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次女ちゃんハート日記・再開・2

ヘッダーはオトンの隣に座る次女ちゃんです。

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今回の「次女ちゃんハート日記・再開・2」は、現在の次女ちゃんと家族の様子。
「次女ちゃんハート日記・再開・1」の続き、退院した時の様子。
そして、今の私の気持ちを書きました。

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現在の次女ちゃん

殆どの時間、家庭用の酸素ルームを一番高濃度にして過ごしています。
一日に数回、15分〜20分くらい酸素ルームから出て、ご飯とお水、ちゅーるで服薬、トイレ。
そしてオトン、三女ちゃん、私の側で楽しそうにしています。
短い時間でも隣で寄り添えることの幸せ。
けれど呼吸はどんどん苦しくなる。
私は複雑な気持ちで次女ちゃんを酸素ルームに戻します。今では嫌がりません。自分のお部屋だと認識したようです。
長時間酸素ルームで、短時間外で過ごしています。

三女ちゃんと添い寝

今は一番高濃度なので窓を開けれません。酸素ルームに入っている時、透明の酸素ルームだから見ることはできますが、側にいるけれど触れることはできません。

見えるけど触れられない
窓を開けると酸素濃度が下がる

酸素ルームからお部屋に出るのは楽しいけれど、外にいたことで呼吸が苦しくなり、酸素ルームに戻ると静かに寝ています。

毎晩、オトンが寝た後、酸素ルームの次女ちゃんを私の隣にいる三女ちゃんと眺めながら考えていました。

今どうしてあげたら良いのか?
自然の生命の始まりと終わりとは何か?
私は何をしているのだろう?延命?楽しく過ごしてもらいたいの?
奇跡的な回復を期待している?それは次女ちゃんにとって良いことなの?
次女ちゃんの意志を尊重するための酸素ルームなのか?
次女ちゃんは意志を声に言葉にして伝えられないし、自分がどんな状態なのかも分かっていないのかもしれない。
次女ちゃんは今幸せだろうか?
呼吸を苦しくさせたくないという私達家族の願いのための酸素ルームなのか?

考え続けて眠剤を飲んでも朝3時まで眠れません。
6時にはオトンの朝食に合わせて起きます。

何が正解とかないのだろう。

と思いながらも眠れぬ夜を過ごしています。

夜、家族みんなと触れ合ってから
酸素ルームで休む次女ちゃん

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「次女ちゃんハート日記・再開・2」は、書き始めてもどうしても手が止まってしまい、なかなか進みませんでした。
でも書いておきたい。
そう思いながら。

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次女ちゃん

3/26突然の口呼吸で今年3度目の呼吸困難。
今回は今までより状態が悪い。
動物病院の高濃度酸素ルームでも50%の確率(生存率)であり、今自宅に帰ると数時間です。と言われ、息子と相談し入院させることにして、獣医さんの懸命な治療でなんとか持ち直しました。

私は、また今回も同じように回復すると信じていました。
息子が友達に危篤だと連絡していているのを聞き、冷静になり助かる確率は50%なのだと気付きました。
回復しても今まで通りの生活はもうできないのだろう。
次女ちゃんにこれ以上「頑張って元気になって!」と思うのは違う。
「よく頑張ったね、静かに楽しく過ごそうね。」現実を受け入れようという気持ちになりました。

「やっぱり我が家で、家族と共に過ごさせたい。」

息子と私で話合って決め、獣医さんも私達家族の気持ちに寄り添ってくださり、家で過ごすためのことを細かく教えてくださいました。
急いで自宅に家庭用酸素ルームをレンタルし、設置して退院。

次女ちゃんは、3/26の夜
急に口呼吸で呼吸困難になり、動物病院に連れて行き、入院しました。という取り急ぎの報告を「次女ちゃんハート日記・再開・1」に書きました。

退院した日

退院するのに動物病院の高濃度酸素ルームから出て、自宅へ車での移動で既に呼吸が苦しそう。
帰宅して直ぐに設置したばかりの家庭用酸素ルームに入る。
始めは何に入っているのか、どうして入っているのか分からず、戸惑っていた次女ちゃん。

こちらは初めて家庭用酸素ルームに
入った時の次女ちゃん

この後、直ぐにグッタリして寝ていました。

そろそろ外に出るお時間ですか?

退院し、酸素ルーム生活を始めた次の日の朝、見に行くと起きていて、ぱっちりお目々で外に出れるのを待っている次女ちゃん。
丸窓が少し開いているのは、酸素濃度を調整するためです。

この頃は、室内の酸素濃度に近い家庭用酸素ルームの標準濃度で過ごせていました。

その数日後、また状態が悪くなり、獣医さんと相談し、動物病院には連れて行かず、酸素濃度を上げて過ごすことに。
窓も閉めきりになりました。

退院した時と今現在の違い
お外でも酸素マスクつけてないのよ

ご飯や服薬、トイレで外に出た時、私の布団でリラックスしていた次女ちゃん。

お姉ちゃんがいつも入ってるコレ
にゃにかな?

