黒川沙良 ✕ 中津マオ @Ark Hills Cafe(20240329)
微笑と良質な佳曲に溢れた、好相性なコラボレーション。
六本木一丁目のアークヒルズ・カラヤン広場にある開放感溢れるカフェ「ARK HiLLS CAFE」で行なわれるイヴェント〈The Smiling Hour〉の第2弾に、黒川沙良と中津マオが登場。ともにR&Bやソウル・ミュージックに通底した作風を紡ぐシンガー・ソングライターだけに、ミニマムながらも相性の良さを発揮したコラボレーション・ステージとなった。
黒川沙良は、中国のファンからの熱望もあってか、4月18日の杭州を皮切りに、上海 、深圳、4月21日の広州まで、初の中国ツアーを開催するが、その直前の日本でのライヴが、この中津マオとの2マン・イヴェントとなった。黒川のライヴは、昨年のクリスマスのBANK30公演(記事→「黒川沙良 @BANK30(20231225)」)以来の観賞となる。
黒のキャミソールドレスをトップスに、ホワイトのミニスカートというシックながらも可憐さも伴った出で立ちで登場。序盤は「ガールズトーク」「I Still Love You」というアップテンポな楽曲で構成。続いて披露したのは、自身も久しぶりに演奏するという「My Life」。この楽曲は、中国ツアーに際し、現地のリスナーに「何の楽曲が聴きたいか」と問いかけたところ、上位にランクインした楽曲の一つだという。中国のファンは(日本のファンとは異なる)意外な楽曲のリクエストが多かったとのこと。「My Life」はたおやかなメロディとともに生命力を感じる楽曲だが、そのあたりの活力が伝わるところが、ダイナミックなカルチャーを有する中国のファンの耳を惹いたのかもしれない。
リズミカルで華やかな彩りを帯びる「いいじゃん」では、終始微笑みを絶やさずにハイトーンやファルセットも滑らかに。青々とした広い海を上空から眺めるような光景にも合いそうな「Blue」は、広がりある洋々としたメロディに寄り添うヴォーカルが実に快く、こちらも中国のファンには好かれそうな気もした。
終盤は「Pulse」から「あなたの太陽でいたいから」へ。特に、やるせなく、もどかしいといった感情が胸に刺さる“成就しない恋”シリーズ(勝手に命名)の「Pulse」は黒川の醍醐味の一つで、憂いを帯びたR&Bマナーの楽曲を、美しくも哀切な表情で弾き語る姿は、ソウル・ミュージック・ラヴァーの心を至福のグルーヴで満たしてくれる瞬間だった。
中津マオは恥ずかしながら初見。鹿児島県出身で、話し出すと鹿児島弁がポロっと出るところはAIを彷彿とさせる。2022年9月に初となるアルバム『room』をリリースしていて、本公演の直前に聴いてみたところ、90~00年代のR&Bやネオソウル以降、オルタナティヴR&Bあたりを軸としているような作風で、個人的には食指が動くタイプだ。ダンサブルな楽曲もあるのだけれど、根幹はミディアム~ミディアムスローのR&Bというところもフェイヴァリットなポイントだ。
黒川は自らの弾き語りだったが、中津はキーボードにSho Asanoを迎えてのデュオ・セット。中性的なクールな顔立ちのSho Asanoは、自身の作品のほか、ニックン(2PM)のライヴサポートや、浅田真央が出演した宝酒造のTV-CM「澪『私は、澪。』」篇の音楽の作・編曲とピアノ演奏などを担当しているピアニスト/作・編曲家/トラックメイカー。ジャズやヒップホップなどを意識したトラックが特色のようだ。
「アノネ。」から幕を開けたが、JASMINEや名取香りあたりの初期を想わせる00年代R&B全開のダンス・チューンで、褐色のグルーヴを放出していく。続く「スローモーション」では一転、フックのファルセットがシルキーなムードを生むミディアムR&Bで、ミッドナイトに滑り込んでいくかのごとくの甘美な世界へといざなっていく。
