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にゃんカフェ平蔵(その五)

ミランの孤独

その日は朝からベタ雨、暗くなる頃になって小雨になった。
猫族はびしょ濡れを嫌うから、こういう日は開店休業とい
ったカンジ。店を開けてはみたものの、案の定、お客はな
かった。

と、店先に人影(もとい)猫影が。はじめての店には入り
づらいらしく、チラと覗いては様子をうかがっている。
シンディが顔を出すと相手がちょっと会釈した。
「入っていいんですか?」
「もちろんよ、カフェですもん。遠慮なさらずどうぞ」
平蔵は、シンディとのそんなやりとりを猫耳立てて聞いて
いて、ずいぶん内気な人だと(もとい)内気な猫だと感じ
ていた。

グレー虎柄の美女猫。アラサーといった雰囲気の落ち着い
たレディだったのだが、歩き疲れたといった様子で、カウ
ンター代わりの卓袱台にすとんと座った。

「コーヒーとそれから何か食べるものを」
「ロールパンのメザシサンドなんてどう?」
「はい、じゃあそれください」
「ウチではホットドッグとは言わんのですよ。といってホ
ットキャットじゃ焼き猫みたいで縁起が悪いし」
平蔵の冗談にちょっと笑う美女な猫。控え目で上品な物腰
からも育ちの良さがうかがえた。

「あたしミランです。金沢ミランですけど、いまは富山の
魚津に棲んでます」

ずいぶん遠い。魚津から歩き通しだと疲れるはずだ。
と、平蔵が。
「俺は世田谷平蔵。そっちはカミさんで高岡シンディ。よ
ろしくね」
「はい、こちらこそ。インスタで見てて、これからもお邪
魔しますので」

オーダーを出してやり、そしたらミランはガツガツ喰って
ゲップをこいた。上品でも猫は猫。しかしやっぱり寂しげ
な面色だ。

と、平蔵が。
「もしや、お悩みモードって感じかな?」
シンディが横からミランの横顔を覗き込む。鼻筋が通って
マジで美女猫。
「あたしバツイチで再婚して、それで富山に来たんですけ
ど、こっちの友だちとうまくいかなくて。旦那との間もダ
メみたい。あのスカタン田吾作、仕事バカのつまらん野郎
で」

持ち前の上品さとは裏腹の言葉のギャップが面白く、平蔵
はちょっと笑った。
「と言うと?」
「はい。富山のご婦人(もとい)ご婦猫って、家を気にし
すぎるって言うのか、何となくつきあいにくいんです。友
だちには共働きの主婦が多いんですけど、家と職場を往復
するだけ。誘えば遊んでくれても、すぐに家を気にしてそ
わそわしだす。誘わないほうがいいのかなって思っちゃっ
て」

シンディが言った。
「それあるかもね。真面目すぎるって言うのか、別な言い
方をするなら要領が悪いとも。いまだ大家族が多いから家
族の目を気にするし」
ミランはうなずく。
「そうなんですよ、みんないい人(もとい)いい猫なんで
すけれど、もう少しオープンになれれば楽しいと思うのに、
見ていて窮屈そうで可哀想になっちゃって。たまに合えば
グチばかりなんですし、コイツ溜めてるなって思っちゃう」

と、シンディ。
「ところでミラン、金沢では何してたん?」
「モデルです。キャットフードとか、ときどきグラビアに
も。『月刊牝猫自身』て雑誌の城下町猫特集に出たことも
ありますし。前の旦那はそんな雑誌の編集者で、彼は彼で
派手すぎちゃって困ったものだったんですが」

と、平蔵。
「なるほどね、どっちもこっちも棲む世界が違ったってこ
とかな」
「そうかも知れませんね。ちょっとしたことなんですけど、
どっか違うなぁって思っちゃって」
すっかり冷めたコーヒーをペロと舐め、ミランはさらに言
った。
「マスターって世田谷猫なんですよね?」
「そだよ。だけど俺は男だから女の猫さんたちとはちょっ
と違う」
と、ミラン。
「でも・・ふふふ」
縦スリットキャッツアイを丸くして、何か吹っ切れた様子
のミラン。

と、シンディが。
「でも? なぁに?」
ミラン苦笑。
「こういうことを話せるお店を見つけたから、これからは
少しラクになれそうで。ご迷惑でなければの話ですけど」
と、平蔵が。
「カフェって、そういうところだよ。お茶だけでいいなら
家でインスタントで充分なんだし。魚津だとちょっと遠い
がね」
ミランは微笑む。熟女の微笑みには陰があり、平蔵の毛並
みがゾゾッと逆立ち波打った。

ミランは言った。
「じつはもう魚津じゃないの、書き置きして出て来ちゃっ
た。牝猫友だちとはともかくも、旦那とはもうダメなんで
す。トンカチ頭でつまんない。スカートがミニ過ぎるとか
髪は染めるなとか、うっせえわ」

