『魔道祖師』と『神鵰剣侠』1


『神鵰剣侠』(徳間文庫2006.6)第一巻読了。


前に換骨奪胎という関係性が『陳情令』と『神鵰侠侶』(ともに映像作品)との間においては存在しているらしいことまでは確認(前回記事)、ただテキスト上での関係を未確認である以上『魔道祖師』自体を「二次創作」と軽々に言ってしまったことを反省したのでしたが、今回、それをテキストで確認するべくひとまずシリーズとしては二番目らしい『神鵰剣侠』を入手しました。のっけから蓮摘みの遊びが出てくるのでほほうと思いながら。(蓮は江家の家紋として登場するなど縁が深い。)

ひとまず両者共通する点だけピックアップです。そこからなんかしらの考察めいたことができたらいいなとは思いますが、それは遠い先の話になりそう。ともかく共通している、という部分を。それがこの2作品の間でのことかあるいはたの武侠小説や物語にも似た設定や描写があるのかなどは気になりつつ未確認です。


『魔道祖師』
⇔『神鵰剣侠』1


魏無羨:公子たちは皆まだ十五、六才くらいの若さで、……魏無羨は江姓ではないが、雲夢江氏宗主、江楓民の旧友の息子で、江氏の一番弟子として実の子同然の待遇で育てられた(1-121)幼い頃、江楓民に引き取られるまでの間は、ずっと路頭に迷い、いつも野良犬と食べ物を奪い合っていた(1-200)「俺は他人の家の息子だし、両親ともに江おじさんの親友だから」(2-353)

⇔楊過:小汚い……十三、四の少年(1-73)「誰があんたみたいなお菰に用なんか」……みすぼらしい穴倉は、少年の家だった(1-71)

藍忘機:額に巻雲紋の抹額を一本結んだ彼の肌は抜けるように白く、非常に美しい雅な顔立ちをしている。まるで玉を彫り磨き上げて作られたかのようだ。瞳の色は非常に薄く玻璃のようで、その視線をより冷たく見せている。霜雪を纏うようなその表情は粛然としていて、……頭からつま先まで汚れ一つない。すべてが完璧で、文句のつけようもない姿なのに、魏無羨の心には四つの文字が大きく浮かんだ。
(出た、万年喪主!)
(1-70)
     避塵(藍忘機の剣):氷雪の寒気を纏った剣身は曇りなく透き通り、極  めて薄い(1-70)

⇔小龍女:薄絹の白い衣装をまとった姿は、まるで霞に包まれたよう……歳の頃は十六、七、黒髪のほかは全身純白で、この世のものとは思えない秀麗な美貌(1-237)正視しかねるほど端正な美貌だが、顔つきは氷のように清らかで冷たく、喜怒哀楽がまるでわからない、声は柔らかく美しいが、微塵も温かみがなかった。(1-238)※実際は18歳(1-245)


※父・楊康:丘処機にとって、ただ一人の在家の弟子だった。……富貴に目がくらみ、敵に寝返った不肖の弟子(1-190)※魏無羨の父は蓮花塢の主江楓眠と旧知の間柄、親友と触れられるが、その背景についてはとくに触れられず。


試剣堂(3-186)江家の本拠地蓮花塢の主の館
試剣山:(楊過が引き取られた郭家の本拠地、桃花島にある山)(1-133魏無羨

【関係性】
魏無羨と江晩吟、江厭離と金子軒:虞夫人と、金子軒の母親である金夫人は幼馴染みで、二人には子供の頃からの約束があった。もし将来生まれてきた子供が二人とも男の子だった場合は、義兄弟の契りを結ばせよう――もし女の子同士だった場合は、姉妹の契りを交わさせよう――そして、もし男の子と女の子だった場合は、必ず夫婦にさせよう、と。(3ー155~156)

郭芙と楊過、楊康と郭靖:お互いの妻が同時にみごもったとき、二人は、いずれ生まれてくる子がどちらも男なら義兄弟に、女なら姉妹に、そして男と女なら夫婦にしようと約束したのである。そして生まれた郭靖と楊過の父要項は、約束通り義兄弟となった……「私は嫌よ……芙児をあんな子の嫁にはできないわ」黄蓉(郭靖の妻)の台詞(1-126)

