松戸市ご当地VTuber戸定梨香さんによる交通安全PR動画の件を今からでも整理したい
はじめに
2021年9月に大きく話題になったこの件。
こういったテーマではいつものことながら、「炎上」の様相で問題の本質も拡散し、議論もままならない状況が続いている。
今更感は強いものの、建設的な議論・思考の一助になればという思いで自分なりの記事としてまとめておきたい。
筆者の見解・スタンス
予め、この件に対する筆者の見解とスタンスを示しておく。
・フェミニスト議連による抗議は筋が通っている
・しかし、削除要請に応じるべきだったとは思わない
・千葉県警は抗議に対して責任ある応答をすべきだった
・VTuberであることは、この件にほとんど関係がない
ここからは、出来る限り正確な情報と事実認識を提示しつつ、これらの意見を書き添える形で進めていく。
千葉県松戸市ご当地VTuber戸定梨香とは
こちらが戸定梨香さんのチャンネル。
活動開始は2020年4月。
生放送を主体にしつつ、たまに動画を投稿するスタイルで活動されている様子。
千葉県松戸市ご当地VTuberということで、動画では実際に松戸市内のお店を訪問したりしているようだ。
VASEという事務所に所属しており、公式サイトにもプロフィールが記載されている。
VTuber文化で言うところの、いわゆる「企業勢」にあたる。
年齢の設定は特にない模様。
確かに「ご当地VTuber」として活動していて、地域警察の交通安全PR動画に出演するには適した人材であると言えそうだ。
問題となった動画
千葉県警は既に動画を削除したものの、戸定梨香さんの所属事務所YouTubeチャンネルで動画は公開されている。
そもそもこの動画を見ずに語っている人はいないだろうか。
この記事を読んでくれる人にあたっては、まず改めてこの動画を見て、自分自身はどう思うかを考えてみて欲しい。
簡単に述べると…
動画内での戸定梨香さんの動きは、基本的に直立姿勢で軽くポーズを取る程度。
セリフは形式的だが分かりやすく、スライドなども使っている。
ちょっとチープではあるが、「交通安全PR動画」としての要件は十分に満たしているように見える。
全国フェミニスト議員連盟の抗議内容について
まずは、抗議の原本、そして全文をきちんと読むべきだろう。
こちらも読まずに語っている人はいないだろうか。
これに関しても、この記事を読んでくれる人にあたっては、改めてこの抗議文全体を読み、自分なりに受け止めてみて欲しい。
読んだことを前提に、筆者なりに抗議内容を要約すると以下のようになる。
当該動画に登場するキャラクターはセーラー服風の衣装を着用しており、女子中高生(つまり女児)であることを印象付けている。
上下ともに丈の短い衣装で露出が多く、体を動かすたびに胸が揺れることから、性的な対象物として描写していることが見て取れる。
公共機関である警察が、女児を性的対象物として描く表現を採用することはあってはならず、削除すべきだ。
この件においてどうしても気になるのは、ここで述べられている女児の「児」…つまり子どもという要素がほとんど議論の俎上に乗らないことだ。
「女児」というのは、女性かつ子どもである存在である。
男性と女性、大人と子どもという2つの軸があり、本件はその2つが複合する問題であることを意識すべきだろう。
まず男性と女性という軸について。
これは、抗議文中にもある、国連女子差別撤廃委員会の勧告を改めて確認するのがよいだろう。
「メディアが、性的対象とみなすことを含め、女性や女児について固定観念に沿った描写を頻繁に行っていること」が問題視されている。
平易に言い換えれば、女性の体を性的に描く表現が氾濫しすぎていること。
それら1つ1つの表現が悪とは言えなくとも、それが積み重なることで「女性の体は性的な存在なのだ」という固定観念が形作られている、と言ったところだろうか。
そして、大人と子どもという軸について。
大人が子どもと扱われる相手と性的な関係を持つことは、それだけで性犯罪となることは言うまでもない。
(その境界となる年齢は今も議論されているところだが)
いわゆる児童ポルノについても、犯罪である。
また、いわゆる非実在の児童ポルノ表現についても国によっては違法だ。
「現実とフィクションを~」という声が聞こえてきそうだが、フィクションに直接の被害者はいなくとも、我々の意識に影響を与えることには間違いない。
いずれにしても、児童を性的対象とする表現は取り扱いを厳に注意すべきであることは言うまでもないだろう。
これらの2軸を踏まえると、「公共機関である警察が、女児を性的対象物として描く表現を採用することはあってはならない」という主張は至極妥当なものだと言えないだろうか。
