演劇プロデューサーが見る景色
「舞台を創造する」シリーズ2本目は、演劇プロデューサー目線のお話しをお届けします。(公開にかなり時間がかかってしまいました…)
舞台・演劇のプロデューサーってどんな仕事をするの?
と思う方も多いと思いますが、やはりこちらも前記事同様、
その作品、その現場、その劇団、その制作会社によりプロデューサーの仕事は様々です。
「この記事はごまんとあるパターンのうちの1つである」と思ってください。
お楽しみいただけたら幸いです。
お金を用意する責任者
最初の見出しからはっきりと書いてしまいました。
私がその昔、演劇素人だった頃にベテラン大御所プロデューサーが言っていた言葉があります。
「プロデューサーは金持って来るのが仕事だ。役者やタレントにちやほやされたいだけの奴がやれる仕事じゃない」
極論です。
プロデューサーは、予算調達や管理、そしてスタッフ人事など、制作全体を統括する現場の責任者であり、商業的な成否(黒字か赤字か含め)についての責任を持ちます。
弊社の場合は公演にスポンサーをつけていませんので、
社内での予算が興行全体の予算となります。
「社内の予算だけでは足りない」となった時、
スポンサーを探して広告等の出稿をお願いしたり、
製作委員会方式にして予算を増やしたりする判断をするのが、
プロデューサーの役目というわけです。
最初から製作委員会方式の場合は「自社がいくらお金を出せるか」を決めたりもします。(出資比率も関係します)
公演の予算決めについて
公演の予算というのは大きく2パターン存在します。
①劇場の座席数とチケット代から算出する場合
②最初から○○○万円と決まっている場合
今回は①のパターンのお話しをします。
座席数が100席の劇場で、8公演の興行を行います。
チケット代は4,000円。
総席数は800席です。
800×4,000円=3,200,000円がチケット収益です。
しかし、これは満席になった場合の金額です。
(ここからプレイガイド等へお支払いするチケット販売手数料が引かれるので、まるっと入ってくることはありません)
8公演ということは、劇場を一週間借り、水〜日までの5日間で8公演というのがよくあるパターンだと思います。
水・木が1公演、金〜日が2公演で計8公演だとします。
人気があり、発売と同時に全チケットが完売するという公演でない限り、水〜金の平日公演は良くて7割程しか埋まらないことがあります。ときには3割しか入らない公演もあります。
となると、満席になった場合の金額で予算は組めません。
私がその某ベテラン大御所プロデューサーから教えられた、安牌である予算の算出方法は、
満席×60%=総予算
の計算でした。
上記の場合ですと、
800席×60%=480席
480席×4,000円=1,920,000円
が総予算となります。
この時点でお気づきの方もいらっしゃると思います。
「予算、足りなくない…?」
そうです。足りません。
ここで、プロデューサーが働かねばなりません。
まず、60%で計算したものを期待を込めて70%にしてみます。
800席×70%=560席
560席×4,000円=2,240,000円
少し増えました。
ただ、これは見込み動員数を期待して増やした状態です。
70%埋まらなかった場合は……
考えただけで心の臓が痛くなります。
合わせて、予算をかけずに宣伝強化出来る方法を考えます。
公演グッズを作る
次にグッズを販売するという予算の増やし方を検討します。
公演パンフレット、ブロマイドが販売出来るとします。
「写真って1枚何十円とかで印刷出来るんだし、すごく儲かるでしょ」
とお思いの方もいらっしゃると思いますが、
販売出来るグッズを作るということは、製造費はもちろんのこと、そのための撮影が必要になります。
・撮影スタジオレンタル
・カメラマンさん
・ヘアメイクさん
・衣裳さん
・役者さんの稼働
・当日のケータリングなどなど
そして撮影データを入稿出来る状態にするまでに、
・レタッチ
・デザイン
が入ってきます。
そこに初めて製造費が計上されてくるということです。
これだけの時間と予算をかけて製造されたブロマイド。
5枚1組1,000円で販売されていたとして、何セット売れたらリクープなのか、
そういうことを考え計算し、ブロマイドを作るかどうかを決めていかなければなりません。
そしてこれも、「このくらいは売れるだろう(売れてほしい)」という予想でしかありません。
グッズの売上に大きく期待しすぎてしまうと、こちらも見込みですので、
もし「思ったよりも売れなかった…」ということがおきた時、
取り返しがつかないことになってしまいます。
グッズはロイヤリティを役者さんにお支払い出来るものなので、なるべく作りたいと私は思っています。
(通常はアンサンブルキャストのグッズはなかなか出ないですが、そういう理由で弊社はアンサンブルキャストのグッズを作って来ました)
