言葉なんていらない。『花様年華』の情感とトニー・レオンからは脱出不能
誰よりも白いランニングとブリーフが似合うでおなじみ、香港の宝トニー・レオンです。
香港映画に没頭した90年代のあのころからずっと、わたしの心のベストテン殿堂入りの『欲望の翼』。その続編として製作された『花様年華』の日本公開は2001年。昨年はキネカ大森で、この夏はシネクイントの復活2周年記念、ウォン・カーウァイ特集上映で観賞しました。公開当時よりも今になってこの映画の魅力が胸に迫るのは、自分もだいぶ大人になったからでしょうか。確信したのは雨に濡れたトニー・レオンに勝るものなし、という事実。何度観ても『欲望の翼』では好きになれなかったマギー・チャン(断然カリーナ・ラウが好きだった)の足音すら美しく耳に残ります。
1960年代。中国本土の文化大革命の波から香港へ逃れてくる人たち。そんな不安定で混乱の香港からアメリカやシンガポールへと逃れていく人たち。慌ただしく、先行き見えない香港で光を放つのは、シーンごとに変わるマギー・チャンのモダンなチャイナドレス。その姿、柳のようにしなやか。日本製炊飯器なんかよりもあれがほしい、屋台のごはんお持ち帰り用ジャー。ファイヤーキングのカップやディナープレートの翡翠色。
そして、トニー・レオンです。カーウァイ作品の映像監督を務めるクリストファー・ドイルが、かつて自身の写真集の中でトニーのことを「女性が連れて帰りたくなるような傷つきやすさが彼の魅力」と書いていたのがすべてを表していると今でも思います。そう、トニーはいつも傷ついている。
クリストファー・ドイルの中国名「杜可風」って本当に風のようで好き。『バックリット・バイ・ザ・ムーン』1996/リトル・モア
『花様年華』では、お互いのパートナー同士が不倫していた隣人のトニー・レオンとマギー・チャンは、近づきつつも、一線は超えない。チャンスは何度もあったのに。でも、わかる。
一緒に雨宿りをするあの瞬間
アパートの狭く急な階段ですれ違うあの瞬間
タクシーの中で手をつなぐあの瞬間
あの瞬間を永遠に反芻するにはそのほうがいい。新天地を求めて香港を出ようとするトニーは「僕と来ないか」って言ったのか、言えなかったのか、どっちでもいい。彼が「つれていって」の言葉を待っていたのではないか…と思うだけでいい。ただただ漂う情感と、訴えかけるようなトニーのまなざしにこの夏も溺れました。
「in the mood for love」