また、「性犯罪誘発の懸念すら感じさせる」という部分もやたらに取り立てられているが、成人を対象として行われる性犯罪をイメージするのでなく、児童を対象として行われる性犯罪…つまり法的に同意の認められない性行為や児童ポルノ製造・所持等を射程に入れて考えれば、これも決して大袈裟なものではない。
それはそれとして。
当該動画がこの主張にどの程度当て嵌まるのか、本当に削除までする必要があるのか、それは分けて考えることができるはずだ。
露出の多さや胸の揺れはアイコニックな性的表現として多用されるものだし、そこに着目して「性的対象物として描写している」と解釈するのは、決しておかしなことではない。
むしろ、どこに着目してどんな要素が問題だと考えるのかを明示しているのだから、主張の論拠としては十分だろう。
一方でそれは程度問題でもあるので、自分はまったくそうは思わないとか、多少は当てはまるけどそこまで問題じゃないとか、そういった意見も決しておかしくない。
それらはグラデーション的に存在するはずだ。
こういった議論は白黒はっきり勝敗が分かれるような性質のものではない。相手をやり込めようとするばかりの口撃ではなく、反対意見もまた自分なりの意見として、それを大事にして欲しいものだが…。
改めて、筆者個人の意見を述べるなら以下のようなものである。
アイドルかチアリーダーを思わせるような衣装に見えるし、性的な側面を強調するような露出とはあまり思えない。
胸の揺れも、ないわけではないがそこまで極端ではなく、これも特別に性的な側面を強調するものとまでは思えない。
「ご当地」VTuberという側面からも採用の理由は十分にあるし、動画の内容も交通安全PRという目的を満たすものだった。
以上から、抗議意見は受け止めるべきだが削除までは必要なかった。
千葉県警の対応について
上記ニュース記事では、本件について千葉県警に対しての取材が行われている。
以下引用
千葉県警はこの日、よろず~ニュースの取材に対し、「要望をいただいたのは事実です」と回答。「今回の啓発動画は、コロナ禍で対面での啓発教育が実施困難な状況下において、自転車の安全利用を呼び掛けるためのもの」と趣旨を説明した上で、「本来の目的と異なる意図でとらえられることへの懸念や、動画の掲載期間が今月17日で終了する予定だったことなどから県警内で検討した結果、削除することを決めました」とし、同議連の主張を受け入れたものではないとした。
その上で、戸定梨香については「性的なものであるとか、女児を性的な対象としたというキャラクターであるとか、そういう意図があるとは思っておりません。不適切ではないと判断しております」とし、キャラクター自体に問題はないとの見解を表明。
この見解を見る限り、抗議の言い分を承諾していないのにも関わらず、はっきりとした説明をしないまま、事なかれ主義的に削除を決定したとしか見えない。
これはあまりにも…抗議を行ったフェミニスト議連に対しても、動画を制作した戸定梨香さん及び所属会社に対しても、両方に対して不誠実な態度ではないだろうか。
抗議の対象になっているのは、公共機関である警察がこの動画を採用したことであり、その責任が千葉県警にあることは言うまでもない。
抗議が妥当であるならば適切な事後対応を打つのも責任であるし、抗議が不当だと考えるなら無闇に応じないこともまた責任である。
抗議されたら取り下げればいいという安易な態度を取るなら、民間企業との協業など最初からすべきではない。
この抗議は警察に対する圧力だという意見について
あまり本筋ではないが言及しておく。
「議員連盟」という肩書で抗議文を出した以上は、公人としての適切な振る舞いが求められる。
抗議の方法や名義、宛先、内容、諸々を鑑みて「こういうやり方はよくない」という意見は当然あるだろう。
一方で、抗議を「圧力だった」…つまり、抗議の内容・妥当性に関わらず千葉県警は動画を削除する以外の選択肢がない状況に追い込まれた…と主張するのであれば、それなりの根拠が必要なはずだ。
前項で挙げた記事にもあるように、少なくとも当の千葉県警はこれを否定し、削除は警察方の判断であると述べている。
金銭関係とか政治団体とかの繋がり、あるいは直接的な恫喝など、明らかに圧力と取れるような証拠があったわけでもない。
また、抗議の主たる対象は千葉県警である。
民間企業でもないし、「フェミニスト議員連盟」と直接利害関係があるわけでもない。予算等々にも影響は与えられないだろう。
これらを踏まえると、特段の根拠もなく、抗議文そのものを指して「圧力だ」と断定するのは無理があるし、行き過ぎた主張ではないか。
フェミニスト議連からすれば、抗議して動画が削除されたという結果を見れば、要求が受け入れられたと受け止めるほかない。
それを「圧力だったと認めろ」と迫られたところで、何も言えることはないだろう。
VTuberとは何なのか、の基本情報
本件をVTuberの問題として考えるべきなのか…その前段として、冗長ではあるがVTuberとは何かをまとめておく。
