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日本という国を作った国士 - 吉田松陰 - 留魂録

国を想う気持ちに身分など関係あるでしょうか。このままでは幕府は必ず崩壊します。私はただ、国家としてあるべき姿を忘れ国民を苦しめる幕府が許せないのです。私は一度死を覚悟した人間です。私一人の命など、国の為、同士の為であればいつでも投げ出す覚悟です。私はどれだけ脅かされても、同志や親に誓った信念を曲げる事は出来ません。

最高裁判所でそう言い放った吉田松陰は即刻死刑を言い渡される。

死刑執行まで 24時間。

そこから執行までの24時間で 松陰が残した遺書「留魂録」

魂を留める記録

24時間後に 吉田松陰 死刑によって 死す 齢29歳

彼の死後、彼の魂の記録を知った彼の生徒である志士達に最早迷いは無く。革命の本格的な狼煙はここからあげられる事となる。

吉田松陰が開校した松下村塾。

その生徒、松陰の弟子。

伊藤博文

高杉晋作

木戸孝允

山縣有朋

他多数

松蔭の死後、松蔭の魂を受け継ぎ、日本国の改革と革命に動いた弟子達。

【留魂録の内容】

評定所(今でいう最高裁判所)によばれて以降「誠」と言う字について考えてみた。国の情勢を見るに、やはり私のしている事は間違って居ない。確かな確信の上で、信念を尽くし対話を重ね、必ず幕府の人間も目を覚ましてくれる筈だと。同じ国に生きる同志として、この国を愛する仲間として、気づいてくれるはずと、命を賭けて生きてきた。しかしながら私の心はどこまでも通じず。古今東西の英雄達は時と場所に置いて相応しき態度をとって来たが、私に足りなかったのは王者の徳。私の行いが正しかったかどうかは私の死後、歴史が解読する他ない。

私はこの度の事に関して生を願う、泣きついて助けを乞う精神は微塵もない。これは、私が、学問を愛していた事が要因としてあると思う。

偉人の歴史を学ぶことは死生観を養う事に値する。無神教であり宗教の力で死を克服出来るとは考えていない。その代わりとしては、学習力と実行力がそれを凌駕する。孟子を学んだ事は死を克服する一助にして総となり得た。

人生は四季を巡る。

もうすぐこの世を去ると言うのに、私の心は安らかです。

この気持ちで居られるのは春夏秋冬四季の移り変わりに思いを馳せられるから。

その人にはその人に相応しい春夏秋冬がある。

春に種を蒔き 夏に苗を植え 秋に実り 冬に蓄える

私自身のことを考えるならば やはり 秋が来たのだと そう 実りの時が

人の命は 歳月の長さではない

百歳で死ぬ人は百歳の四季があり 三十歳で死ぬ人は三十歳の四季がある

それぞれの人にそれぞれの四季があり 確かに 実を 結んでいる

私は三十歳で収穫の時期を迎えた

同志の中に 私の心を受け継いでくれる者がいるならば それほど嬉しい事はない

いつかみんなで 収穫を お祝いしましょう その光景を夢に見ています

私はもう逝く事にします

さようなら

吉田松陰 1859年11月21日 死刑前日

至誠にして動かざる者は未だ之在らざる者なり

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