どんなグッズを作るのか、それをいくらで販売するのか、それらも最終決定はプロデューサーの仕事です。
小劇場演劇のだいたいが、儲けるためでなく公演予算を補うためにグッズを作っている印象です。
スポンサー(広告主)を探す
小劇場の公演でスポンサーをつけることはとても難しいことです。
スポンサーがついてくれたとしても、5万円・10万円くらいが限界ではないでしょうか。(後援とついているものは殆どが名前を貸しているだけでスポンサーではありません。)
例えば、
・公演パンフレットに広告が載っているもの
・公演のタイトルや冠に企業名が入っているもの
・公演チラシに広告が載っているもの
などなどが、公演にスポンサーがついている場合です。
大きな劇場での興行ではよく見かけますが、小劇場では殆ど見かけないと思います。企業がスポンサーをする・費用を出す、となると、どうしても「動員数」「チラシの発行部数」「パンフレットの発行部数」「それらを手にするお客様の層」という、【費用対効果】が重要になってくるのも十分理解できます。
コンビニや書店で販売されている雑誌の表紙裏の広告で、だいたい50万〜250万が広告掲載費です。
何万部〜何十万部と発行されている雑誌の場合です。
今回想定している公演規模(総席数800)の場合、パンフレットの印刷部数は100冊〜200冊といったところが妥当です。
チラシの印刷枚数も1万枚程度、折込先が無ければ500枚なんてこともあるでしょう。また、チラシに企業の広告が掲載されている場合は折込費用が別途計上されることもあります。
パンフレットやチラシに広告を掲載し、その費用として5万円〜10万円払って頂く、というのが一番やりやすいスポンサー集めではありますが、これでどれだけの予算がまかなえるのか、そして、広告だらけになったチラシやパンフレットの「作品としての見え方」も、考えねばなりません。
協賛とは
協賛とは、資金やその他の協力をすることです。例えば、資金は出さないけれど、「小道具を無料〜格安で貸してあげます」という場合も、「衣裳を無料〜格安で貸してあげる代わりにInstagram等でタグ付けて投稿してね」という場合も、協賛になります。
そういった「その他の協力」に加え、資金の協力をすることもあります。
スポンサーより、小規模なイメージです。
妥当なチケット代ってなんだろう
近年、新型コロナの影響で演劇のチケット代も高騰しています。
新型コロナ以前であれば、3,500〜4,000円くらいの公演が多かった劇場で、今は5,000〜8,000円なんて数字をよく目にします。
場合によっては10,000円を超えてくることも。
ただ、上記の予算決めを読んで頂いた通り、お気づきの方も多いと思いますが、小劇場の演劇というのは儲かるものではありません。
出演者やスタッフが、その公演にかけた日数分の給料が貰えているのかと言ったら貰えていないのです。
役者は稽古期間中のギャラは無く、舞台本番の公演数×○○○円という計算式が通例です。
出演料が1ステージ10,000円の場合、8公演で80,000円、
そこに個人ブロマイド等のグッズロイヤリティ(売上に対してのバック)が加わって81,000〜95,000円(税別)くらいになる、というのがよくあるパターンです。
事務所に所属している場合は、そこからマネージメント料が引かれ、所得税を引かれ、振り込まれます。(芸能人は源泉所得税が高めに設定されていますが、確定申告をすればだいたいが戻ってきます。)
これの何が恐ろしいかと言うと、稽古期間と本番期間合わせ約1ヶ月ほどかけてこの金額であるということと、1ステージ10,000円貰える役者は50枚〜80枚のチケットを売ってほしいと要望(条件)がついていることが多いのです。(枚数はチケット代や公演数によります)
マネージャー的観点から言うと、これでは役者は生活できませんし、長く続けられるものではない、という判断に至ります。
現場を掛け持ちさせたり、バイトができるようスケジュールを調整したりすることでサポートをしていきます。
しかし今回の記事は【プロデューサーから見る景色】ですので、その目線で言えば、役者さんが1ヶ月しっかり生活できるギャラを用意するには「チケット代が今までの3倍じゃないと難しい」ということになります。
3倍になったチケット代で一体何人の方が観に来てくれるのか、それはまた別の問題です。
世間では、「多く流通するものは安く、少ないものは高い」というものが通例だとは思います。たくさん作れる商品は安く、たくさん作れない商品は高いように、たくさんのお客様が入れない小劇場の演劇というのは、本来「チケット代が高くなってしまっても仕方がない構造」をしているのだとおもいますが、