用語:
ガワ・アバター・モデル
→ VTuberの外形、見た目部分。3Dもあれば2Dもある。
中の人・魂・演者
→ VTuberを演じている人間。動き・声を当てている人。
カメラやVR機器でその動きをトラッキングし、その動きがアバターに反映される。
元祖まで遡れば、キズナアイが「バーチャルYouTuber」を名乗ったのが全ての始まりである。
続々とフォロワーが生まれたが、当初は「YouTuber」の名の通りYouTubeに動画を投稿するスタイルの人が主だった。
また、3Dモデルでの活動が主だった。
その後は次第に動画ではなく、雑談やゲーム実況などの生放送を主体とする活動スタイルの人が増えていった。
3Dモデルではなく、2Dモデルで活動する人も増えた。
活動の場も、YouTube以外の動画・配信プラットフォームに広がった。
「VTuber」とは、単に「バーチャルYouTuber」の略称というよりも、それらの文化をベースとした、バーチャルの姿で活動するタレント全般と捉えるのが正確だろう。
VTuber文化の話になると「なりたい自分になれる」とか「バ美肉」といった言葉が強調されがちだが、それらは飽くまで数多いるVTuberの一側面に過ぎない。
個人で活動する人もいれば、企業・事務所に所属している人もいる。
完全なる趣味で数字を気にせず活動している人もいれば、高いプロ意識を持っていたり相当の収入を稼いでいる人もいる。
例えるならディズニーランドにいるミッキーのように、「中の人なんていません」というロールプレイや世界観を大事にする人もいる。
リアルの姿を映すことを厭わず、単にリアルとバーチャルを使い分ける人もいる。
初めからアバターが用意されていて、スカウトやオーディションでそのVTuberに"なる"人もいる。
お手製で自分の理想を詰め込んだアバターを一から作り上げる人もいる。
「バ美肉」にしたって、ゲームのキャラクターを選ぶ感覚で美少女アバターを纏う人もいるだろうし、女性の姿の方が自身のアイデンティティと合致するという人もいるだろう。
また、既存の概念を通してVTuberを理解するなら、アイドルのようなものと捉えるのが比較的近いだろう。
アイドルの名前で、アイドルの衣装で、アイドルの仕草で、アイドルのペルソナで活動している人。
大好きな仕事かもしれないし、本当はやりたくないかもしれない。
素敵な衣装を着られるのが楽しいかもしれないし、そんな衣装は着たくないが仕事だからと割り切っているかもしれない。
プライベートとはまるで別人かもしれないし、さほど変わらないかもしれない。
本当はアイドルの顔ではない素の自分を理解してほしいと思っているかもしれないし、アイドルとしての自分こそが本当の自分だと思っているかもしれない。
そもそも、アイドルとしての人格とプライベートの人格を綺麗に切り分けることなんて不可能かもしれない。
おおよそ、VTuberでも同じことが言えるはずだ。
長くなってしまったが、本件についてVTuberという要素を重要視して考えるにあたっては、どうしてもこのようなVTuber文化の全体像をある程度理解する必要が出てくる。
本件について、それが当て嵌まるかどうかを検討せずに「なりたい自分になれる」とかいったVTuberの特定側面のみを強調して語る人は、まずVTuber文化について理解していないか、主張ありきで現実を都合よく曲解している。
戸定梨香さんがどのようなスタンスで活動しているのか、中の人が「戸定梨香」としてのアイデンティティをどのように受け止めているのか、そういったものを他人が安易に決め付けるべきではないだろう。
本件をVTuberの問題として語るべきか
一言で言えばNOである。
が、もう少し掘り下げて考えてみる。
まず、抗議の対象となったのは、千葉県警が掲載した交通安全PR動画であることを再確認したい。
広くPRをすることを目的としているのだから、これを見るのは戸定梨香さんを知っている人ばかりではないし、VTuber文化に明るい人ばかりでもない。
動画を見る人にVTuberとしての文化背景を理解しろと要求するのは明らかに間違いだ。
様々な人が見ることを想定している動画なのだから、抗議もそれを前提として行われるのが当然だ。
抗議者に対してVTuberとしての文化背景を理解しろと要求するのもまた間違いである。
また、これは「交通安全PR」という極めて形式的なフォーマットに則った動画である。
戸定梨香さんは台本を読み上げているのであって、自らの伝えたいことを述べているわけではない。
動画の目的からしても、戸定梨香さんが自身の活動として主体的に何かをアピールする場ではない。
VTuberの部分を強調し、戸定梨香さん(の中の人)の意思や人格・権利等を尊重しろという意見が見受けられるが、この動画においてそういった要素が介入する余地はほとんどない。
