまだいくらでも上げられそうである。
自分のネガティブな部分や短所は歳を重ねれば、重ねるほど人が指摘してくれることは無く、自分で気づくしかない。
と言いつつも自分では多分気づけないのだ。
俺は変わってない!私は昔のままの私だ!と、思っていて、事実同じ言い回しをしても、ジジィという圧や、仕事上の立場により受けて側は色がついた状態で、受け取ってしまうのだ。
ならばどうすれば良いか?
それは、自分はもう嫌なジジィになっていると思うしかない。
自分は大丈夫だなんて思わず自分は大丈夫じゃないと思っておくことが重要である。更には感情的になったとしたら、必ずその後の言動や行動をする前に、少し考える。
それで、多少はめんどくさいジジィ的な人への負荷は避けられるのかもしれない。
でも、100%人に負荷や危害を加えないジジィには誰もなれないとも思う。
せめてもの抗い(あらがい)として2023年はできる限り、いつもニコニコ、常日頃感じの良いコミニュケーションを、とり続けるようとしようと思う。