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にゃんカフェ平蔵(その四)
黒猫ジョニー
そして次の次の日、夕刻前。
開店十分前になって若く凜々しい黒猫が店を覗いた。猫は
野生では夜行性なんだが、飼い猫ともなると夜行性なのに
夜更かしは苦手という妙な現象があらわれる。人間に合わ
せる暮らしが猫族の体内時計を狂わせてしまうようだ。
したがって開店は日暮れ前のこの時刻、人間時刻の深夜に
閉店。そのとき平蔵は仕入れたまたたびの下ごしらえで裏
に出ていて、シンディだけが店の中で準備をしていた。
シンディは、気の早いお客に苦笑した。
「ごめん、まだ仕込み中。ちょっと早いかなぁ」
その黒猫は立派な体格。アスリート体型と言えばいいのか、
全身引き締まってカッコよく、まあイケメンといった感じ。
「白川ルナって子が来なかったかなと思って」
「あら、お友だち?」
「俺は白川ジョニー。ルナの奴が家出して、ずっと探して
るんだ。ここらで見たって聞いたもので」
「ずっと探してるって?」
ルナは、二日三日のプチ家出だったはず。
とそこへ、裏口から平蔵が入ってくる。シンディに事情を
聞いて、黒猫ジョニーに言う。
「ルナならゆうべ来たぜ。ずっと探してるそうだが、どう
いうことか話してみねえか?」
ジョニーはうなずく。
「ルナは恋人(もとい)恋猫だったんだ。俺もルナも貧し
い家の飼い猫なんだが、村の顔役の飼い猫を俺の嫁にどう
かと話があった。猫同士のことじゃなく飼い主同士の話で
そうなったんだが」
「なるほど、お相手は家柄がいいってことか」
「そうだ。白川ミーナって子なんだが、それは美女な三毛
猫で・・それでミーナの奴が筋トレ中の俺を見て気に入っ
たというわけで。そんでそのうちミーナの奴が家に遊びに
来るようになったんだが、俺の飼い主がルナを追い払うよ
うになり、俺は外で会えるから気にするなって言ったんだ
が、あのバカ、身を退くって言って家出しやがったんだ」
平蔵はシンディに横目を流して、ちょっと笑った。それで
ルナは自信なさげにしていたわけだ。
「惚れてるんだなルナに?」
ジョニーは縦スリットキャッツアイを丸くしてうなずいた。
「俺も家を出てきたさ。かれこれ一月ほども前のこと」
「見つけたらどうするつもりだ?」
「もう離さない。駆け落ちしてでも二度と村には戻らない」
「そうか、その覚悟があるなら・・」
と話していると開店時間。暇こいてるオス猫ばかり常連た
ちが次々に五匹ほどやってくる。平蔵はそんな連中に向か
って言った。
「悪いが頼まれてくれないか。ここらでは見かけないルナ
って子を探してほしい。茶色虎柄の美女猫だ。俺が会いた
がってるって言えばいい。またたびパフェぐらいなら奢る
ぜ」
どーせ暇な単細胞猫どもだ、がってん承知と飛び出してく。
カウンター代わりの卓袱台に座ったジョニーの隣りにシン
ディが座って言った。
「いい子なんだね、ルナちゃんて」
ジョニーはうなずき、スリット目を細くして元気なさげに
小声で言った。
「ウインナコーヒーできる?」
すると平蔵。
「できる」
「ぬるくして。猫舌だから」
「わかっとるわい。猫の舌なら猫舌さ。ルナなんだが、ゆ
うべ来てな。俺は明日またとは言ったが、さて、まだこの
へんにいてくれるといいんだが」
するとシンディ。
「ねえマスター、あたしなら顔知ってるし」
「おぅ、頼む」
シンディはジョニーの肩を前足肉球でモフと叩き、飛び出
して行ったのだった。
店の中に平蔵と二人きり(もとい)二匹きり。ジョニーは
言った。
「俺がはっきりしなかったから悪いんだ。俺は捨て猫でね、
ガキの頃に拾われたんだが、飼い主はそれはよくしてくれ
た。ちっこいヤツだったがニジマスを丸ごと一匹、腹減っ
てるだろって喰わせてくれた」
「恩人というわけか」
「そういうことだ。そんときのことを思うと言えなくなっ
