DJみそしるとMCごはん with 矢舟テツロー・トリオ @mona records(20241031)
温かなヴァイブスに包まれた、アットホームな祝宴。
日本で最も売れたシングルとして知られる、子門真人が歌ったキッズ番組『ひらけ!ポンキッキ』のオリジナルソング「およげ!たいやきくん」のカヴァー・シングルが、11月3日の「レコードの日」に発売となるのを機に、東京・下北沢のモナ・レコードにてリリース・パーティ〈くいしんぼうのうた「およげ!たいやきくん」リリースパーティー〉を開催。この永遠の名曲をジャズ・カヴァーしたのが、“おいしいものは人類の奇跡だ!”をモットーに“くいしんぼうヒップホップ”を展開するDJみそしるとMCごはんと、ヒップなジャズ・ヴォーカリスト/ピアニストの矢舟テツロー率いる矢舟テツロー・トリオ。リリース直前に「およげ!たいやきくん」を含めた生演奏によるコラボレーションで、食前酒ならぬ“祝前酒”としてリリースを祝った。
この日は、矢舟テツロー、鈴木克人、柿澤龍介による矢舟テツロー・トリオとDJみそしるとMCごはんの2組だけでなく、ヒップホップ・アーティストのかせきさいだぁ(2011年5月より“かせきさいだぁ≡”から現表記に変えたようだ)が花を添えることに。かせきさいだぁと矢舟テツローは旧知の仲で、これまでも多く共演してきたようだ。また、かせきさいだぁは、DJみそしるとMCごはんとは同郷・静岡県出身(かせきさいだぁが大井川鉄道の沿線の川根、DJみそしるとMCごはんは御殿場。そういえば、奥大井湖上駅とか行ったなぁ)で、DJみそしるとMCごはんいわく「楽曲も大好きで、大先輩なんだけど、すごく話しやすくて、全然緊張しない」とのこと。馴染みある同士が集結して、アットホーム感溢れるパーティとなった。
トップバッターはかせきさいだぁで、矢舟テツローのキーボードとの組み合わせ。かせきさいだぁの存在自体は知っていたのだけれども、おそらくライヴを観るのは初めて。ヒップホップ・アーティストとはいっても、いわゆるブラック・ミュージック界隈のそれとはやや異にしていて、最初に披露した「じゃっ夏なんで」では「梶井基次郎の〈檸檬〉のなか」などのフレーズを見るに、日常の光景を文学的に綴る叙情的ヒップホップといった趣か。シーケンサーから流れるトラックやビートはヒップホップ・テイストだが、上モノは清涼感漂うメロウなメロディ。「夏をプレイバック」や自身の名を冠した「さいだぁぶるーす」と、どちらかというとリゾートポップ/シティポップの小洒落たサウンドでラップを紡いでいく。
中盤にはタモリの「雨降り午後」のカヴァーを。1981年にリリースした桑田佳祐が手掛けた楽曲なども収録されたアルバム『ラジカル・ヒステリー・ツアー』のなかの一曲で、作詞はタモリだが、作曲がフュージョン・バンドのT-SQUAREの初代リーダーとして活躍したジャズ・ギタリスト安藤正容ということを考えると、矢舟としてもなじみあるコードだったのかもしれない。メロウな音鳴りが、ほの暗さと哀切を浮かび上がらせる。
一転、「CIDERが止まらない」では、推進力のあるダンサブルなトラックでチェンジオブペース。振り返ると甘酸っぱい青春の時が一瞬にして過ぎて行ったように、疾走感をもって駆け抜けていくのが快い。矢舟も鍵盤を跳ねるように叩き、高揚のギアを加速させる。
ここで、1982年放映開始のTVアニメ『ときめきトゥナイト』のオープニングテーマの「ときめきトゥナイト」のカヴァーを披露。オリジナル版は加茂晴美が歌い、アニメ放映当時はクイーカ(『できるかな』に登場するゴン太くんの“声”を出す楽器)みたいな音が印象的だった、ラテン風味の歌謡ポップスという記憶があった。かせきさいだぁは「夏をプレイバック」や「CIDERが止まらない」が収録された2011年のアルバム『SOUND BURGER PLANET』にて「ときめきトゥナイト」も発表している。ライヴで最初に披露した時は大いに笑われたそうだが、次第にキャーという歓声も沸いていったとのこと。オリジナルではサンバやルンバが垣間見えるアレンジだが、矢舟は中華風にも聴こえるフレーズを弾き、このコラボレーションならではの彩りを描出させてみせた。
