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小説|目と指

使い込んだ木のまな板。ほうれん草を包丁で切っているのが見える。

バターの香ばしいにおいのするフライパンで、ベーコンと切ったほうれん草が手際よく炒められる。程よく火が通った頃、溶かれた卵が入れられ、混ぜながら軽く火を入れる。フワフワのほうれん草とベーコンの卵炒めがお皿に盛りつけられ、テーブルに置かれた。

真知子さんは十数年前、病気の後遺症で突然全盲になったそうだ。病院で意識が戻った時には何も見えない、明かりも感じない真っ暗闇の世界に変わっていたと言う。
それなのにさっきは、まるで見えているかのように料理をしていた。

二人で熱い紅茶を飲みながら話をしていると、真知子さんは見たことのない機械を持ってきた。少し厚みのある白い紙にその機械でカチカチと音を立てながら何かを始めた。
「何をされているのですか?」「点字で小説を書いているのよ。」「小説?ですか。」
「先天性や後天性で目の見えない人達に指で読んでもらうの。指から頭の中伝わり、まるでお話に入り込んだように情景や登場人物の心情を感じてもらうことが出来るでしょう。心で見える。心に明かりが見えるのよ。」「そうなんですか。」

真知子さんはふと手を止め私を見た。「紗織さんは丸顔で笑顔が可愛いわね。」「あ、ありがとうございます。でも見えないし触ってもいないのになぜ分かるのでしょうか?」「一緒にいればね。でもあなたの目の奥はとても寂しそうだわ。」全て見透かされているようで何も答えられなかった。

帰りに海に寄ってみた。
大切な人をなくした海。ずっと来ることが出来なかった。あの時見たものを忘れたいのに目の奥に焼き付いたまま。目が見えなければ良かったのにとまで思っていた。
目をつむって浜辺を歩く。景色は見えないけれど、閉じた瞼には灯台や車のライト、月の明かりを淡いピンクや黄色の光に感じる。
私の中の何かが変わった。

光すら全く見えない世界が私には想像がつかない。真知子さんは見える世界に生きていたのに突然真っ暗闇の世界になり、一体どれだけの悲しみや苦しみを乗り越えて来たのだろう。
今は家の中でテキパキと動き、明るい表情でお茶を飲みながらお話をしたり、点字で小説を書く。

その小説を指で読む人。
私は目で小説を読む。
きっと頭に広がるお話の世界は同じなのだろう。頭から心へとお話が沁み込むのも。
真知子さんは、目で見えないからこそ、共に過ごす人達の目の奥の心まで気付くようになったのかもしれない。

ベッドに横になる。照明を消し、もう一度目をつむる。瞼も真っ暗だ。

「私も小説を書こう。誰かの心に、そして私の目の中にも明かりをともすようなお話を。」

(1080文字)

・・・

憧れの「ピリカグランプリ」応募作品です。

私は生まれて初めて小説を書きました。
作文すら書けなかった私の挑戦。
小説になっているのかな?とどきどきしております。

素敵な企画の運営をされているみなさん、
参加してみては?と声を掛けてくださったピリカさん、
感謝しております。


読んでくださりありがとうございます! 嬉しくて飛び上がります♪ 私の心の中の言葉や絵を見て何か感じてくださればいいなと願いつつ。