ちまって」
このジョニーって野郎、飼い主思いのいい奴だと平蔵は感
じていた。
それからも二匹のオス猫常連、話を聞いて飛び出して行っ
たのだが、時間を待つにつれて一匹また一匹と声もなく戻
って来る。
ジョニーの奴もそこは猫。待ちくたびれるとゴロ寝して、
そのまんま、ZZZZZ。
店ん中に、平蔵、ジョニー、そのほか五匹。皆も何となく
しんみり沈んでいたとき、シンディがびしょ濡れで、ふら
ふらしたルナを連れて戻った。
平蔵はジョニーの寝顔を猫パンチでぶん殴ってたたき起こ
した。
飛び起きたジョニーは、ルナの姿を一目見て声を失う。
ルナもびしょ濡れ。息も絶え絶えといったありさまだった。
シンディが言った。
「神通川の浅瀬でゴロ石に引っかかって浮いてたんだ。橋
から身投げしたみたい。肉球で心臓モミモミしたら息を吹
き返してくれたからよかったけれど」
弱々しいルナの面色。ジョニーを見つけてちょっと笑った。
歩み寄るジョニーは涙目。そのままガツンと抱き締めた。
「俺も家を出てきたさ。もう白川には戻らん。どっかで一
緒に暮らそう」
抱かれていながら黙って見つめていたルナ。
「バカよ、あたしなんか忘れちゃえばよかったのに」
「もう言うな、俺の嫁になってくれ」
ジョニーの胸でむせび泣くルナ。常連のバカ猫たちも単純
な野郎ばかりで、もらい泣きしてニャーニャーうるさい。
平蔵が言った。
「じゃあさっそく結婚式といくかっ」
「おおぅ!」と皆から声が上がった。
両手の肉球でカポカポ拍手しながらシンディが言った。
「ここの寺の床下って居心地いいから居着いちゃえばいい。
いまどき一人の男を(もとい)一匹のオスを想って身投げ
するなんて、あたし感動してるのよ。暮らし向きのことな
ら、あたしとマスターで何とかするから、ここらで暮らそ」
平蔵が言った。
「よしっ、そうと決まれば、ありったけのまたたびでパフ
ェをつくる。ありったけのニボシも焼くし、皆でぱあっと
やろうじゃないか。おめでとうルナ。それからジョニーも
だ。おまえが探しに来なかったらルナはヤバかった」
ジョニーとルナはどっちも泣いて、ニャオニャオうるさく
うなずいていた。
それから平蔵は、卓袱台の向こうの厨房で支度にかかった
シンディにも言う。
「ついでに俺たちものっかろうか」
シンディ、目が点。
「のっかろうって? 騎乗位とか?」
「ばーか。ダブル挙式さ」
シンディ、ぽけーっ。スリット目を丸くして平蔵を見つめ、
見る間に涙があふれてくる。
猫族は人のようにうだうだしない。つまらん駆け引きもな
し。即決即断。オスはあくまで男っぽいし、こうと決めた
ら突っ走る単純脳の持ち主だ。
ぐったりしていたルナだったが、またたび喰ってニボシも
喰って、すっかり元気を取り戻す。
しかしジョニーはルナを気づかう。
「そろそろもう。今夜は寝た方がいい」
「ふふふ、そだね、ちょっと疲れた」
なんて、ひそひそ話す二匹の姿を、平蔵とシンディは互い
に視線を流し合って微笑んで見つめていた。
「よしっ、今夜は早じまいとする。皆さんお代は結構です
から、とっとと失せろ。アバヨ! また明日ということで」
しぶしぶ皆が引き上げて、夫婦が二組、四匹残って、ほっ
と一息。
ジョニーが言った。
「今夜はルナのためにすみませんでした。ほんとに寺の床
下でいいんなら、さっそく新居の準備にかかる。寝床も作
らんといかんし」
「この裏にズタブクロの切れっ端があるから持ってけや。
今夜のところはぐっすり寝て、ルナも元気を取り戻せ。じ
ゃあな新婚さん、明日また、いらっしゃぁーい」
ジョニーに肩を抱かれてハグハグ歩きのルナは幸せ。
シンディは目を細めて見送った。
「でもよかったわ。川に浮いてる姿を見たとき、あたし怖
くなって震えたもん」
平蔵は何も言わずシンディを抱き寄せて、鼻の頭をペロリ
と舐めた。
(たぶん、それがキスである! 作者談)