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育児をして気づいたこと② 母の偉大さ

今回は、子育てをしてみて気がついた、母の偉大さ、について書いてみる。

自分の母の在り方が当たり前だと思っていた部分があったけど、
自分が母になってみると、それが全然当たり前ではなかったことに気づいた。

兄弟平等に愛してくれた

私は勝手に、兄弟の中で自分だけが「重要じゃない」と感じていた。
姉と弟の方が自分より社交的で、優秀だったから。

不安で仕方なかった私は、ある程度大きくなるまで、
「私のこと好き?」と母に聞き続けた。
毎回「大好きだよ」と返してくれた。

「兄弟の中で誰が1番好き?」というのも聞き続けた。
いつも、「みんな同じくらい大好き」と答えてくれた。

しつこく聞き続けて悪かったなぁと思っている ^^;

親子だって人間同士の関係なので、多少気持ちの大小が生じることはあるかもしれないけれど、それを感じさせられなかったのは、子供としてとても助かったと思う。

余談だが、私自身が親になり感じていることとしては、

優秀かどうかで子供への愛情は変わらない。
内向的でも、自分を必要としてくれる姿は可愛い。

過去の自分に伝えてあげたい ^^

病気のときの対応

風邪を引いたとき、中耳炎になったとき、怪我をしたとき、虫歯になったとき。
通院しなければいけないことが多々あった。

毎回、母が連れて行ってくれた。

母は、いつもただ子供のことを心配してくれている様子で、嫌な顔ひとつしなかった。
それが当たり前だと思っていた。

しかし自分が母となり気がついた!

子供を病院に連れて行く必要が生じたとき、どうしても自分が
「がーーーん!」と思ってしまうのだ。

仕事の都合や、予定が狂うというショックはもちろん、予定がなくたって正直めんどくさいし、大変だ。

もちろん心配もあるけれど、ある程度元気そうであれば、「まじか~」というショックも大きい。

そんな嫌な感情を微塵も表に出さなかった母は偉大だったなと思う。

そのおかげで、私は発熱して学校を休む時、いつも母に優しくしてもらえるので、心の中で「熱が出てラッキー」と思っていた(笑)

迷惑をかけて申し訳ない、なんていう発想は全くなかった。
(なんてこった!)

幸せでいてくれた

これが何よりも大きい。

母は、自分よりも家族を優先する人だった(今もそう)。

それでも、母は「犠牲者」にはなっていなかった。
いつでも家族の中で一番幸せそうだった。

父の仕事の都合で、何度も引っ越しをしたが、どこの土地に行っても母はいつも「幸せ」と言っていた。

母親が幸せでいてくれること。
これが子供にとってどんなに大きなことだろう、と考える。

もし母親が不幸せだったら、きっと子供は
「私のせいでお母さんは大変なんだ」と考えてしまう。

私はありがたいことに、自分たちの存在が母を苦しめるのではなく、幸せをもたらしている、と思うことができた。

子供が3人もいて、ほとんど親のサポートも受けず(転勤族だったため)、大変だったと思うが、そう感じさせなかった。

いや、パートをしながら介護も発生し、弟の反抗期もあったときにはさすがにとても忙しそうで大変そうだったけれど、それでも「犠牲者」感は出していなかった。

母がいつも「楽しい」、「幸せ」と言ってくれていたからこそ、私も自然と「将来子供を産んで母になりたい」、と思うことができたのだろう。

そんな母のもとで育ったので、子供を産んだら
「自分の人生よりも100%子供優先」、「子供の幸せ=自分の幸せ」
に自然とシフトするのだろうと思っていた。

でも実際はそんなに単純ではなかった。

私は子供が産まれてから、自分の中に葛藤が生まれた。
自分はもっと成長したい。自分の時間を大切にしたい。
母親になってもまだ、自分、自分と考えてしまう自分に驚いた。

私の母の在り方は、少しも当たり前ではなかった。

母にこれらの気づきと感謝を伝えると、
「私は専業主婦だったからね。じゅんはよくやっているよ~!」
と私を肯定してくれる(いつだってそうだ)。

私からしたら、子供とずっと向き合い続けなければならない専業主婦の方が大変なのに。

つくづく母の偉大さを感じずにはいられない。

そんな母は現在、週5卓球、週1ヨガ、友人たちとの交流に孫のお世話と、忙しくも楽しそうに人生を謳歌している。
母は私に、年を重ねることに希望を持たせてくれる存在でもある。

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