【歌詞小説(短編)】Hey…(槇原敬之)

「今、アンタどこにいんのよ!」
給湯室に移動して出たスマホから怒鳴り声が響く。
「え?今、仕事場なんだけど・・・」
「待てど暮らせど来ないから、何やってんだと思って!
 看護士さんに外泊届出しちゃってるんだよ!」
「え?今日、家帰るって言ってたっけ?」
「いいから、早く迎えに来て!」
左手がスマホの重みに耐えきれず、ぶらぶらしている。
これで何度目だろう・・・

***

「この先、意識が混濁してくると思います。」
医師は私の目をじっと見つめた。
「・・・・・・」

『時間や場所がわからなくなる』
『家族を認識できなくなる』
『性格、人格が変わってくる』
ネットで検索したとおり。
横で『母さん』と表示したスマホが振動する。

***

このスマホから電話してたんだよね。
あんな状態で、よく間違えないでワタシに電話できたよね。
発信履歴は、どんなにスクロールしてもワタシばかりだ。

“Hey…
 君は今どんな場所にいて何をしてるの?
 Hey…
 あの電話番号だけが宇宙に放り出されたみたいだ”

スマホのリダイヤルボタンを押した。
あんなに出たくなかった着信履歴に。
目の前のスマホは鳴り続けたままだ。

”もう二度と返事を返せないことに今頃後悔してるんだ”

出てよ。
早く電話に出てよ。
今度は走って迎えにいくから。
絶対に迎えにいくから。


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