素人のための法学入門 #3

第3回目です。前回の話はこちら。


人には殺人の権利が備わっている

 
先生 「今までのお話は物を盗まれる側と盗む側のお話でした。これは、自然権の話の中のほんのごく一部のことです。」
 
学生B「といいますと?」
 
先生 「自然権の行使には、人を殺す権利もあるんです。何でもやっていい権利ですから。」
 
学生A「えっ~!それは困ります!」
 
学生B「いや、盗まれるのも困るだろ。」
 
先生 「刑法199条で殺人罪が定められていますね。刑法をあらかじめ定めることで、実行に歯止めをかけています。」
 
学生B「ということは、刑法がなくなると、犯罪も犯罪じゃなくなるっていうことですか?」
 
 
先生 「そうです。元々全ては犯罪ではなく、自然権はいまでも完全に私たちに備わっています。法律ができて初めて殺人は犯罪となりました。私たちはいくらでも人を殺すことができますが、それを行うと刑法に基づいて罰を受けることになるのです。」
 
学生A 「自然権って、犯罪の味方なんですか?」
 
先生 「先ほども申し上げましたが、犯罪なんていうものは、元々はなかったものです。原始時代に法律はありましたか?刑法が定められたのも、歴史的に見れば、つい最近の話なんですよ。」
 
学生A「・・・ということはやっぱり・・・。」
 
先生 「ルールが犯罪を作るということです。犯罪とされる行為は、時代によって変化します。その犯罪とされる行為にどれだけの刑罰を与えるのか、ということも変化するものなのです。」
 
学生A「じゃあ、殺人をしてよかった時代もあるんですか?!」
 
先生 「その通り。」
 
学生A 「こわ~!」
 
先生 「例えば、日本にも武士の時代がありました。武士に狼藉を働いた者に対しては、御免と言えばその人を切り捨ててよかったのです。つまり、殺してもよかったということですね。」
 
学生B「でもそれは、昔の人の考えが古いからじゃないんですか?」
 
先生 「しかし、人を殺す権利が認められていることは確かですよね?今の時代にも、殺人が罪にならないことがありますよ。」
 
学生A「それって・・・。まさか戦争ですか?」
 
先生 「その通りです。戦争は、人の命を奪ったからと言って、殺人罪で処罰されることがありません。戦争が終わっても、その人は殺人罪で起訴されることはありません。」
 
学生B「戦争だから仕方がないってことも。」
 
先生 「殺人は殺人です。犯罪にならない場合は他にもありますよ。」
 
学生A「何ですか?」
 
先生「正当防衛です。正当防衛とは、『急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。』(刑法第36条)というものです。」
 
学生B 「つまり、殺そうとしてくる人に対して、やり返してもいいってことですか?」
 
先生 「殺人に限った話ではありませんけれども、よく殺人の時に話題になるものですね。」
 
学生A 「なるほど。殺人罪になるからといって、そのまま大人しく殺されるわけにはいきませんよね。」
 
先生 「他にもありますよ。緊急避難というものです。『自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。』(刑法第37条)というものです。」

学生B「漫画で読んだことがあります。『カルネアデスの板』ですね。」
 
先生「おぼれそうな人が板につかまって何とか助かった。すると、もう一人の人がその板につかまろうとしてきた。二人が板につかまってしまうと、どちらもおぼれてしまいます。そこで、板につかまっている人は、助かろうとしてその板につかまろうとしたもう一人の人を突き飛ばしてしまいました。そして、つきとばされたその人はそのまま死んでしまいました。突き飛ばした人は、殺人罪として提訴されたものの、犯罪とはされませんでした。」
 
学生A「ひょっとしたらもう一人も助かったかもしれないのに。」
 
先生 「もう一方が助かろうとして木の板にたどり着いた瞬間、元々板につかまっていた人を突き飛ばす可能性もあります。自分は助かろうと必死ですから、そういう命の駆け引きが行われることもあるのです。」
 
学生A 「そんな・・・。」
 

先生 「二人の人間が板につかまったときに、二人が浮いていられれば争いは起こらないかもしれません。しかし、沈み始めた場合は、必ずどちらかが相手を突き飛ばすでしょう。」
 
 
先生 「はい。正当防衛と緊急避難がでてきましたが、殺人をしたにもかかわらず、殺人罪とはならない行為は他にもあります。それは何でしょうか?」
 
学生B 「う~ん。わからないです。」
 
先生 「それは、死刑です。」
 
学生A 「死刑? 死刑って殺人なんですか?」
 
学生B 「そりゃそうだろ・・・。」
 
先生 「はい。死刑は人を殺す事ですから、紛れもない殺人です。死刑判決を受けた者は、絞首刑という方法で、殺してもいいことになっています。『死刑は、刑事施設内において、絞首して執行する。』(刑法第11条)。」
 
学生A 「有名な宗教団体の元信者の人たちの死刑が執行されたってニュースで出ていました。」
 
先生 「そうですね。死刑の執行を行ったのは時の法務大臣です。法務大臣は死刑を執行しましたが、誰も殺人罪では起訴されませんでしたね。」
 
学生A 「死刑ってどこか殺人とは別物だと思っていました。」
 
学生B 「死刑が殺人罪にならないのはどうしてなのでしょうか?」
 
先生 「それも、自然権の理解が深く関わっています。」
 
学生A 「そんなこともわかっちゃうんですか?」
 
先生 「はい。これから私なりにかみ砕いてお話していきたいと思います。」

この章のまとめ
① 自然権はなんでもしていい権利なので、殺人をしてもいい。
② 好き勝手に殺人をされると皆が困るから、刑法が作られ、殺人罪が定められている。
③ 逆に、刑法があるからこそ、犯罪というものもあることになる。
④ 刑法があるにもかかわらず、殺人罪にならないことがある。例えば、戦争、正当防衛、緊急避難、死刑など。
⑤ 死刑や戦争が殺人罪にならない理由は、次の章を読めばわかる。正当防衛や緊急避難については、刑法の本を読んでくださいね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?