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28:ニューヨークで自分の原点と家族の今後を考えた

月に1回投稿している「Life is Journey-女性のキャリアは旅のよう。山あり谷あり。飛行機が飛ばなかったり、思わぬ出会いがあったり」ですが、9月1回お休みをしてしまいました。楽しみにしてくださっている方がどれぐらいいらっしゃるのかは分からないのですが、もしいらっしゃいましたら申し訳ありませんでした。会社員ではなくなったことを良いことに3週間の遅い夏休みを取って、5年ぶりにニューヨークに行き、コロナの間会えなかった叔父叔母や友人達に会いに行っていました。今回はお休みスペシャルということで予定のテーマではなくニューヨークで考えたことを書いてみたいと思います。

私にとってのニューヨーク

ニューヨークは私にとってキャリアの旅のスタート地点でもあります。というのも、ニューヨークで暮らす叔母は私の職業観に大きな影響を与えてくれたことと、叔父は国連を中心に報道するカメラマンでありジャーナリストだったので国連や叔父の仕事を通じて社会課題に貢献したいという思いがそのころから芽生えてきた場でもあるのです。

叔父叔母は、私が大学生の夏休みの間、家に私を滞在させてくれていました。叔母は高校を卒業してからアメリカに渡り、ニューヨーク大学で出会ったアメリカ人と結婚をし、今は二人とも引退をしていますが、叔父はフリーのカメラマンでありジャーナリストで、叔母は公認会計士として働いていました。職業的に、また夫婦の個性的に、叔父が買い物や炊事を分担し、叔母は家計を守っていましたので、私が大学生だった30年前の日本ではあまり見かけない夫婦の在り方で、私は、叔母がオフィスから帰ってきて疲れてソファーで横になり、叔父が夕飯を作っているのを見て、「こういう夫婦の在り方や女性の生き方もあるんだなあ」と思っていました。

また、叔母は60年前のニューヨークで、女性として、アジア人として、家計を守るべく働き、公認会計士資格を取り、40歳の頃には仕事の後MBAを取り、生き残ってきた人なので、「鈴木家は諦めない。何事も一生懸命やったら実現できない夢は無い」というようなことをよく私にも話してくれました。私自身は、バリバリのキャリアウーマンではなく柔軟な(わがままな?)キャリアスタイルを目指すタイプではあるのですが、これまで30年近く仕事をしてくる中で、近代の男女の役割分担にとらわれないことや、諦めないというところで叔母の影響は少なからずあったと感じています。

また、国連は私が大学生だった当時は、ソ連の崩壊や湾岸戦争を経て、ガリ総長のもと、PKO(Peace Keeping Operation)が派遣がされたり包括的核実験禁止条約が国際連合総会によって採択されたりといった時代でした。両極体制での冷戦時代は終わったものの、私が大学生時代に学び大いに影響を受けた国際政治学者のサミュエル・ハンティントンが書いたように西欧だけではなく非西欧の多くの文明が台頭し衝突する「文明の衝突」の時代に入ろうとしていた時期だったのです。

そのような時代に、ニューヨークの国連でジャーナリストとして働く叔父と国連を通じての世界や国連の動きと日本・アメリカの違いを大学生なりに感じる中で、自分自身もいつか文明の衝突ではなく共存のために貢献できないものかということを考えるようになりました。


息子にとってのニューヨーク

一世代巡って、私の息子も小学生、中学生、高校生、大学生のそれぞれで叔父叔母の家でお世話になる機会がありました。彼自身も大きな影響を受けて、来年の博士課程からアメリカで学び働くことを考えているようです。


5年ぶりのニューヨークで感じたこと

今回の旅は、お世話になった叔父叔母にコロナの間長らく会えなかったので5年ぶりに再会をするのが一番の目的でした。もう一つは、コロナを経てアメリカの治安が悪化しているという話しを色々な方から伺っていたので、親として来年から息子を送り出せる国なのかどうかを自分の目で見ておきたいという目的もありました。

まず一つ目の目的の叔父叔母は、80歳を過ぎた高齢ではありますが、変わらず仲良しで、変わらずはっきりとした意見を持つ元気なカップルでした。帰国する直前に叔母から「純子、純子の新しいキャリアについて聞きたいことがあるから、1時間半時間を取って話そう」と言われた時には、30年ぶりの採用面接に臨むような緊張を感じましたが(笑)、同時に叔母の60年のアメリカでのキャリアの苦労と強さと私への愛も感じました。

もう一つの目的のニューヨークの治安についてですが、まずどの時期を切り取るのかによって見方が違うのだなと感じました。コロナの厳しかった2019年から2021年にかけては皆口を揃えて経済も治安も最悪だったと言っていました。一方で、回復期の2022年から現在は人によって場所によってとらえ方が違うように感じました。

アメリカの景気も悪化する悪化すると言われながら、2024年も個人消費は好調で経済は堅調だと言われています。私自身も前回コロナ前の年に訪れた時と比較しても5番街などの賑わいは増しているように感じました。また治安についても、叔父叔母からは今回は地下鉄には乗らないようにと厳命されましたが、他の友人達には、昔と同様場所を選べば全然問題ないと言われました。

5番街や金融街、ITや製薬などの成長業種は、コロナ前以上に盛り上がりを見せパワフルで、一方で、格差はより広がり貧困や過酷な労働に苦しんでいる人たちも多くいるということも感じました。ニューヨークに着いた初日の夜中の0時に、ウェストサイドの99セントピザ屋の前に長蛇の列ができていました。また、ちょうど私たちが滞在していた間に、9.11のメモリアルがあり、トランプとハリスのTV討論があり、文明間の衝突やアメリカの分断を目にした時期でもありました。

結論、ニューヨークは親として息子を送り出せる街かどうかという点ですが、日々日々の生活上は、時間や場所や生活の仕方を注意していけば、不安が無いとは言いませんが、やっていけなくはないかなと思いました。一方で、これは息子とも滞在中、また帰ってきてから話し合っていることでもあり、息子も痛感したところではあるようですが、活発な経済の成長の一方で取り残される人が沢山いることや、富と貧困のギャップ、民族間のギャップなど、構造的にチャレンジがあることは間違いないと感じました。奇しくも、私が大学時代に学んだサミュエル・ハンティントンが予見していたように「分断の時代」「文明の衝突」の時代に私と自分の子供が生きているんだなということを痛感しました。息子は、うまくいくか分からないけれど、それでも一度挑戦してみたいと言っています。私も彼の一年後の旅立ちに向けて、難しい時代にどのように生きていくのか、困難があった時にどう乗り越えているのかといったことを時々話しながら、私がやれるサポートはしてやりたいと思っています。

今回のニューヨークでの長い夏休みは、私のキャリアのスタート地点を振り返り家族のこれからを考えるとても貴重な機会になりました。

参考:サミュエル・ハンティントン「文明の衝突」
文明の衝突 - Wikipedia

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