確かにVTuber活動の一部…特に生放送での発言や動作などは、良くも悪くもVTuber本人(中の人)の気持ちや意識が色濃く出ることだろう。
しかし、本件の動画はそれとは対極にある。
なんと戸定梨香さんの所属企業代表までもが、見た目で判断せずに製作者・関係者の気持ちや努力を尊重しろなどと主張する始末だが…
飽くまでも、アウトプットとしての動画が、公共機関たる警察が掲示する情報として適切かどうか、が全てである。
(繰り返すが、交通安全PR動画としての適格性を判断する責任を負うのは千葉県警に他ならず、戸定梨香さんが責められているのではないし、製作者が抗議を受けているわけでもない。)
また、確かに抗議文中にもVTuberという言葉は使われているが、これは飽くまでも「千葉県松戸市ご当地VTuber戸定梨香」と名乗っているその看板をそのまま書き示したものに過ぎない。
VTuber全般に対して何かを述べているとは全く読み取れず、そのように解釈するのも不適切だ。
前項ではVTuberはアイドルのようなものと捉えるのが近いと述べた。
では仮に、現実の女性アイドル(中高生)が出演して似たような動画が製作・掲載されたらどうだろうか。
その場合もフェミニスト議連は同様の抗議をするのではないか。
そして、本件と同じ論理でもって抗議をするのは何もおかしくない。
アイドル本人が本当にその衣装を着たいと思っているのか、納得して出演しているのか…という意思確認は重視されるかもしれないが。
その上で、アイドル本人に何の不満もなかったとしても、「女児を性的対象として扱っている」「交通安全PR動画としては不適切だ」という判断を下すことはあるだろう。
その場合でも同様に、アイドル本人を責めているわけではないし、責任を負うのは警察側である。
総合して、本件についてVTuberという要素を強調して何かを語るのは不適切だ、というのが結論である。
フェミニスト議連の主張に不満・反論・批判があるのであれば、好きなだけ主張すればいい。
その際は相手の主張を曲解することなく、議論を明後日の方向に拡張させず、実直に自身の意見を述べて欲しいところだ。
終わりに
長い記事となったが、本件を俯瞰するにはどうしても必要だったと考えている。
論破やレスバトルの様相で議論の土台を蹴飛ばしにかかる人もいるし、「お前らはVTuberのことを分かっていない」という態度を取りながら極めて偏った画一的なVTuber観を開陳する人もいる。
仕方のないことだが、おかげで議論にならないだけでなく「VTuberとは何か」という部分でおかしな情報が伝わる始末で、なんとかそこも訂正したかった。
「建設的な議論」などと述べてきたが、結局この件について議論の余地があるのは適切とか不適切の度合いの部分ぐらいで、そう発展性のあるものではないだろう。
ただ、往々にして社会問題についての議論なんてそんなものである。
0か100かしかないような世界ではなく、勝ち負けしかないような世界でもなく、自分なりの考えを述べられる言論空間が少しでも広がればという思いでこの記事を終わる。
…ということで記事の感想は歓迎しますが反論等々は求めてないし特に発展がないと思っているので悪しからず。
あとTwitterブロックされているんだけどという文句も受け付けていないのでその場合は記事コメント欄に勝手に書いてください。
以上
追記 2021/10/09
不可思議な反応が増えてきたので、流行りらしい「図解」をしてみた。
この件について客観的に妥当性のある流れを提示するなら、以下のようになるだろう。
例えば、
・Daについて、こんな解釈もできるだろうという「意見」
・Dbについて、この部分の読み方は間違っているだろうという「指摘」
・Ddについて、〇〇という意見もあったがこれについてはどう思うかという「質問」
こういった反応であれば応答のしようもあるので、反応するならせめてこのような形式を取ってもらいたいものだが…。
図中に示した署名をはじめとして、Dの中で自分が重要だと思う要素は人それぞれあるだろうが、どれも数多ある意見の一つにすぎない。
当たり前だが、それら全てに言及することは不可能だし、する必要もないはずだ。
どれか一つの意見を取り上げていなかったからと言って、この記事全体が間違っているというのも理屈が通らない。
(この意見について触れていないから期待外れだった、☆1つ…みたいな「評価」であれば仕方がないが…個人による無料の記事に求め過ぎないでもらいたい…。)
こんな「ロジカルシンキング入門」みたいな講釈を垂れたい記事ではないのだが、これもまた建設的な議論の一助となればという願いを込めて追記しておく。
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