ラストは「冬へと走りだそう」。冒頭から「750ライダーのように~」とおそらく石井いさみの漫画『750ライダー』をモチーフにしたフレーズを展開。“ジェットマシーン”の連呼が爽やかなノスタルジーへといざなうかのようだ。曲調自体はアップテンポではあるが、それほど忙しく感じないのは、ほのかな哀愁が薫るメロディゆえか。かせきさいだぁの楽曲は、全体的に夏らしい清涼感に溢れているが、どちらかといえば、灼熱の夏というよりは、時折秋の風も感じるような夏の終わりにフィットする曲風が多いか。解釈的には広義的になり過ぎている感じも否めないシティポップだが、味わいとしてはシティポップを基軸としたラップ・ソングで、本人の決めフレーズを借りれば“グッド・テイスト”という作風だ。そこへジャズ風の鍵盤を絡ませることで、「夏をプレイバック」で顕著だったように、ジャジィ・ヒップホップな趣向でも楽しませてくれた。
続いて、矢舟テツロー・トリオが登場。メインディッシュが“DJみそしるとMCごはん with 矢舟テツロー・トリオ”ということで、矢舟テツロー・トリオとしては「惑星」とケニー・ランキンの歌唱で知られる「ハヴント・ウィ・メット」の2曲を、オープニングアクト的な形で演奏。鈴木克人はウッドベースではなくエレキベースでブイブイ低音を鳴らし、柿澤龍介は粋なシャッフルドラムを叩くなかで、矢舟が優男よろしくソフトな歌唱でフロアを包んでいった。
ここでブラウンのキャップとエプロン姿のDJみそしるとMCごはんを呼び込み、シャイな2組によるメインディッシュ・スタイルに。5月に六本木で開催したイヴェント〈SATURDAY LUNCH COMBO ~DJみそしるとMCごはん with 矢舟テツロートリオ〜〉(記事→「DJみそしるとMCごはん with 矢舟テツロートリオ @ARK HiLLS CAFE(20240511)」)で初共演すると、8月には同イヴェントの第2弾を町田・まほろ座 MACHIDAで開催し、本公演で早くも3回目の共演となる。〈SATURDAY LUNCH COMBO〉第1弾で共演した際、矢舟が「なにか食べ物の歌をやりたい」と思ったことから披露した「およげ!たいやきくん」のジャズ・カヴァーが、約半年後にフィジカルとしてリリースされることになろうとは、初共演時は想像しなかったことだろう。
“チュルリラッパ、チュルリラッパッパー”のフレーズと振付が楽しい、ぺこみその絵本『スパゲッティのうた』の文にメロディをつけた「スパゲッティのうた」から幕開け。下北沢が会場だけに、5月のイヴェントでも披露した歌モノ曲「下北沢 yoiyoi cruising」を組み込んでくるかと予想したが、今回はノスタルジー・ポップな「CITY RiCE」のみ。
前半部で特に賑わいを呼んだのは「およげ!たいやきくん」のB面曲の「YA.KU.MI」。オリジナルの「およげ!たいやきくん」のカップリング曲(B面ともいえるが、両面ジャケットだったため、事実上の両A面)で、なぎらけんいち(当時)が歌った「いっぽんでもニンジン」が「いっぽんでも にんじん にそくでも サンダル……」と数え歌なこともあり、そのコンセプトも踏襲して、“一味、にんにく、三つ葉……”と薬味の数え歌に。ザ・ブラン・ニュー・ヘヴィーズの『Heavy Rhyme Experience, Vol. 1』や「People Get Ready」「Ten Ton Take」「Fake」あたりも想起させるジャズ・ファンク調アレンジをバックに、DJみそしるとMCごはんのチアフルなラップと矢舟の活力ある歌唱が絡み合うこのジョイフルなデュエット・ソングは、キッズには「およげ!たいやきくん」以上に人気が出そうだ。
