80年代と希望の光が燃えていた韓国映画『タクシー運転手~約束は海を越えて~』
【1980年】には夢しかなかった、じゅんぷうです。
だってそうでしょう? 『裸足の季節』に『青い珊瑚礁』に『風は秋色』に『哀愁でいと』に『ハッとして!Good』に『スニーカーぶる~す』の1980年ですよ。聖子ちゃんやトシちゃんやマッチがデビューして、百恵ちゃんがさよならの向う側にマイクを置いた、あの年です。
『TOKIO』に『大都会』に『パープルタウン』に『SHADOW CITY』のめくるめく1980年ですよ。ウルトラマンも「ウルトラマン80」だったし「大激闘マッドポリス」も「’80」ついてたし池中玄太も80キロでした。子どもながらに、これから始まる新しい時代の風を感じてワクワクが止まらなかった気がします。
だから、そんな1980年に、お隣りの国がこんなことになってるなんて、知らない。住んでいる町中が戦場になっちゃう世界なんて、知らない。この『タクシー運転手』の主人公だって、同じ国民であってもソウルから離れた光州でこんなことが起きているなんて知らなかったのですから。これは1980年の光州事件のときに実際にあった出来事が描かれた映画です。
あらすじ 民主化運動が高まりを見せる1980年5月、ソウル。個人タクシーの運転手キム・マンソプ(ソン・ガンホ)は妻に先立たれ幼い娘とふたり暮らし。政治意識は薄く、ソウル市内での学生デモは営業のジャマぐらいにしか思っていない。そんなことより滞納中の家賃の支払いに困っていた彼は、外国人の客を光州(クァンジュ)まで運ぶ長距離のオイシイ仕事を同業のドライバーからこっそり奪うが、じつはその客はドイツ人のジャーナリストで、光州で起きていることを世界に伝えるのが目的だった。そうと知らずに彼を乗せて光州に向かったキム運転手が見たものは…
まず光州(クァンジュ 광주)とはどこか?
ここ。
ソウルから高速バスで3時間半。ちょうどバスタ新宿から長野県の松本バスターミナルです。ごはんが美味しいで有名な全羅道(チョルラド)という地方に位置する都市。
その光州に客を運んだものの封鎖された町は一触即発、タクシーも故障してしまい今日中には帰れない。ジャーナリストともども、地元のタクシー運転手の家で夕飯をいただくことになったキム運転手。あの楽しい一夜。民主化運動に参加している大学生ジェシクの最高の笑顔が見られるあのシーンによって、後半の悲劇はお隣の国の出来事でも松本の出来事でもなくなります。
この歴史的悲劇の背景を自分のためにもざっくり整理すると、
・1979年に朴正熙大統領が暗殺され、民主化運動が各地で高まっていた⇒ソウルの春
・朴正熙の独裁政権に反対していた野党の金大中(のちの大統領)の出身地だったこともあり、光州は市民や学生の運動がひときわ盛んだった
・クーデターで全斗煥が軍の実権を握り、1980年5月17日、韓国全土に戒厳令を発令する
・5月18日、光州で戒厳軍とデモ隊が衝突。軍は丸腰の市民も武力で鎮圧しようとし、事態はエスカレート
・光州は軍に封鎖され陸の孤島に。報道統制で国民の多くは光州で何が起きているかを知らない
という、現在ミャンマーで起きていることと近い状態なのでした…
「Noクァンジュ,Noマネー」「OK,レッツゴークァンジュ!」
走行距離60万キロの気合の入ったタクシーで鼻歌まじりにソウルを走るキム運転手。牧歌的なオープニングと、オイシイ仕事を横取りするというシーンに象徴されるキム運転手の人間性や生き様。レッツゴークァンジュ!なノリでたどり着いた光州のただならぬ様子に、一度はドイツ人記者のピーターを置いてソウルに逃げ帰ろうともします。そんな、俗物で「韓国は住みやすい国」というスタンスだった彼が、後半は完全に別人に覚醒する。これこそがソン・ガンホ…『パラサイト』でも『殺人の追憶』でも、追い込まれての悟りや気づき。映画の中でひとりの人間の変容というものを見せてくれるソン・ガンホに鐘を鳴らしたい。
韓国のタクシー!韓国のおじさんたちに胸アツ!
クライマックスは、ピーターが取材した映像を奪おうとする軍部とタクシーのカーチェイスシーン。
『愛の不時着』の、あの場面を思い出しましたね…
リ・ジョンヒョクが命をかけた、北朝鮮からヨーロッパへ発つ飛行機にセリを乗せる計画。自分のために撃たれた彼を置いて空港へ向かうのか、命がけの出国チャンスを棒に振って病院へ運ぶのか…腹を決めたセリがハンドルを握り前を見据えて言う。「私の好きな映画はね…『マッドマックス 怒りのデス・ロード』!!」。ジョンヒョクを介抱するグァンボムさんに、そして自分に宣言してアクセルを踏みこむこの場面も相当男前でしたが、こっちもね…もう、タクシー! タクシー!? タタタ、タクシィィィィ!!!ってなります。
それと。おにぎりで泣けるメンタルって、韓国人と日本人に共通している美しく尊いものだと感じました。胸を張って言いたい。わたしたちは、おにぎりひとつで泣ける!