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純一思想家による憲法入門 自然権の定義を考え直す んで、溢れてきた考えを述べる
しつこく、再び自然権の話です。
うお~い。この本に自然権の真実があるぞ~って私個人は思っているんですよ?
でもね、自然権で検索しても、トップには上がってこない。私の意見なんてどこにもない・・・。私は、傲慢だと思われるかもしれませんが、自分の考えがピカイチで正しいと思っているんです。
司法試験を目指している人たちも、塾の講義だ学説だって・・・。
元々私は自分には自信のない性格でした。SNSで自分の意見をのせるなんてとてもじゃないけど恥ずかしくってできませんでしたね。でも、こんなこと自分で言いきる。そしてそれをSNSで堂々と言う、なんていうのは、成長なのかどうなのか・・・わかりませんけどね。
まじ、司法試験とか、これから学者を目指すために憲法を学ぼうと思っている人とかにも、絶対にいい知識だと思っているんですよ。少なくとも、自分が大学で受けた講義より圧倒的にわかりやすいって自信があります。
大学の講義って、例えば国立でも1コマ2500円~3000円とか、それくらいの単価があるらしいです。学費とかを計算するとね。
でもね、皆さっぱりわからんって感じで終わるんです。これじゃもったいないです。金と時間だけ取られて終わりです。
で、ヨビノリ先生っていうのがYouTubeでご活躍されてて思ったんですが、あ!理系でも同じなんだなって思いましたね。大学の講義って全然わかんねーっていう人多いんだなって思ったんですよね。
大きく出るんですが、文系のヨビノリさん目指したいなあって思うようになりましたよ。あれほどの人にはなれないし、メディアに露出するのもなんか嫌なんですけど、志は同じなんですよ。
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さて、権利と義務の話を終え、再び自然権を考え直す機会が巡ってきました。
自然権は『なんでもやっていい権利』のことでした。
ですが、巷ではこのように言われるんですよ。
『人間は生まれながらにして自由であり、平等である』とか・・・
色々と表現方法はあるんですが、一体どれが正解?つまり結局どういうこと?ということになるんです。
自由というのは前回の記事でお話しました。『義務とは何か』というタイトルでしたけどね。
平等というのも、結局は自然権がみんなに認められるんだから、当然平等でしょう。
何でもやっていい権利、という言い方にすれば、結局は自由で平等なんだなっていうのがわかるんですよね。もち、産まれたときから始まるのはいうまでもないことですよね?
ところが、自由、平等という二つのタームを含めて自然権を語り始めると、人にとっては何のことやらさっぱりわからん・・・。普遍的な権利だ!とか、難しい言葉で語られてもイメージが持てない・・・。普遍的?権利?は?
私も最初はそうでした。
でも、私の説明を読んでいただけたら、あ~なるほどって思っていただけると思うんですよね。
文系学問について愚痴る
簡単なことをわざと難しくしているのが文系学問の嫌な所で、結局は誰にだってわかるんですよ。
数学とか物理とかね、世界側が自分達に正解を教えにきてはくれませんから、自分達で思い込みを外して、客観的に正しい答えを導き出さなければいけません。そういう意味では、理系分野は、人為があまり介在していないんじゃないかなって思うんですよ。(実際は理系にも多々あると思いますけどね。人が介在して本とかにされると・・・)
何が言いたいんかというと、
1. 世界の真実を発見する学問 (難しくみえるものを⇒簡単へ)
2. 簡単なことを一旦難しく表現しなおして、それについて再び考え直すような学問 (簡単なものを⇒難しくして⇒簡単にしようとする)
1が理系で、
2が文系の学問に思えてきちゃうんですよね。
2って、人間が学問を行うのに非常に邪魔ですね。自然権一つ、まともに理解できなくなっちゃいます。理解させたくないんじゃないかと思うくらいですね。で、みんな2に絡めとられちゃって、先に進めないってことが多いんです。
私思うんです。そりゃ、多少なりとも能力に違いはあるかもしれませんが、絶対わかるものはわかるって・・・。少なくとも今よりは絶対わかるって。
1.自然の、ありのままに存在しているものには悪意がないので、これは仕方がない。だから、理系の人たちの学問については、この点は羨ましいなと思うところがあります。もちろん大変ですけどね。でも、最近気が付いたんです。それは文系も同じだなって。
文系も自然の人間や社会を観察して、いろいろあれこれと推敲することの方が、いきなり本を読んであーだこーだ考えるよりも重要だと思います。結局本っていうのは、人間の体験を文字に書き起こしたものなんで、元はリアルで経験した事実なのですから!だから、本の内容を理解するには、同じような事実を見るのが早いってことですね。ここでも、百聞は一見に如かずっていう言葉が生きていると思うんですよ。体験こそ最高の学問だ、というのは私が実際に生きて感じたことです。
でも、やっぱり言葉にするからにはね、簡単な言葉で分かりやすく伝えた方がいいじゃないですか。私の能力不足であれこれ悩んで変な文章になることはそりゃありますが・・・。志は変わらずにあるんですよ。
いろいろな考え方がある。色々な違いがあるんだ・・・という言葉で、なんだか円く収められちゃう文系学問ですが・・・、文系も理系と同じで、真実があるんですよ。
で、これは面白いんですけどね、一流の物理学者とかが、理系と文系って同じだなって感じることが多いらしいんです。理系の方から文系って、面白いと思いませんか?文系は理系って難しいから嫌だっていう人が行く方だとおもってたこともあってか、文系<理系だと思ってたんですけど。でも、真実的には、文系>理系なんじゃないかなって思うこともあるんですよね。
例えばプログラミングの世界だと、クラスの世界なんて、文系の世界で表現されているところもありますし・・・。
宮沢賢治も、自然から学んだと言ってますし・・・。学問は、理系にせよ文系にせよ、人間を含めた自然の在り方を考察することで進めていくべきだと思いますね。