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「怪獣」からサカナクションに入った人へ薦める曲の最適解を考える
2025年2月20日、サカナクションの約3年ぶりの新曲「怪獣」が配信リリースされた。
本作は、既に昨年秋から放送中のアニメ『チ。-地球の運動について- 』の主題歌として起用されていたものの、作詞作曲・ボーカルの山口一郎さんは2022年から鬱病を患っており、病気と向き合いながらのフル尺の制作に難航し、完成が大幅に遅れていた。それがついに完成し、満を持してのリリースとなったのだ。
この楽曲はリリース直後から各種サービスでの再生回数の急上昇を記録し、大きな話題となっている。
配信初日のSpotifyデイリーチャートでは 57.5万再生を記録し1位に浮上。米津玄師「KICK BACK」の43.8万を超え、配信初日の再生回数の歴代最多記録を大幅更新する驚異の動向となったとのこと。
配信2日目も1位と50万再生超えを継続。既に楽曲別デイリー再生回数最多記録ランキングでは「Bling-Bang-Bang-Born」、「アイドル」に続く歴代3位。
配信3日目でも50万再生超えの1位を継続。配信3日目の再生回数としてはBTS「Butter」が記録した50.3万を上回り歴代最多記録となった。
サカナクション「怪獣」。ここにきてバンドの正面玄関にあるべき最高傑作の曲が届いたと思ってたら、これがSpotifyの配信初日の再生回数の歴代最多記録を更新したという話を聞いておおっ!となってる。もちろん「チ。」との相乗効果も大きいけど、これ、2025年最大のヒット曲になるかも。すごいぞ。
— 柴 那典 (@shiba710) February 21, 2025
かねてからサカナクションを応援していた身としては、新曲リリースに対してある程度の期待はしていたものの、そもそも制作ペースが極度に遅いバンドである上に、闘病しながらの活動スタイルの模索が続いていたため、2010年代のバンドシーンでの活躍を経て爛熟期に入った今になって、バンドの最高傑作を更新する新たな代表曲の誕生と、ここまで数値的な結果を残すほどのバズになったことに大きな驚きと喜びを感じている。
ここまでの話題となったのは、①従来のサカナクションファン、➁一郎さんのうつ病についての発信に共感を得て応援をし始めた人、③アニメファンやアニソンリスナー、という3つの層のリスナーが、TVサイズの楽曲を聴いて何ヶ月も期待を膨らませて待っていたということが挙げられるだろう。そして、その高いハードルを悠々と越えるフルバージョンのアレンジと歌詞のクオリティーが高い評価に繋がったといえる。
このうち、やはり『チ。』からサカナクションに興味を持ったアニメファン層が新規リスナーとして影響力が大きいと思われる。
SNS上では、怪獣からの新規リスナーが他のオススメ曲を探したり、従来のファンがどの曲をオススメするべきか思い思いの発信をしているようすも散見された。そして何より、山口一郎さん本人のYouTube配信の中でも、新規リスナーに対して過去曲のMVやライブ映像を見せて反応を問うたりする一幕もあった。
しかし、実はサカナクションは一筋縄ではいかないバンドだ。彼らのアルバムやライブでは昔から、「混ざり合わないものを混ぜ合わせる」「表と裏」「東京と札幌」「浅瀬、中層、深海」というような、二面性や多面性を併せ持ったコンセプトが内包されていて、特にベスト盤『魚図鑑』で採用された「浅瀬、中層、深海」という分類は浸透し、ファンにとっても楽曲を分類する指針になっている。どこから聴くかによって印象が大きく変わってしまうのだ。
もともとのサカナクションの音楽は、暗くて深い世界観を根底としている。だが、マニアック性だけに終始せずオーバーグラウンドで勝負するために、フォークのような原曲に対して、テクノやクラブミュージックの強烈なダンスビートや、昭和歌謡やシティポップをはじめとした様々なジャンルを参照したアレンジが施され、シングル曲などでは独特でクセのあるサウンドでありながらもポップな大衆性を獲得した楽曲で支持を広げてきた。(この「ねじれ」が、一郎氏が鬱病を発症するに至る一因になったとまで言えるほどだ。)
「怪獣」以前の世間一般的な代表曲といえば、「新宝島」が挙げられるだろう。他にも、「忘れられないの」「アルクアラウンド」「アイデンティティ」「夜の踊り子」「『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』」「陽炎」「多分、風。」「モス」「ショック!」など、アッパーでパンチのあるシングル曲やテクノポップサウンドだったり昭和感全開の代表曲は数多く存在する。これらは、"浅瀬" と分類される楽曲群だ。
