穴の中のピアノ
男が墓石の下に眠る娘に祈りを捧げていると、どこからともなくピアノの音色が聞こえてきた。
反射的に顔を上げるが、音の出所は娘の墓石の下だった。
「やはりこの世に未練が……」と男は落胆した。
娘はピアノを愛し、「いつかパパのオーケストラで弾くんだ」とよく言っていた。
男が泣き崩れると、斜め右の方向からバイオリンの音が聞こえてきた。
「えっ」と驚くのもつかの間、クラリネットなどの木管楽器、そしてトランペットや打楽器の音が聞こえてくる。
辺りが美しい音色に包み込まれるが、それらはすぐにバラバラになった。
「いつかパパのオーケストラで」という言葉が頭を過る。
男は立ち上がり、足元に落ちていた枝をタクトのように振りはじめた。
すると魔法のように音が繋がり、再び一体となる。
曲が最高潮の盛り上がりを見せたところで、男は右手を握り曲を終わらせた。
普段オーケストラでやるように深々と頭を下げる。
「娘を、お願いします」
ポタポタと男の涙が地面に落ちた。
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