この公演にそれだけの価値があるのか、果ては、この劇場に、役者さんに、それだけの価値があるのか、そういうところに繋がっていく根深い課題だと思っています。
妥当なチケット代とははたしていくらなのでしょうか。
何度もオファーをしちゃう好きな人
プロデューサーとしてスタッフィングやキャスティングをおこなっていくと、「好きな役者さん」「好きなスタッフさん」というのが出てきます。
人間的にステキな人
仕事が完璧な人
相性がいい人
総合的にバランスがいい人
様々です。
逆に苦手な人、次回は頼めないな、という人もいますが、それはきっとお互いにあるのが社会というもの。
こちらがどんなに好いていても、相手が受けてくれなければご一緒することは叶いません。
ここで、どうしても先にありましたように「予算問題」がついてきます。
「この役者さん大好きなんだけどチケットが売れないんだよなぁ…」とか
「このスタッフさん大好きなんだけど高いんだよなぁ…」などなど。
プロデューサーやスタッフが、頑張って宣伝し、頭を使い、どうにか集客できないかと駆けずり回っても、演劇に興味がない人は演劇を観には来ないんですよね。
日本で、発表会や授業などを除き、観劇したことがあるという人は、日本の人口の約1割程度と言われています。その中でも観劇を趣味としている人はもっともっと少ないのです。
この辺のお話しはまた別の記事で書かせていただきますね。
人間的な相性やらなんやらがあるとはいえ、やはりオファーが集中している人にはそれなりの理由があります。
役者さんの場合は「チケットやグッズが売れる」、残念なことにこれが一番オファーが増える理由です。(人気2.5次元作品を除く)
昔、私がマネージメントをしていた役者で、新人のうちに手売りでチケットをバカスカ売る子がいました。
舞台出演の経験はほぼなし、1作品目でチケットを売りまくったおかげで次にも声がかかり、更にそれなりのいい役を頂きました。
地方公演なんかもあるような、新人が役付きで出るにはありがたい作品でした。
そこから色んな作品のオファーをもらうようになり、経験と芸歴を積み重ね、大きな作品の出演を掴んでいきました。
彼が関東出身であり、誘えば観に来てくれる友人が近くに多かったことは、役者という職業を続けていけるファクターだったと思います。
(今回は舞台に関してのお話しですので、映像作品の俳優を目指す方はまた事情が変わって来ます)
話がそれてしまいましたが、それくらい「新人である」ことよりも「チケットが売れる」ことを重要視されがちな小劇場業界です。
ですが、「本人に魅力があるからチケットが売れるんだ」と考えると、その採用の仕方はあながち間違っていないのかもしれません。
「チケットが売れなくてもこの人の芝居がほしい」「この人が座組にいてくれるだけで作品が良くなる」そういう役者さんがいるのもまた事実です。
そのバランスをとってキャスティングしていくのもプロデューサーの腕の見せ所になってくるのでしょうか。
私だけの話ですと、プロデューサー兼脚本家ですので、つい「役をより魅力的に演じてくれる役者さん」を好きになりがちです。
そして、前向きに稽古や作品創りに取り組み、きちんと告知・宣伝をしてくれる役者が好きです。これは、きっとどこのプロデューサーも同じでしょう。
キャスティングの予算を決め、キャスティングプロデューサーを別に立て、その方にまるっとお任せするというパターンも存在します。
まとめ
なんだかお金の話ばかりの記事になってしまいましたが、最初に書きました通り「プロデューサーとはお金を用意する責任者」ですので、常に予算との戦いです。
自社公演の際、私が業務として携わったプロデューサー業や脚本、はてはパンフレットのデザインや写真のレタッチ等の費用は、予算に計上せずに来ました。
というのも、それらを計上したらとてもじゃないけれど興行が成り立たないからです。(もちろん、外注したものはお支払いしています)
興行が黒字になれば、それでいい。次の公演が打てればそれがいい。
綺麗事に聞こえるかもしれませんが、お客様が「楽しかった」と帰って行く姿を見れればそれが何よりの報酬でした。
何度も言いますが、小劇場演劇というのは、儲かるものではありません。
限られた予算の中で、どうしたら成立させられるかの戦いがあり、
どのセクションも儲からない状態で関わった、関わってくれた末に生まれる作品だったりします。
残念ながら「長いこと続けていけるものじゃない」そういう判断に至る劇団も多いです。
何が正解なのか、日本の演劇業界はどこに向かっていけばいいのか、悩みはつきません。
最後までお読み頂きありがとうございました。
改めまして、「この記事の内容ははごまんとあるパターンのうちの1つである」と思ってください。
今はクラウドファンディングもメジャーになってきましたし、コロナの影響もあるので、新しい方法を探し、小劇場演劇が続いていける道を見つけていくことも必要だと考えます。