絵画の楽しみ方教えます。 その5-1
初めに
好評につき、この「絵画の楽しみ方教えます。」シリーズも「その5」になりました。今回はどの様な絵画を扱っていこうかと考えました。まぁ、この本の題名が「絵画の楽しみ方教えます。」ですからね。とりあえず苦しくならない程度の絵画をチョイスしなければなりませんね。
しかも、ありきたりの美術解説書になってはつまらないし、この本でしか得られないような内容でなければお金を払って読んでいただけないですからね。
私の場合、レオナルド・ダ・ヴィンチの絵画がどうしてもメインになってしまいます。というか「最後の晩餐」「モナ・リザ」「受胎告知」「岩窟の聖母」「キリストの洗礼」が終わるまで致し方ない面もあります。モナ・リザはまだ続きがありますが、最後の晩餐と受胎告知は一応、書き終わっていますので、今回は岩窟の聖母を取り上げたいと思います。が、その前に少し変わった絵画から始めたいと思います。そこで今回取り上げるのは、ヤン・ファン・エイクです。レオナルド・ダ・ヴィンチより古い画家です。さてどんなことになりますか。お楽しみに。
ヤン・ファン・エイク
ファン・デル・パーレの聖母子(1434年)グルーニング美術館
今回初めに取り上げるのはヤン・ファン・エイクの『ファン・デル・パーレの聖母子』です。聖母子とおっさんが3人。いや失礼。男性が3名居る絵です。終わり。なんちゃってね。何はともあれ、どんなシチュエーションなのか説明しなければなりませんね。
ウィキペディアより
『ファン・デル・パーレの聖母子』は初期フランドル派の画家ヤン・ファン・エイクが描いた絵画。オーク板に油彩で描かれた大きな作品で、1434年の秋に制作依頼を受け、1436年に完成した。この作品は依頼主の自身が所属する教会に対する献身と、後に自身が埋葬されるブルッヘの聖ドナトゥス協同教会での墓碑祭壇画としての使用を目的として制作依頼されたものと考えられている。複雑で精緻な空間描写、寓意表現がなされている作品で、中東製の絨毯が描かれた幾多のルネサンス期の絵画のなかでも白眉といえる作品であり、後の装飾写本にも大きな影響を与えた作品である。絵画における仮想的空間描写 を革新した作品で 、1432年に兄フーベルト・ファン・エイクと共作した『ヘントの祭壇画』以降の作品において、ヤン・ファン・エイクの徹底した写実主義が如実に表れている大作の一つだと見なされている。
アダムとイヴの彫刻などで飾られた玉座に座り、幼児キリストを膝にした聖母マリアが描かれている。マリアが座る玉座に表現されているアダムとイヴはキリストの磔刑ならびにキリストの復活の予兆であり、そのほかに旧約聖書のエピソードも画面中に表現されている。敬虔な雰囲気の屋内でマリアは中央に位置し、その周りを小さく囲むように、右側に依頼主ファン・デル・パーレの守護聖人である聖ゲオルギウスが中世の壮麗な騎士の甲冑に身を包んだ姿で、左側にはブルッヘ聖堂参事会の守護聖人である聖ドナトゥス が描かれている。
描かれている二人の聖人の名前が、青銅を模した画面最下部の縁にラテン文字で刻まれている。聖ゲオルギウスは、自身の前にひざまずいて描かれたこの絵画の依頼主たる律修司祭ファン・デル・パーレと聖母に敬意を表して脱帽した姿で描かれている。白いサープリスを着用したファン・デル・パーレが手に持ち、読み上げているのは時祷書である。
・・・・だそうです。読みました?ああ面倒くさい。私はコピペなので楽ですが、読むだけで疲れます。もっと詳しく知りたい方はウィキペディアを参照してください。早い話が白い服を着たお爺さん「ファン・デル・パーレ」が、もうじき死ぬので、墓に飾る絵を描いてくれという依頼で、ヤン・ファン・エイクが描いたということです。詳細は書きませんが、ウィキペディアによれば聖職者として経済的に成功したとも書かれています。聖職者で経済的に成功したと言うのも変ですね。まぁ上手くやってお金もあったのでしょう。一見、厳かな絵画の様に見えます。そして圧倒的な描写力に惑わされ、私たちは何か見落としているような気がするのです。
そんな中、私は気が付いたのです。私が気になった部分は聖母マリアの顔です。
皆さんにダウンロードで負担をかけては申し訳ないので画質を落としてあります。見えるかどうか心配ですが、マリアの頬をよく見てください。涙が流れた跡が見えませんか?たくさんの涙が流れ、しかも涙は枯れ果てて乾いています。
なぜこんなに悲しんでいるのでしょう。このことに言及している書き込みを私は知りません。
続く・・