オーディション

1月からここハンガリーのバレエ団に所属している僕だが、先日舞台リハーサルを客席から見ていてふと、このバレエ団で自分は本当に働いているんだなと不思議な感覚に見舞われた。

思えば一年前は自分が今ここにいることを想像すらしなかった。
というのも、僕は去年、このバレエ団のオーディションを現地で受け、そして落ちたのだ。


そのオーディション終わりに観光へ行った僕は、ブダペストにまたがる大きな橋で手すりのような部分の上に立ち、『ここが僕のアナザースカイ』ポーズで写真を撮った。

観光を思いっきり満喫しているように見えるが、心の中ではオーディションの結果をかなり引きずっていた。


バレエ団の活動で忙しい合間を縫って、飛行機で何十時間もかけてここまで来たら今度は、人がわちゃわちゃしている状況下でクラスを受けさせられ、終わったら
はい、お疲れ様でした。バイバイ。か・・・・

あんまりだよ。

ここまできた苦労に加えて、持っていたある程度の自信までもが砕け散り、風に乗ってどこかへ飛んでいってしまったような感覚だった。

自分なりにかなり努力はしたつもりだった。特に体が細いのがコンプレックスな僕はオーディションに向けてひたすらジムに通って体づくりには全力を尽くした。

それなのに結果がついてこなかった。当時まだオーディションの経験もあまりなかった僕は、その事実を受け止めきれず、心の中で、やるせなさや苛立ち、色んな負の感情がくらーく分厚い雲のように立ち込めていた。


だからこそ、気を紛らわすために、自分がハンガリーへ来た理由を、観光へと上書きして雲をどこかへ追いやろうと努めた。その結果が先に書いた通りだ。

そんな調子で観光を続けていると、突然見知らぬ番号から電話がかかってきた。番号の下には、なんとかニスタンというような縁もゆかりもない国名が記されている。

多分間違い電話だろう。普段の僕だったら無視しているところだったが、正常な精神状態ではなかった僕はもうどうにでもなれ、と電話に出て、ヘイ!ワッツアップ!と威勢よく話しかけた。

電話の先にいたのは母だった。

血の気が引いた。

国際電話だと発信先に変な国が表示されることをこの日学んだ。


その後、共にオーディションを受け、僕と同じくいい結果には恵まれなかった日本人数人(この日日本人の合格者は0だった)とショッピングモールのフードコートでアジアのどこかしらの国の料理を食べに行った。

そこにシュウくんという一人の男もいた。

古くからの知り合いで、彼とはワークショップやコンクール、あらゆる場面で幾度となく遭遇してきた。フレンドリーで喋り出したら止まらないチャーミングさを兼ね備えており、その日は彼の明るさに助けられた部分も大きかった。

料理の味なんてもはやどうでもよく、今日のオーディションや日頃の愚痴をお互いに言い合った。

ふざけた会話が多かったが、会話のふとした隙間にシュウくんをはじめとする皆のバレエに対する熱い気持ちが覗き見えた。

みんな一人一人通ってきた道は違えど、夢見るバレエ団に入りたい、という目標はそれぞれが持っており、それに向けてどんな苦労も厭わずとにかく前へ、前へと進もうとしていた。

自分もここで落ち込んでいる暇はないな、と痛感させられた。

心の中の雲はいつの間にかどこかへ行ったようだった。


翌日。

帰りの飛行機に乗り込むちょうどその頃日本では成人式が行われていて、小中学時代の友達から楽しそうな写真がたくさん送られてきた。

当時の担任の先生からビデオメッセージまで届いた。

成人式に出席できない上に、みんなと電話の一つもできないままこれから十何時間も空の上で缶詰状態。か・・・

あんまりだよ、、

飛行機は無常にも離陸し、僕を薄暗い雲の中へと引き戻していくのだった。

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