中盤には「パンプキンぜんざい」「エプロンボーイ」「あの素晴しい味をもう一度」と再びDJみそしるとMCごはんの楽曲で、フロアにハートウォームかつ陽気なムードを作り出す。個人的には5月のイヴェントレヴューでも記した「ソロのNOKKOが作りそうなスウィートなメロディ」に加え、“ナーナナ ナーナナ”のフレーズがロビー・ネヴィル「テンプテーション」を想起させる「エプロンボーイ」がフェイヴァリットだ。
そして、メイン・オブ・メインとなる「およげ!たいやきくん」へ。どことなく物憂げなメロディラインは悲哀も滲ませるが、オリジナル版の子門真人の分厚く野太い声とは対照的な、DJみそしるとMCごはんの柔和な声色と相まって、ズシリと沈み込むような悲壮感までには至らず。キッズソングとしても、大人も嗜むキッズソングとしても味わえるテイストになっていると感じた。
DJみそしるとMCごはんのアンセムともいえる「ジャスタジスイ」で本編はラスト。ほんわかとした発声から綴られるラップと、優しく触れる矢舟のコーラス、それを削ぐことなく軽やかにビートを刻み込むベース&ドラムというベストマッチに、コール&レスポンスも加えた、朗らかで愉快なパフォーマンスとなった。
アンコールでは、かせきさいだぁをステージに招き、出演者全員でのコラボレーション・タイムへ。「夏とセンパイなんです」は、かせきさいだぁが冒頭にて披露した「じゃっ夏なんで」のアンサーソングとして、DJみそしるとMCごはんがかせきさいだぁに女子目線での歌詞を依頼したという楽曲とのことで、このコラボレーション・ステージにピッタリといえる選曲だ。「梶井基次郎の〈檸檬〉の町へ」などのフレーズで、「じゃっ夏なんで」の詞世界をしっかりと投影している。甘酸っぱさやほろ苦さといった感情が揺らぐスキャットと余韻が、“青春ソング”濃度を高めていた。
最後は、明るく楽しくかせきさいだぁの「カンフーダンス」をチョイス。同曲はDJみそしるとMCごはんがラップを、Negiccoがコーラスを担当している楽曲で、ここではNegiccoに代わって矢舟がコーラスを担当。“ウーッ、ハーッ”のコール&レスポンスも飛び出して、賑やかな宴モードで幕。和やかでアットホームなハッピー・エンディングとなった。
DJみそしるとMCごはんの温もり、矢舟テツロー・トリオの瀟洒、かせきさいだぁの清涼感が重なって描いた、晴れやかなリリース・パーティ。温かいファンたちの声や拍手も手伝って、爽やかでほのぼのとした雰囲気がフロアを覆い尽くしていた。
◇◇◇
<SET LIST>
《かせきさいだぁ with 矢舟テツロー Section》
01 じゃっ夏なんで
02 夏をプレイバック
03 さいだぁぶるーす
04 雨降り午後 (original by タモリ)
05 CIDERが止まらない
06 ときめきトゥナイト (original by 加茂晴美)
07 冬へと走りだそう
《矢舟テツロー・トリオ Section》
01 惑星 (original by PIZZICATO FIVE)
02 Haven't We Met (well known for Kenny Rankin's song)
《DJみそしるとMCごはん with 矢舟テツロー・トリオ Section》
00 INTRODUCTION
01 スパゲッティのうた
02 CITY RiCE (original by DJみそしるとMCごはん r.t.m. mabanua)
03 YA.KU.MI
04 パンプキンぜんざい (include member introductions)
05 エプロンボーイ
06 あの素晴しい味をもう一度
07 およげ!たいやきくん (original by 子門真人)
08 ジャスタジスイ
《ENCORE with かせきさいだぁ》
09 夏とセンパイなんです
10 カンフーダンス (original by かせきさいだぁ)
<MEMBERS>
DJみそしるとMCごはん(MC)
矢舟テツロー(vo,key)
鈴木克人(b)
柿澤龍介(ds)
かせきさいだぁ(vo,key)
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