パーティで学んだアルゼンチン
今日は、またパーティにではかけました。
なんでこんなにパーティばかりなのか、と思ってしまいますが、アルゼンチンのひとは、パーティ好きのようです。
今回も、誰のパーティ行くのかよくわからず、とりあえず着替えて夫とバスに乗ります。
降りたところから、歩いて行くのですが、ちょっと、そんなにきれいな街並みって感じではないです。
家から隣の家へ、家の前を通って歩くのですが、それもがたがたして高さが違っていて、歩きずらい。
そうしていると前の方に、グリーンのTシャツを着ている男性がいて、彼が夫の友だちで、出迎えてくれました。
昨日の夜のパーティは夫が企画したもので、そこに遅れてきた男性でした。
スペイン語の密度が一気に高まって、スペイン語での会話には入れないわたしが、さっとそこから抜け出したのに、
またここでこの男性に会うとは。
太っていて、でも、どうしようもなく脂肪というよりは肩幅がしっかりあって、体格いい感じです。
息子が3歳になった誕生日パーティでした。
そこは、ガーデンで気ままにパーティで、
真ん中に置いてあるテーブルには、
エンパナダ(餃子がでっかくなったようなやつ)
スナック菓子
ジュース
など置いてあります。
今まで会ってきた人たちと、ここのパーティの人たちは、ちょっと違っています。
なんとなく、かっこが派手だったり、体型は、みんなぽっちゃり気味だったり。
ラテンらしく、惜しげもなく露出しています。
ニセモノぽいGUCCIのヘソだしタンクトップや、真っ赤なブラジャーにスケスケのヘソだしTシャツを着て、髪の毛はピンクのエクステが細かく編み込みされているひとたち。
低所得者のひとたちってこんな感じなんだよ
って夫が隣でささやきます。
確かに、建設会社を営む社長である彼の友人宅では、見かけない層のファッションと体型です。
なぜ、低所得者層が太っていて、ファッションが奇抜なのかは、よくわかりません。
夫は、
誘ってくれた友人と、むかしよく遊んでたんだ。悪いことしたり、ダンスパーティに行ったり
そういうグループのひとりだったの
死んじゃったやつもいるし、刑務所入っちゃったやつもいるし、おれたちは、サバイバー、生き残りしたひとたちってこと
と教えてくれます。
帰ってきてから、
小さい時から、ああいう低所得者層の友人たちと、プール付きの家をもつお金持ちの身内と、両方いたの。
両方みてた。
そういう環境だったの。
と話します。
昨日のパーティでも、発見がありました。
お金持ちマドリーナの夫は、お医者さんで、
彼が、
カトリックはね、豊かさがあるなら、貧しいひとにシェアしなさいっていう教えなの。
って言っていたことです。
日本は、仏教国で、恥を感じる文化
クリスチャン国は、罪を感じる文化
と聞いたことがあります。
じぶんが豊かなのに、貧しいひとがいる。
そして、それを分け与えてみたら、それは犠牲感を感じるものだった。
出会った頃の夫はまさにそんな感じで、
友人にかしたお金が戻ってこない。
ということで、人不信になってました。
お金のないひと(その人は収入以上にいい車買ったりしちゃってるひとでした)にお金かすなんてありえないでしょ
とわたしが言うと、
大切なひとが困っているんだから、助けるのは当たり前でしょう!
と言っていた夫。
カトリックの教え
持っているなら分け与えること
をしないと、罪悪感を感じるような、気持ちだったのかなって思います。
はちゃめちゃで、このひととほんとに結婚するの!?
と思いながら、結婚しましたが、
夫のバックグラウンドを知れたこの旅は、やはり有意義なものでした。
そして、わたし自身にも学びを与えてくれた旅です。
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