その間に、三女ちゃんが気になってウロウロ観察。

これはわたしのイスにゃの

いつもの定位置に。

そろそろオヤツの時間だよねー
まだかな?
まだ早いみたいだねー

三女ちゃんとおしゃべりも楽しそう。

日向ぼっこで仲良くお昼寝

つかの間の外での時間を楽しむ。

母ちゃんスマホ終わり!
わたしとおしゃべりするんだにゃ!

この頃の私は、本当に呼吸が苦しいのかな?
回復したのでは?と期待してしまう。
でも、短時間で呼吸が荒くなりハッとする。

酸素ルームに入るとしばらく
部屋を見つめている

「わたしまだ元気だからみんなとお部屋にいたいの!」
でも、背中を見ると呼吸が荒い。酷くなる前に酸素ルームへ。
この顔を見ると出してあげたくなるけどグッと我慢。

呼吸が苦しくなる前にゆっくり酸素ルームで休もうね。
みんな近くにいるよ。

酸素ルームの次女ちゃんの隣で
爪切りするオトン

オトンが横にいるから安心して寝ている次女ちゃん。
みんなが集まるTVの部屋のコタツの横に酸素ルームを設置しています。
穏やかに過ごしていました。

数日後、突然酸素ルームの中なのに呼吸がとても苦しくなり、回復しない。
獣医さんと息子と相談し、動物病院には行かず、酸素濃度を家庭用の酸素ルームで一番高くまで上げて、そのまま家で過ごさせてあげることにしました。

私は、呼吸が苦しくなっても酸素ルームの外で家族と触れ合いながら過ごさせたいと思い、息子に連絡し相談しました。
息子は、それはじゅんみはさんの気持ちであって、次女ちゃんはかなり苦しくなる、更に呼吸が辛くなる。
じゅんみはさんや俺が思っているよりも次女ちゃんの変化は早いのだろう。次女ちゃん自身もそれは分かっていないと思う。
なるべく呼吸が苦しくならないように酸素ルームで辛くならないようにして見守ろう。と言われました。
そうだね、うんわかった。
それからは葛藤しつつも、なるべく呼吸が苦しくない楽な状態で見守ることにしました。

ですが、毎晩オトンが寝てから台所の椅子に座り、隣の椅子にいる三女ちゃんと一緒に高濃度にした酸素ルームの中で静かに寝ている次女ちゃんを眺めていると、いろいろな思いが混ざり合い悩んで考えて眠れなくなりました。

3時頃やっと眠れる。
いつも私のベットの右側にいた長女ちゃんもいない。私の上で甘えてからお腹の横で寝ていた次女ちゃんは酸素ルームだ。
切ないけれど仕方がないんだよと自分に言い聞かせ眠る。
もしかしたら、もしかしたらもっと回復するかもしれない、でもそれは期待してはいけないと思いながら。

4時にはオトンがTVを観るのに起きる。
そしてTVを観ながら次女ちゃんの見守りをし、私が起きる6時頃に、次女ちゃんを外に出してくれる。次女ちゃんが「おはよう!」とベットに来てくれる。

今までの日常と同じようだと錯覚するが、違うのだ。
でも嬉しいよ、母ちゃんとっても嬉しいよ。
酸素ルームをきれいに掃除して、毛布を整えてから「次女ちゃん、オトンと三女ちゃんと一緒にご飯食べようね。」とご飯を用意する。楽しく食べる。
そして次女ちゃんは酸素ルームに戻り安心して寝る。

・・・

ある日私は一人で抱えきれなくなった。

息子と連絡して相談することはできても、一緒に住んではいないので、次女ちゃんの側にずっといて夜悩んでいるのは私一人。オトンもいてお世話して見守ってくれているけれど、そういう相談は苦手だからできない。

毎日夜中に、始めに書いたような気持ちになってしまう。
ちょっと家から離れて自分の時間を作り、落ち着こう。

友人達と会う出掛ける予定を全てキャンセルしていましたが、このままでは心が壊れて、家族みんな共倒れになってしまうかもと思い、次女ちゃんの付き添いのために会うのをキャンセルしてもらった友人達に急遽連絡し、私のわがままで申し訳ありませんが、やっぱり会って話を聞いてもらいたいですとお願いしました。
次女ちゃんのお世話をオトンに任せて。オトンも行っておいでと言ってくれた。何かあったら直ぐに帰ることにして。

