命がなくなるということ
おはようございます1
ピラティスインストラクターのJUNです!
いつも元気印の私ですが、今日は少し・・・すみません。
この日曜日におばあちゃんが亡くなりました。
102歳ということもあり、会いに行ってもベッドでずっと眠っていて
会話もほぼできない状態でした。
寂しくない訳ではないけど、寝たきりになってしまってからのおばあちゃんは、自分の自由がほぼ皆無。
生きているけど、おばあちゃんって幸せなのかな?という思いもありました。
だけど、命がなくなるその時は、誰にも選べない。
こんな事を言うのは不謹慎かもしれないけれど、やっとおばあちゃんは自由になれたんじゃないかな。
こんなにも綺麗に咲き誇る桜を、おばあちゃんも見に行けているんじゃないかと、今朝考えていたほど。
実は、これまでも何度も危ないことがあり覚悟は決めていたし、
「ありがとう」も何度も何度も伝えるチャンスがありました。
自分の中では悔いのないお別れだったと思うんです。
実際おばあちゃんの死後、私の生活は何一つ変わらない。
だけど、今朝起きたときに声が出ませんでした。
風邪をひいたようです。一体全体、いつぶりでしょうか笑?!
(おバカなのか、ほんっっとに風邪をひきません)
考えてみると、やっぱりこの一週間はものすごく心が揺さぶられたので
疲れているんでしょうね。
一番こたえたのは、父の涙でした。
自分のお母さんだもんな。
おばあちゃんとのお別れはなんとなく想像していたけれど、
普段あまり感情を表に出さない父のあの表情は想定外でこたえました。
自分の母親との永遠の別れを迎えてしまった父の気持ちを思うと辛すぎて・・
きっと、私はそんな父の涙をとっぱらうように
変に笑顔でその場を少しでも明るくしようとして無理をしたんだと思います。
泣くことは、悪いことでもなんでもないのにね。
悲しみに蓋をする必要なんてないのにね。
私はいつもの癖で、みんなに笑っていて欲しかったのかもしれません。
一番辛い人が目の前にいるから、自分ががんばらないと!と無理をしてしまったのかもしれません。
今になって・・・涙がでてきました。
私も、父と一緒に泣けばよかった。
「涙=辛い」じゃあないんだよなぁ。
自分のココロに正直に生きていこう!って思ってるのに
まだまだですね。
今日はゆっくりと、桜の花でも眺めながら過ごしたいと思います。
おばあちゃん。
今どこにいるのかな〜
みなさんも、素敵な1日を。
JUN
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