と、そんな話になったとき。
「よぉ平蔵、久しいな!」

店の入り口、板壁の破れ口から、あの男がやってくる。
角刈りヘヤーの猫パンチ空手家、黒部十兵衛。さらにもう
一匹、似たようなグレーぶち柄の男と二匹。そっちも見る
からに猛者なムード。二匹してズカズカ歩み、ミランの隣
りにドスンと座った。

ミランはレンタル猫状態。明らかにヤバイ奴ら?
みゃお。怖くてたまらないと言った様子。十兵衛は声まで
デカい。
「こいつぁ俺の先輩でな、黒部ボンドって言うんだが。俺
たちは『糊(のり)ちゃん』て呼んでるがよ。ははは」
「おぅ、そうか。平蔵です、よろしく」

黒部ボンドなる男も声がデカい。
「ばーかコノぉ、余計なことぬかすな。平蔵さんか、こち
らこそだよ。十兵衛の奴から聞いて、いっぺん連れてけっ
て言ったんだ。ボンドです、飼い主のバカッたれが007
の大ファンで、それでボンドだ。今後よろしく。えーと、
そちらはシンディちゃんかな?」
「あ、はい、シンディです」
と、平蔵。
「いまはカミさんだよ。ちゃんはよしてくれ、ガキじゃね
え」

えー、うそ!
十兵衛はそうとは知らない。瞳孔が開いて目が丸い。
「ほほう、あっそ! そうですか! はいはい。やっぱ手
が早いな東京猫は。あっはっは」
豪快に笑う十兵衛。平蔵はドロン目で頭を掻いて、シンデ
ィと目を合わせて苦笑した。

しかし、突然現れた猛者猫二匹の隣りにいて、すっかり萎
縮してしまったミラン。耳を後ろ向きにたたんで恐怖モー
ド。
見るからにいかついボンドがミランに向かって横目を流し、
言った。
「で、こちらはお客さん?」
シンディが言った。
「もちろんそうよ。今夜がはじめてのお客さんで、金沢ミ
ランて言うんだよ」
「ほう、ミランとはまた、いい名だ。それに美しい」
と、ミランの声は震度3。ぶるぶる震える。
「い、い、いえ、その・・なはは」
笑ってごまかすっきゃないだろう。

平蔵が言った。
「一応、人妻さん(もとい)猫妻さんだ。手出しするべか
らず」
十兵衛もボンドも苦笑い。
と、平蔵が。
「ところで十兵衛、おハナちゃんはどした?」
「風邪引いたみたいだな。なんか熱っぽいから寝てるって
言うもんで」
するとシンディ。
「熱っぽいって・・あーっ、それってもしや?」

十兵衛、きょとん。典型的な体育会系気質でデリカシーの
ない十兵衛。ボンドがハッと目を見開き、そして笑った。
「おぉう、言われてみれば、あるいはそうかも」
十兵衛、解せない。とんまヅラ。
「は? 何が何やら意味不明」
ボンドが横から猫パンチで十兵衛の頭をひっぱたく。
「わからんのか、このタコギラス!(タコの化け物)」

平蔵は可笑しい。つられてミランも笑ってる。
ミランが言った。
「おめでたかもってことじゃないですか」
十兵衛、あ! いきなりオロオロ。
「バ、バカこけ。いくらなんでも早過ぎら。えーと、うー
んと・・まさかだろ・・おいボンド」
「お?」
「ま、ゆっくりしてけや、俺はダッシュで帰る、こうしち
ゃいられねえ。バイナラ」
それで一同、大笑い。すっ飛んで帰った十兵衛だった。

ふふンと笑って、ボンドは言った。
「おハナってよ、マジいい子なんだわ。幸せだぜ十兵衛の
野郎。料理もうまくてな、『ニボシの卵とじ』なんてサイ
コーにうまいんだ」
と、シンディがふざけて横目で。
「すると何かい、ボンド君は独身なのかな?」
「007は独身でいいんだなんて飼い主はぬかしやがる。
ったく脳天気な人間どもよ」
だいぶ慣れてきた様子のミランが言った。
「それ、あたしも得意です、料理いろいろ。きっと負けて
ないと思うけど」
すると、ボンドが。
「俺の得意料理はニボシとまたたびの串焼きかな。キャン
プでよくつくるんだが、うまいぞぉ」
すると、ミランが。
「へぇえ、キャンプやるんだ?」
「うむ、ほとんどソロだが。『月夜はやさしい 男心に忍
び込み かすかな夢を与えてくれる 星屑に言ってやるの
さ 俺の恋はどこにあるのかと』・・てな。あはは」

(007は詩人なのか! 作者(笑)

皆がぽかん。ゴツイ横顔を覗き込み、吹き出して大笑い。
しかしミランはドキドキ胸キュン。豪快でも粗野じゃない。
きっとわたしを、わかってくれる。
「キャンプ行きたいっ」
なにげに言ってしまったミランであった。

「おーし、わかった。十兵衛に習った和牛新陰流のワイル
ドカルビ串焼きの極意を伝授してやろうじゃねえか!」

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