→「芙児」は郭靖黄蓉夫妻の娘。この娘と楊過が結婚を意識される関係だったとするなら、魏無羨と江厭離も結婚を意識する立場にあった可能性も?「家族同然」が家庭内の距離をどの程度支配するものか見当がつかない。楊過の場合、桃花島を出されるとき破門されて「師父」と呼んでいた郭靖に「郭おじさん」と呼ぶよう命じられる。この事を踏まえて『魔道祖師』を見直すと、

①日本語版『魔道祖師』での人物紹介において「江晩吟-現宗主。魏無羨と兄弟のように育った弟弟子、江厭離-江澄の姉」と表記。※義弟義姉とは書かれていない

②本文中で江楓眠を「江おじさん」と呼んでいる、※中国簡体版『魔道祖師』では「江叔叔」。「師父」ではない。

ということが気になる。江厭離と魏無羨の結婚の可能性は皆無ではなかったことを示唆しているのかもしれない。江厭離が「魏無羨は弟」と家族としての親愛を強調していることが逆に魏無羨の家族愛を越える恋情を浮き彫りにしてはいないか? 『魔道祖師』では「義兄弟」と言えば沢蕪君、斂芳尊、赤鋒尊。この三人が義兄弟の契りを交わす場面がある。となると、やはり「家族同然」と「義兄弟」とは区別されていると考えるべきなのだろう。いずれにしても「義兄弟」という関係性で言えば「義兄弟義姉妹」という関係性がいまひとつ理解できていないうえに「師弟関係」も入り込んできて、現実的にも、作中的にも、そこに禁忌があるのかどうかすらもわからないので今後の課題に。

ところで、この「同時に生まれる子たち」に婚約のみならず義兄弟義姉妹まで含む将来の関係を約束するパターンが中国の武侠小説にどの程度登場するのかわからないのでこれも共通しているという指摘に留める。


【ロバの話】
ただのロバのくせに、露を帯びた新鮮で柔らかい草しか食べず、少しでも先端が黄色ければそっぽ向く。……美味しいものを食べさせなければ立ち止まって癇癪を起こし、後ろ脚を蹴り上げる。もう、何度も蹴られそうになったし、その上、このロバは鳴き声も非常に耳障りなのだ……乗り物としても、愛玩用としても、全然役に立たない!……そうこうして、ロバが立ち止まる度に降りて、必死に引っ張りながら進ませている(1-54)

馬をみすぼらしいロバに買い換え、……これが根性の悪いロバで、おまけに足がのろいときて、楊過は手こずるばかりだ((1-152、桃花島から郭靖とともに全真教の本山終南山に行く道中)

→『魔道祖師』でのロバは「林檎ちゃん」と呼ばれ、魏無羨の旅のお供として最初から最後まで同行するが、『神鵰剣侠』一巻終了時では全真教の門下に襲われる直前に松の木に繋がれてそれきり消息不明。たぶんそのまま話が進んでいるので再登場はないだろう。


【こどものあそび】
(魏無羨は藍忘機に)自分の子供の頃の面白い思い出話をたくさん聞かせた。……(藍忘機は)内心では一通りやってみたくて仕方なかったのだろうか?(4-80)

成長しても、楊過が考える面白い事というのは子供の遊びだ。一度も遊んだことのない小龍女は、楊過がはしゃぐのを静かに聞いているばかりである。(1-362)

→子供時代の無邪気な遊び(ちょっとした盗みなども含む)をしなかった=世間ずれしていない証。それを、宿命的な出会いのあとに相手から聞かされる。藍忘機の場合、酔った勢いで実行してしまうが、小龍女は聞いただけ。ここは男女の遊びの違いであろうし、さらに小龍女はすでに楊過に触れられてときめいたりしているので一歩おとなに近づいていることも暗示されているかも。


【目隠し】
魏無羨は素早く黒い帯で自分の両目を覆うと……(矢を射て的に当てて、山に入って笛を吹き狩りを行って藍忘機に唇を奪われる。この時点では誰にされたか知らない)(3-146~149)

目に何かが触れたかと思うと、何も見えなくなった。布で目隠しされたのだ。……(小龍女への狼藉。この時点で小龍女は楊過が相手と信じている。本当は全真教の尹志平の仕業。これがきっかけでふたりは喧嘩し、離れてしまう)(1-376~)

→「目隠し」をするのが自分か他人か、という違い。ここで、パートナーとの関係性も変化。

このあと、「夫婦になった」と信じている小龍女とまったく心当たりのない楊過は喧嘩、立ち去った小龍女を楊過が追うところで一巻終了。


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わたなべじゅんこ
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