本来、サカナクション初心者にオススメするならば、このあたりの楽曲がセレクトされるのがセオリーとなっていただろう。しかし僕は、これらを怪獣からの新規リスナーにオススメするのは最善ではないかもしれないと思っている。これらの「浅瀬曲」と、「怪獣」とでは、その「ポップさ」の意味合いが大きく異なると思うからだ。
他方で、複雑な構成を持った「目が明く藍色」「ナイトフィッシングイズグッド」や、シューゲイザーやグランジなど洋楽ロック的なアレンジに振り切った「雑踏」「壁」「ワンダーランド」など、コアファンから絶大な支持を集めている楽曲も多く存在する。これらも勿論、初心者にはハードルが高く、オススメするのは危険だ。
当の山口一郎本人が、YouTube配信で、「目が明く藍色」を初心者にオススメするリスナーに対して面白おかしく説教する一幕さえあった。笑
「目が明く藍色」は、ファン投票でも1位を獲得し、山口一郎本人も最も思い入れの深い楽曲であるにもかかわらず、だ。
『怪獣』という楽曲は、シンセや昭和歌謡といった強烈なサウンド感で勝負するのではなく、サカナクション本来の持つ、暗くて深く沁みるシリアスな世界観を持ちながら、疾走感のあるビートや、ガラッと雰囲気を変化させる2番のアレンジ、"合唱" や"壮大な大サビ" など彼らの "お家芸" ともいえる秀逸なアレンジワークの数々で大衆性を獲得した、という意味で、「全く新しいサカナクション」でありながら「サカナクションらしさてんこ盛り」であるという、極めて特殊な立ち位置の楽曲だといえる。
そんな「怪獣」からサカナクションに興味を持ってくれた新規層に、お薦めできる楽曲は一体どれが挙げられるだろうか?
それは「怪獣」と同じように、ピアノやバンドサウンドで良質なメロディーを支え、深くて沁みるけども、秀逸なアレンジがじわじわ顔を出し、マニアックになりすぎずにビートにノることができる。そして歌詞はシリアスで胸に響く。そんな楽曲が最適解だと考える。
長々と小難しく書いたものの結局は筆者の個人的な感覚や好みになってしまうが、上記のような条件に当てはまると感じる楽曲を紹介したいと思う。
①エンドレス
誰かを笑う人の後ろにも それを笑う人
それをまた笑う人
と悲しむ人
悲しくて泣く人の後ろにも それを笑う人
それをまた笑う人
と悲しむ人
2011年の5thアルバム『DocumentaLy』のアルバムリード曲。東日本大震災を経て制作され、やはり作詞に8ヶ月が費やされ、80パターンもの歌詞が書かれたという、「怪獣」と似た背景・ストーリー性やメッセージ性を持っており、親和性が高いと思う。
➁プラトー
シンセというよりピアノが主体となり、疾走感のあるギターロック、という、2020年代以降のサカナクションのスタイルのうちの1つを象徴しているような楽曲で、「怪獣」とも多くの共通点のある、兄弟分のような楽曲。
③ボイル
サカナクションには3拍子の名曲が数多くある。その中でも「ボイル」は、冒頭のピアノとボーカルが沁みるし、ラストサビの解放感も気持ちよく、3拍子ではあるが「怪獣」と相性の良い名曲であると思う。アルバム曲でありながら高い人気を誇るのも納得。
④さよならはエモーション
2013年当時、人気を一気に拡大し、バンドは一度目のピークを迎えたが、そんな順風満帆な状況に反して、テレビに出たり「フェスで勝てる」楽曲を作り続けなければならないことに対して抵抗感が募り、病んでいった一郎さんが、素朴で深い曲調へと回帰したのが、2014年にリリースされた2枚のダブル両A面シングル『グッドバイ/ユリイカ』『さよならはエモーション/蓮の花』であった。
このうちの特に「さよならはエモーション」は、疾走感や大サビの解放感、という意味で、やはり「怪獣」型の名曲だと思う。
⑤Aoi
2013年のNHKサッカーのテーマソングとして書き下ろされたこちらの楽曲は、冒頭からエレピが印象的で、いきなりの合唱、そして強烈なビートを持っているという意味で、クセの強い「浅瀬」の代表曲に数えられるかもしれないが、その中でも合唱のメロディーやエモーショナルなギターロックという要素は、「怪獣」とも非常に相性が良いと思う。
どうだろうか?「王道シングル曲」のような「サカナクションど真ん中」からは少し外したセレクトでありながら、「怪獣」から入ってきた人にもバンドの良さが伝わるようなものを選曲してみたつもりである。サカナクションの曲調は非常に幅広く、他にもたくさんの名曲が隠れている。
今回の楽曲を入口に、サカナクションのさまざまな作品に触れ、その独特な音楽世界を深掘ってみることで、「怪獣」とともに、更なるお気に入りの一曲が見つかることを願います。