今回のアルケゴス問題
今回の問題は著名投資家ビル・ファン(元タイガー・マネジメント)のファミリー・オフィス(アルケゴス)の運用トラブルである。ビル・ファンは過去にも大きな問題を起こしたことがある。
アルケゴスはモルガン・スタンレー、クレディスイス、野村ホールディングス、ゴールドマン・サックスなどから資金を借りて、コロナで伸びたビデオ配信ビジネスに関連した中国のハイテク企業(テンセント、GSXテクエデュ、バイドゥ)ADR、米国のメディア大手企業(バイアコム、ディスカバリー)に絞った株式投資ポジションを構築。これらの株は今年に入って急騰した。その際、エクイティ・スワップやCDS/CFD(原資産の取引を伴わない差金での株式取引)など取引所外の取引を利用して、取引所の開示規制を回避していた。ポジションの総額は500億ドルから1000億ドルまで膨らんでいた可能性がある。
これらの株の余りの高騰に、米中対立、ワクチン普及によるビデオ配信ビジネスの落ち着きなどネガティヴ要素が重なり、他の市場参加者が株を売り始め株価が暴落した。更に、年明け以降の急速な景況感の回復による米金利がトレジャリー10年物で20年12月末の0・93%から、現在は1・73%まで上昇しており、借入コストが急増している。アルケゴスも相当な含み損を抱えたため、GS、モルスタなどがマージンコール(追加証拠金の要求)をかけた模様。その時点でアルケゴスが資産を売却して追加担保を差し入れれば乗り切れるはずだったが、保有資産は流動性の低いものが大半で、担保を差し出せなかったため、強制清算に至り、保有株は投げ売りされた模様。以下、考えるべき論点。
1・アルケゴスのほかの金融機関への波及
アルケゴスだけなら、リーマン・ショックのような問題になる可能性は低いが、アルケゴスに実質的に資金を提供していた金融機関ではそこそこの損失がでる可能性がある。
2・金融システムの安定性は揺らぐか
アルケゴス問題の発端は、米金利の急上昇。ファンド系でレバレッジを効かせた投資をしていたところは相当金利負担でやられていたほか、大手から中小の金融機関まで通常の米債券ポートフォリオが損失を食らっている。第2、第3のアルケゴスや、大手の巨額損失が発覚すれば、かなり大規模な金融ショックにつながる可能性がある。
3・規制との関係
アルケゴスは、事実上のヘッジファンドだが、大金持ち向けのファミリー・オフィスという個人投資の形態をとって取引し規制をすり抜けていた。今後、グローバルに規制論が再燃すると、マーケットに萎縮効果が生じる可能性がある。
ちなみに金融資産は世界で404兆ドル。そのうち銀行分が204兆ドル、非銀行分が200兆ドル。非銀行分の内、投資ファンド、信託、ブローカー・ディーラー保有分などが140兆ドル程度で、のこりの60兆ドル程度が今回のファミリー・オフィスなど‘無法金融‘。
4・野村以外の日本の金融機関の関与
アルケゴスや、それに類するところへの資金提供を大手邦銀の米現地法人が手掛けている可能性はある。ただ、ファミリー・オフィスのハイリスク運用が脚光を浴びていたのは、昨年くらいからで、日本の金融機関は出遅れいたので傷は比較的浅いと思われる。
5・野村への打撃
野村は2000億円の損失では、経営の健全性は揺るがないとの立場。ただ、今回アルケゴスの異変に気づいたゴールドマンなどがマージンコールをかけ、損失の一定部分の回避に成功したと見られる。その一方で、先をこされた野村のリスク管理能力の低さを露呈した。
今回のマージンコールは金利上昇が発端だが、米政府が狙い打ちしている中国ハイテク株の巨大ポジションを持っていたことも一因。何故、アルケゴスがこれほど中国ハイテク株ADRを買い込んだか(50%以上のシェアを持った銘柄もあった)は不明だがアルケゴスの金主には中国系富裕層がいた可能性も十分ある。米金利の上昇は中国に対してボディーブローで効いており、今回の件は、中国に対する金融での米中デカプリングリスクについて大きな警告になった。
因みに、各証券会社のプライムブローカー部門(PB)のマージン(証拠金)のバッファーに対する考え方、それに対処する方法、市場シェアを取りたい欲望がレバレッジをここまで許容させた要因にもなっている。
普通は追証の水準に対して例えばバッファーを30%とか持ってて、ここを割ったらヘッジファンドに対して、グロスの縮小などをアドバイスするが、中には追証まで特に事前にアクションを起こさないブローカーもいる。
また、アンワインド進める際にもブロックなどを提案できるPBと単にwarningを出すPBといて、こう言った要素も円滑にアンワインドを進められるかに影響する。こんなのは普通に考えたら分かるはずだが、PBの勢力図的にGSとMSの圧勝で限界的なプレヤーはどうしてもシェア取りたいし緩くなるってことだと思われる。
そして、結局、各PBとも自分の貸付や担保は分かるが、他のPBでの顧客のBS、PLが分からないので、こう言う事態が発生しやすくなる。
2003年にも日本株のLS戦略を行なっていた永福ファンドでもあった。結局、アセットクラスに依らず、そのアセットがパンパンに膨れててPBが実質貸出競争をしている局面では10年に1回くらいは起こるんだろう。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?