友人達には、会うとか会えないとか、やっぱり会いたいですとか、とても振り回してしまったけれど、みんな優しかった。

息子の幼馴染で親友、子どもの頃から自分の息子のように思っている工藤将也君のソロライブにも、ずっと前からとても楽しみにしていたので行くことにしました。
同じく息子の幼馴染で子どもの頃から可愛がっている娘のようなAちゃんと一緒に。次女ちゃんのためにいつも助けて支えてくれているAちゃんも、久しぶりに工藤君に会える、ライブで歌が聴けるのを楽しみにしていたので。
息子も仕事帰りに来て会えた。

思い切って出掛け、私の大切な友人達や、息子や娘のように可愛がっている息子の親友達、息子といろいろなことを話せた。
オトンも張り切って次女ちゃんのお世話をしてくれた。
みんなの優しさ暖かさで私の心は落ち着いてくる。

次女ちゃんも私が一人で悩んでいた時よりも安定しているように感じる。

数年振りに会った友人が、じゅんみはさんは、昔から誰かのためにを頑張ってしまう人だった。今も結局、私はもう頑張れないのと言いながら、頑張らないを頑張っているじゃない。
自分自身が幸せじやないと周りの人達も幸せにならないよ。
じゅんみはさんが私に会いたいと思って、私と会って話たことで元気になったよ!と笑顔を見れたのが嬉しい。と言ってくれた。彼女は介護職時代の先輩であり、大切な友人。一緒に沢山の人達の看取りをし、その話もした。

彼女も、別の大切な友人達もキャンセルしていたのに当日の私のわがままで、かなり振り回してしまったのに、楽しい時間を一緒に過ごしてくれて優しく寄り添ってくれた。

次女ちゃんも呼吸が苦しい中で、優しい子だから私を心配していたのかもしれない。ホッとしたから安定したのかも。
オトンもホッとしていた。

大切な愛する次女ちゃんを見守るには、先ずは自分自身が幸せな気持ちでいることが大事なのだと、大切な周りのみんなのおかげで気付けました。

私はこれからも酸素ルームで過ごす、ゆっくりと体調に波のある愛する次女ちゃんを見守ります。

まだ3時頃まで眠れないのは続いているけれど、そのうちきっと眠れるようになる。
後どのくらいの時間を次女ちゃんと一緒に過ごせるのかは分からない。

もしかしたら奇跡的に回復するかもしれない。
それを期待するのはいけないことだと思っていたけれど、そんなことはない、私の気持ちを素直に受け止めて良いと今は思う。
でも「頑張って元気になって!」とは思わない。それも私の素直な気持ち。

次女ちゃんを見守り続ける。
周りの人達の優しさや暖かさを受け取って、自分の気持ちも見守りながら。

それが次女ちゃんも穏やかに過ごせたり、幸せに繋がるのかもしれない。

何が正解かはないと思うし、正解を求める必要もないのだろう。
後悔はしたくないけど、することもあるかもしれない。それでも良いんだよ。
ゆっくりゆったりと寄り添い続ける。
家族みんなで、笑ったり怒ったりいつもの日常を過ごしながら。

次女ちゃんを愛しているから。


外に出た写真を撮っていたら
どんどん近づいて来て
どアップになった次女ちゃん

可愛い。親バカだけど可愛い。
三女ちゃんも、私も撮って!と寄って来て、可愛い三女ちゃんとオトンも沢山撮影しました。

パピヨンベイビーと鼻チュー♡

Aちゃんが次女ちゃんのお見舞いに、パピヨンベイビーを一緒に連れて来てくれた時の写真。
次女ちゃん、良かったね!

介護職時代からの友人が
作った紙粘土のケーキ

ご入居者様のために紙粘土で作ったそうです。美しくて素晴らしい。彼女のずっと変わらないご入居者様への思い、優しさに心が暖まる。数年振りに会えて嬉しかった。

桜も見れた

友人達がお花見に連れて行ってくれた。沢山お喋りして美味しいご飯を食べて笑って、楽しくて幸せな時間。

工藤将也君のソロライブ

最高の歌で感動し心も体も踊った。子ども達が成長し大人になって輝いているのを見て元気をお裾分けしてもらった。息子の親友達がじゅんみはさん!と声をかけてくれて涙した。

眠そうな同じ顔をしている

仲良し次女ちゃんと三女ちゃん。
酸素ルームから出るといつも一緒にベットでくつろいでいます。
見てるだけで私も幸せ。

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とても長い「次女ちゃんハート日記」を読んでくださりありがとうございます。
次女ちゃんもきっと喜んで、みなさんの優しさが伝わるのではないかと思います。

心より感謝申し上げます。

また、ゆっくり時間をかけながら「次女ちゃんハート日記」を続けて書いていきたいと思っております。











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じゅんみは
読んでくださりありがとうございます! 嬉しくて飛び上がります♪ 私の心の中の言葉や絵を見て何か感じてくださればいいなと願いつつ。