「闇」のなぞ
訪問診療という在宅医療の場に来て早いもので半年目になった。
この超高齢化社会。老々介護が本当に多い。びっくりするくらいに多く、それが普通の事の様に感じてしまうくらいだ。
ご主人はご自身も病気を抱えながら奥様である患者さんの介護をしている。
患者さん(奥様)が退院して来た。通院するには病院が離れすぎているから。
そこでその病院の主治医に
「近くの病院でかかりつけの先生を探した方がいいですよ。」
と言われ、訪問診療を受ける事になった。
患者さんは1人で動く事が困難な程だ。
決して広いとは言えない部屋に介護ベッドが2つ。ご主人は「え?ご主人も病気があるんじゃないんでしょうか・・・・?・・・・」と思うくらいにアクロバティックな動きでベッドからベッドへ移り、患者さんを移乗する。
その様子に思わず笑ってしまうくらいな身の軽さ。
患者さんは栄養状態が良くなくて、やせ細ってしまい自力で立つ事も困難だ。しかし、前医からは食事はしっかり摂れていると。
なのに栄養状態が良くない為、検査をしたけれど悪性のものは無かったと聞いている。
ご主人が言う
「それが闇なんです。」
と。
え?闇?どんな闇があったのか・・・医師がきく。
「いやぁ、こいつが病院の食事は美味しくないって食べないんですよ。だからね、こっそり差し入れをしていたんです。それを食べるとお腹がいっぱいになって(量は食べられなかったそうだが)病院で出るご飯が入らないわけね。でも、一生懸命作ってくれる人がいるわけじゃないですか。だから申し訳無いから私が全部食べてました。」
笑いながら話されるご主人。
医師も私も笑ってしまう。
「まさか看護師さんが食べた量を確認してるなんて思ってなくてね。いやぁ〜闇行商みたいなもんですな、あっはっは。」
豪快に笑うご主人。
「それは闇ですね。」
と大笑いしながら答える医師。
私も大笑いした。
多分、病院で働いていたら「ご主人が召し上がるのは構わないのですが、奥様が食べた量を教えてもらえますか?」と間違いなく言っていただろうなと思いながら・・・バレてなかったから闇なのだけど。
謎はあっさりと解けた。
本当にあっさりと解けた。
日に日に体力が落ちていく患者さん。妻である患者さんに少しでも元気になって欲しくてご主人は闇行商をしたのだろう。
ご自身も疾患を抱えながら遠い病院まで毎日闇行商に通っていたのだろう。
全ては奥様の為に。
それでも体力が回復しない患者さんにご主人は訊いたそうだ。
「俺の手料理になってしまうけど、家に帰ってくるか?」
「うん、帰る。家に帰りたい。」
そして在宅医療になった。
まるで2度目のプロポーズの様な言葉だなと思った。
何十年も夫婦だったのだけれど、プロポーズみたいだなと。
高齢なご夫婦。
お互いに疾患を持ちながら、それでも一緒に過ごしていく事を決めたご夫婦。
闇行商を続けるよりずっと楽だとご主人は言う。
福祉の手も入るし、訪問診療も入るから。
闇行商は卒業して主夫になったんだよと笑うご主人。
闇のなぞは解けた。
それでは
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