「My R&R Baby」は原曲とは異なる、この日のためのメロウバラード仕様で披露。Sho Asanoの美麗な鍵盤が寄り添うなかで、情感豊かに、脳裡にストーリーが浮かびあがるようなヴォーカルワークは実に叙情的で、オーディエンスが息を呑むように視線を注ぐのも納得だ。「ダンスホール」は雨の日に似合うというようなことを自ら語っていたが、開演前に雨がチラついていたこの日にも、しっとりと、しかしながら、胸の襞を揺らすような、内なる情熱を湛えた歌い口で、中津の世界へと導いていく。おそらく上京者が抱く郷愁と悲哀が交じり合った「東京」も同様に、ヴェルヴェットのような肌当たりで、淡く物憂げなムードを横溢させていく。
ややビートを利かせた「I'll」で身体を揺らすグルーヴを生み出していくと、Sho Asanoが中津を迎えた楽曲「Don't Stop」へ。R&Bならではのスムースなグルーヴとヒップホップのアタック感が耳を惹く作風は、Sho Asanoならではのスタンスなのだろうが、どこか懐かしさも感じさせながら、ジャズとソウルやディスコ、R&Bの融合というコンテンポラリーなアプローチも見えていて、なかなかの好アクトとなった。本編ラストの「◯◯良好」も真摯にR&Bを捉えながら、中津が醸し出す芳醇な声色がオリジナリティ濃度を高めていき、胸の高鳴りを呼ぶステージを構築していった。
アンコールは、中津いわく「決めてなかった」とのことで、Sho Asanoが好きだという黒川の「いいじゃん」を、黒川を呼び込んで披露。続いて、アルバム『room』収録の「MIRROR」を披露しようとするも、ライヴ用に音源をセッティングしていなかったため、音源と演奏が合わずに中断。すると、観客から「アリシアやって!」との声が飛び、アリシア・キーズの「イフ・アイ・エイント・ガット・ユー」のカヴァーへ。Sho Asanoがさざ波のように打ち返すイントロを奏でると、観客も拍手で反応。1番を歌い終えたところで、「せっかくだから」と再び黒川を呼び込んでの即興デュエットという嬉しいサプライズに発展。「イフ・アイ・エイント・ガット・ユー」は2003年リリースのキーズのアルバム『ダイアリー・オブ・アリシア・キーズ』に収録(翌2004年にシングルカット)された、いわば00年代R&Bだから、その年代のサウンドに少なくない影響を受けている2人のデュエットとしては、最適な楽曲選択だったといえるだろう。なにより、この楽曲への愛情がたっぷりと窺える歌いっぷりが、微笑ましかった。
それぞれが50分弱という尺は、だいぶ早く過ぎるように感じたが、それは耳を楽しませてくれるステージに注力していたという証拠だろう。黒川のポップスとソウルを行き交う心地よいスタンスに加え、R&Bラヴァーを興奮させる中津という存在も知ることが出来た魅惑のコラボレーションに愉悦するも、所用によりその場で余韻を楽しむこともままならず。後ろ髪を引かれる思いを断ち切って、足早に六本木の夜から抜け出していった。
◇◇◇
<SET LIST>
《Sala Kurokawa Section》
01 ガールズトーク
02 I Still Love You
03 My Life
04 いいじゃん
05 Blue
06 Pulse
07 あなたの太陽でいたいから
《Mao Nakatsu Section》
01 アノネ。 (*r)
02 スローモーション (*r)
03 My R&R Baby (*r)
04 ダンスホール
05 東京 (*r)
06 I'll (*r)
07 Don't Stop (original by Sho Asano feat. Mao Nakatsu)
08 ◯◯良好
《ENCORE》
09 いいじゃん (Sala Kurokawa duet with Mao Nakatsu)
10 If I Ain't Got You (Mao Nakatsu & Sala Kurokawa)(original by Alicia Keys)
(*r): song from album "room"
<MEMBERS>
黒川沙良(vo,key)
中津マオ(vo)
Sho Asano(key)
◇◇◇
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